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第二章 浄化の旅
side レイアゼシカ・アークオラン
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レイアゼシカがパーピュアに出会ったのは、彼がまだ公爵家にやって来て1年経つか経たないか、という頃だった。
元は平民だというのに地頭の良い彼は何事もすぐ吸収し実践できる才能溢れる子供で、その噂は王家にも届くほど。初めはただの興味と、きっと平民から公爵家の子供になり才能あると持て囃された子供はさぞ尊大で傲慢な子供になっただろうから、その鼻っ柱を折ってやるつもりで茶会に呼んだ。
しかしやってきたのは双子の兄の背に隠れるように現れた儚げな美少年で。話をしていても決して自身の知識をひけらかさず、一歩引き、周りの様子を窺いながらいつの間にかソッと影に行ってしまう傲慢とは程遠い子供だった。
そのどこか怯えた様子と、話せばわかる類い希な知識量はレイアゼシカの中の彼に対する認識をガラリと変えてしまった。
レイアゼシカ自身才能溢れる子供だった事で周りに一線を引かれ、地位と才能の為にしなだれかかってくるメムに辟易する日々。そのレイアゼシカと話が合わせられ、かつ、秋波を送ってこないパーピュアは閉ざしていた心の扉をいとも簡単に抉じ開けてしまった。
その日にはまだ賢王と呼ばれていた父にねだってパーピュアとの婚約話を進めてもらったくらいである。
その日からレイアゼシカが想うのはパーピュアただ一人。
だから今この状況はレイアゼシカの希望とは程遠く、貼り付けた笑顔の裏で人様には聞かせられない罵詈雑言を吐く。
確かにお忍びでここにいるから無礼講で、とは言ったが酒を飲んで上機嫌なブラッキル伯爵はベラベラと饒舌だ。
「まさか息子が殿下と運命の番だったとは…!いやはや世の中何が起こるかわからんもんですなぁ」
息子と違いでっぷりした腹を揺すって笑う伯爵に貼り付けた笑顔のままでやんわりと釘を刺す。
「私には婚約者がいる。勿体ないがあなたのご子息とどうこうなる事はない」
「何を仰る。パーピュア様にも運命の番がいらっしゃる筈。殿下と婚姻を結ばぬのも番を待っておられるのではないですかな?」
そんなもの、どんな手を使ってでもパーピュアの側から追い払ってやる。例えどんなに汚い手であろうとも。
「…今日は長旅で疲れたようだ。悪いがそろそろ休ませてもらう」
転移で来たから欠片も疲れてないけれど、そういう口実でこの場を去ろうとしたというのに空気を読まない伯爵は大仰に申し訳なさそうな素振りを見せる。
「おお!それは気がきかず申し訳ない!ナピリアート!殿下を部屋まで案内して差し上げなさい!」
チッ、と舌打ちが出そうになって何とか耐えた。チラリと上目に見てくる気持ちの悪い媚びた視線が不快な事この上ない。しかしどうやらディカイアスはこの領地に何かしらの不信感を感じている様子だった。あの一瞬交錯した視線に時間を稼げという意思を読み取って夜まで茶番劇に付き合って来たがもうそろそろ限界だ。
そうとは知らないナピリアートは頬を染め、失礼します、と形だけは遠慮がちに、しかしいやらしく指を絡めるようにレイアゼシカの手をとり部屋へと案内する。
「…本邸に泊まる予定ではないが?」
玄関ではなく二階へ上がろうとする所で声をかけたけれど、
「父から、殿下を離れに泊めるわけにはいかない、と申し付けられておりますので…」
飽くまでも遠慮がち、を演じる相手に苛立ちが募った。
パーピュアは今頃何をしているのだろう。朴と仲良く談笑でもしているのだろうか。あの神子といる時のパーピュアはどこか生き生きしていて見てる方も微笑ましい。
だから早く彼が待つ離れに戻りたいのに。
「私が離れが良いと言っている」
厳しく言うが、最後はやや強引に部屋に引き込まれて腕の中にナピリアートの体が飛び込んできた。
その瞬間。
「…っ!」
ふわり、と漂ってくる甘く粘ついた香り。毒々しい花のようなその香りは先程まで不快に感じていた香水と違い、嗅いだとたん身体中の熱が荒れ狂った。
(誘引香…!)
