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第三章 神子

まだ抗う

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魔法障壁を失ったダティスハリアは高い城壁もなく、城門を閉めた所で敵の侵入を防げない。すなおと魔法障壁のリンクが切れたらすぐに今まで通り他の魔術師が障壁維持をするのかと思えばそれすらなく、城門から打って出てきた兵との平野戦が続いている。
城壁内には民がいる。出来れば中で戦闘はしたくないが、マグアイーズは一向に姿を現さない。

「団長!城内へ侵入した方がいいのでは!?」

辺りの兵を薙ぎ倒しながら寄って来たローゼンに問われるが、ディカイアスは首を横に振る。

「城内は奴の縄張りだ。下手に侵入すればこちらがやられる」

「しかし!」

「ーーー城内に入るなら、この兵達を全面降伏させてからだ」

もうすぐそこに朴がいるのに。もう手が届く所まで来ているのに。
そう逸る気持ちはディカイアスにもある。早くあの場から朴を救いたい。早く、早く、と。だがもし今ここで自分達が負けてしまえば一体誰が朴を助けられるというのか。ここでしくじる訳にはいかないのだ。

ダティスハリアは魔術に長けた国だけあって魔術師が多く、魔力の低い第一騎士団は魔法防御アイテムを駆使しながら戦っている。戦闘慣れした騎士団ですら少しの油断で危険な状況に追い込まれるのだから、このまま城内に侵入して背後を突かれでもしたら無傷では済まない。

「兵の士気が落ちればきっと奴は姿を現す」

この先他国を蹂躙するつもりならば兵は必要だ。ならば今ここで兵達を見捨てる真似はしないだろう。マグアイーズの実力はわからないが自分の父親であった前国王をその手にかけた時、周りにはその護衛騎士達がいたという。その騎士達がひしめく中、一人で全ての敵を屠った彼が口先だけの人物でない事は確かだ。恐らくは不利な状況で圧倒的な力を見せつけて兵達の士気を上げるはず。と、同時にその圧倒的力は味方であるはずの彼らをも恐怖で震え上がらせる物になるはずだ。すでにグリニッジという裏切り者を出したマグアイーズは恐怖を煽るはず、とはその裏切り者本人の談である。

押し返され始める兵達に焦燥が見えた頃、予想通り城門にその姿が見えた時ディカイアスは予想が的中した事に安堵すると同時にす、と足先から血の気が引いた。

風に靡く黒に近い紺色の髪。狂気の滲む黄金色の瞳。その横に虚ろな瞳で立っていたのが朴だったからである。
遠目でもわかるそのやつれた様に瞬時に怒りが頂点に達するが考えなしに突進するわけにはいかない。思わずパルティエータを捜すが、流石に怒りに任せ突っ込む素振りはなく再度視線を朴へと向けた。

マグアイーズはどうやら笑っているようだった。そして朴の耳元で何かを言っているのか、顔に唇を寄せている。

「!!退避!!!!退避しろ!!!!」

ゆっくりと朴の手が上がる。その手に集まる膨大な魔力に気付いた指揮官たちが一斉に退避の指示を出した。

「スナオ…!!!!」

一声叫んだパルティエータも影に指示を出しながら、しかし安全地帯がどこなのかわからずとにかく遠くへ、と叫んでいる。
あれを放たれたら確実にこの辺り一帯は焦土と化してしまう。ダティスハリア兵は一目散に城壁内に退避した。

じわじわ集まっていく光が朴が苦手だった炎の形を取り、城壁から離れようと走っている連合軍の背にひたりと向けられる。

放て、と。マグアイーズが言うと同時に誰かがスナオ、と叫んだ。ぴくりと動いた指先が真っすぐ連合軍を狙っていた炎の軌道を変える。炎が破裂したのは遥か上空で降った火の粉は全て地上に落ちてくる前に消えた。


 ◇


「なるほど。まだ抗う意志はあるわけだ」

その人物は城の最上階からその様を眺めている。横には神官服のイオが静かに控えていた。

「闇の紋はかなり濃くなってはいましたが」

「そうだろうね。ここからでも僅かに瘴気が見える」

本来浄化の為に清らかな気配を纏っている筈の神子にまとわりつく瘴気はその濃度を増している。それでもまだ飲まれない今代の神子の強情さには恐れ入った、と笑う彼に神官服のイオは言った。

「今ならば番達が近くにいます。殺しますか」

「うーん…、出来れば神子自身の手で殺させたかったけど」

しかしそれは難しいだろう。まだ無意識下で抗い続けているからこそ今の攻撃も空に向けて放たれたのだから。

「まあでもあそこまで飲まれたなら簡単に元には戻らないだろう。マグアイーズはもう用なしかな」

ここまで神子を壊しつくしただけでも良くやった方だと思う。だが彼自身すでに限界が近いはずだ。あの薬を飲んだその瞬間から彼の寿命は決まったのだから。

「あとは好きに暴れてもらおうか」

破壊の為の力を望み、その欲を増幅した化け物が城壁の一部を破壊しながら地上に降り立つのを眺める。

「君の弟は助けてやってもいいけど?」

「いいえ。本人が望んでおりませんので」

「そう。ーーー可哀想にね。出会わなければ幸せでいられたのに」

欠片も可哀想などと思っていない穏やかな笑顔で彼は言う。おいで、と伸ばされた手に掴まって最後に一度だけ地上の惨状を見下ろしてから神官服のイオはその場から彼共々消えた。

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