「殿下…、どうか今宵一晩だけでも良いのです。私をあなたの物にしてください…」
するり、と服を脱ぎさらされる柔肌に本能が触れたいと切望する。この肌は、この獲物は、自分の物だーーーー
「殿下…」
固まったまま動かないレイアゼシカの手を自らの肌に導いて触れさせ、甘く声をあげながら徐々に寝所へ導いて。やがてどさり、ともつれるようにベッドに倒れた。
「殿下、ほら、もうこんなに」
間近で視線を絡ませあいながら、ナピリアートは自らの秘めた場所に自身の指を滑らせくちゅくちゅと濡れた音をさせると、その指を再び目の前に掲げる。番に貫かれるのを待つ、メムの愛液にまみれたその指はイオの本能をこれでもかと刺激して頭がクラクラとする。
体の奥底から欲する獲物の香り。勝手に昂る熱をナピリアートが艶やかに笑いながら膝で擦り刺激して、レイアゼシカはごくり、と生唾を飲み込んだ。
首に腕を回したナピリアートが唇を重ねようとしたその瞬間。
「ぐ…ぅ…!」
レイアゼシカはその細い首に指をかけ、力の限り絞め上げていた。
「貴様…誰の許可を得て私の身に触れようとしている」
「で…っ、ん、か…っ」
しかし、ふわりと鼻腔をくすぐる誘引香は抗いがたく、指からはすぐに力が抜けて咳き込みながらナピリアートは勝ち誇って笑う。
「あなたに私は殺せない。だって番だもの」
本能が求め合うのだから、あなたは私を失えば狂うしかない、と再び伸ばしてこようとする手を振り払ったレイアゼシカは懐から短剣を取り出した。それを迷うことなく、己の足に突き刺す。
痛みと血の臭いで誘引香がかき消され、冷静になる頭。
許さない。
「勝手に私を操ろうとした事…、その身をもって後悔するがいい!」
捨て台詞なのは自分でもわかっている。しかしこれ以上ここにいて、また誘引香に囚われたら今度こそ本能に従いナピリアートの思うままになってしまう。
レイアゼシカは開いている窓から地面に飛び降りると痛みに顔をしかめながら、真っ直ぐ離れの屋敷を目指した。
元は平民だというのに地頭の良い彼は何事もすぐ吸収し実践できる才能溢れる子供で、その噂は王家にも届くほど。初めはただの興味と、きっと平民から公爵家の子供になり才能あると持て囃された子供はさぞ尊大で傲慢な子供になっただろうから、その鼻っ柱を折ってやるつもりで茶会に呼んだ。
しかしやってきたのは双子の兄の背に隠れるように現れた儚げな美少年で。話をしていても決して自身の知識をひけらかさず、一歩引き、周りの様子を窺いながらいつの間にかソッと影に行ってしまう傲慢とは程遠い子供だった。
そのどこか怯えた様子と、話せばわかる類い希な知識量はレイアゼシカの中の彼に対する認識をガラリと変えてしまった。
レイアゼシカ自身才能溢れる子供だった事で周りに一線を引かれ、地位と才能の為にしなだれかかってくるメムに辟易する日々。そのレイアゼシカと話が合わせられ、かつ、秋波を送ってこないパーピュアは閉ざしていた心の扉をいとも簡単に抉じ開けてしまった。
その日にはまだ賢王と呼ばれていた父にねだってパーピュアとの婚約話を進めてもらったくらいである。
その日からレイアゼシカが想うのはパーピュアただ一人。
だから今この状況はレイアゼシカの希望とは程遠く、貼り付けた笑顔の裏で人様には聞かせられない罵詈雑言を吐く。
確かにお忍びでここにいるから無礼講で、とは言ったが酒を飲んで上機嫌なブラッキル伯爵はベラベラと饒舌だ。
「まさか息子が殿下と運命の番だったとは…!いやはや世の中何が起こるかわからんもんですなぁ」
息子と違いでっぷりした腹を揺すって笑う伯爵に貼り付けた笑顔のままでやんわりと釘を刺す。
「私には婚約者がいる。勿体ないがあなたのご子息とどうこうなる事はない」
「何を仰る。パーピュア様にも運命の番がいらっしゃる筈。殿下と婚姻を結ばぬのも番を待っておられるのではないですかな?」
そんなもの、どんな手を使ってでもパーピュアの側から追い払ってやる。例えどんなに汚い手であろうとも。
「…今日は長旅で疲れたようだ。悪いがそろそろ休ませてもらう」
転移で来たから欠片も疲れてないけれど、そういう口実でこの場を去ろうとしたというのに空気を読まない伯爵は大仰に申し訳なさそうな素振りを見せる。
「おお!それは気がきかず申し訳ない!ナピリアート!殿下を部屋まで案内して差し上げなさい!」
チッ、と舌打ちが出そうになって何とか耐えた。チラリと上目に見てくる気持ちの悪い媚びた視線が不快な事この上ない。しかしどうやらディカイアスはこの領地に何かしらの不信感を感じている様子だった。あの一瞬交錯した視線に時間を稼げという意思を読み取って夜まで茶番劇に付き合って来たがもうそろそろ限界だ。
そうとは知らないナピリアートは頬を染め、失礼します、と形だけは遠慮がちに、しかしいやらしく指を絡めるようにレイアゼシカの手をとり部屋へと案内する。
「…本邸に泊まる予定ではないが?」
玄関ではなく二階へ上がろうとする所で声をかけたけれど、
「父から、殿下を離れに泊めるわけにはいかない、と申し付けられておりますので…」
飽くまでも遠慮がち、を演じる相手に苛立ちが募った。
パーピュアは今頃何をしているのだろう。朴と仲良く談笑でもしているのだろうか。あの神子といる時のパーピュアはどこか生き生きしていて見てる方も微笑ましい。
だから早く彼が待つ離れに戻りたいのに。
「私が離れが良いと言っている」
厳しく言うが、最後はやや強引に部屋に引き込まれて腕の中にナピリアートの体が飛び込んできた。
その瞬間。
「…っ!」
ふわり、と漂ってくる甘く粘ついた香り。毒々しい花のようなその香りは先程まで不快に感じていた香水と違い、嗅いだとたん身体中の熱が荒れ狂った。
(誘引香…!)
「殿下…、どうか今宵一晩だけでも良いのです。私をあなたの物にしてください…」
するり、と服を脱ぎさらされる柔肌に本能が触れたいと切望する。この肌は、この獲物は、自分の物だーーーー
「殿下…」
固まったまま動かないレイアゼシカの手を自らの肌に導いて触れさせ、甘く声をあげながら徐々に寝所へ導いて。やがてどさり、ともつれるようにベッドに倒れた。
「殿下、ほら、もうこんなに」
間近で視線を絡ませあいながら、ナピリアートは自らの秘めた場所に自身の指を滑らせくちゅくちゅと濡れた音をさせると、その指を再び目の前に掲げる。番に貫かれるのを待つ、メムの愛液にまみれたその指はイオの本能をこれでもかと刺激して頭がクラクラとする。
体の奥底から欲する獲物の香り。勝手に昂る熱をナピリアートが艶やかに笑いながら膝で擦り刺激して、レイアゼシカはごくり、と生唾を飲み込んだ。
首に腕を回したナピリアートが唇を重ねようとしたその瞬間。
「ぐ…ぅ…!」
レイアゼシカはその細い首に指をかけ、力の限り絞め上げていた。
「貴様…誰の許可を得て私の身に触れようとしている」
「で…っ、ん、か…っ」
しかし、ふわりと鼻腔をくすぐる誘引香は抗いがたく、指からはすぐに力が抜けて咳き込みながらナピリアートは勝ち誇って笑う。
「あなたに私は殺せない。だって番だもの」
本能が求め合うのだから、あなたは私を失えば狂うしかない、と再び伸ばしてこようとする手を振り払ったレイアゼシカは懐から短剣を取り出した。それを迷うことなく、己の足に突き刺す。
痛みと血の臭いで誘引香がかき消され、冷静になる頭。
許さない。
「勝手に私を操ろうとした事…、その身をもって後悔するがいい!」
捨て台詞なのは自分でもわかっている。しかしこれ以上ここにいて、また誘引香に囚われたら今度こそ本能に従いナピリアートの思うままになってしまう。
レイアゼシカは開いている窓から地面に飛び降りると痛みに顔をしかめながら、真っ直ぐ離れの屋敷を目指した。
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