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第一章 異世界に来ちゃった

side ディカイアス・マクシノルト

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本来ならばすなおの寝顔を気の済むまで眺めていたかったが、本日ディカイアスは王宮の奥にある王城へと呼び出されていた。
途中騎士としての正装である鎧に着替え謁見の間へと進む。

大臣達がヒソヒソと何か囁き合う中、玉座から重々しい声が響いた。

「堅苦しい挨拶は抜きだ。本題に入るとしよう。ディカイアスよ、神子はまだ旅に出られんのか?」

「先日の癒しの奇跡の一件でまだ本調子ではありません。あと一月はお待ちいただかねば」

「何を言う!!」

ドンッ、と肘置きに拳を振り下ろす国王にやはり大臣達は恐れ戦き、顔色を悪くしながらヒソヒソと何かを言い合うばかり。
王の近くに控えている二人の王子は冷めた目で父王を見る。

「神子が現れすでに二月と少し!!いつになれば浄化を始めると言うのだ!!」

「満足に魔力も扱えない神子を旅に出したとて浄化は出来ない、と、最初にそう申し上げた筈です。その為に神子本人も毎日訓練をし、その成果が癒しの奇跡を起こしたのです。それでも制御が出来ず魔力を使い果たした故に、神子の魔力は未だ半分も戻っていない」

朴は気付いていないが、使い果たした魔力はまだ戻っていない。絶対的な魔力量が多いために、一度使い果たせば全て戻るまでに時間がかかるのである。

しかし王は納得をしなかった。

「子種を注げば回復する筈だ!何故やらぬ!」

「…あの小さな体に何度も行為を強いれば壊れてしまう」

「甘過ぎる!!メムとはイオを受け入れる為にある。そう易々とは壊れぬわ!」

「神子はこの世界の人間ではない!その身も魂も未だこの世界に馴染むために変わっていっている最中なのです。今無理をさせれば取り返しのつかぬ事になります!」

過去賢王だと讃えられた現国王ナスダル・アークオランは落ち窪んだ眼窩の中ギョロギョロと瞳だけを動かしディカイアスを睨めつけている。痩せこけた頬は病的で、ドンッドンッと何度も肘置きに叩き付ける拳は骨が浮き出る程。昔は太陽のごとく、と言われた豊かな金髪は艶を失い、痩せた肌には当然ながら張りもない。
いつの頃からか穏やかな人となりは豹変し、少しでも気に入らなければ周りを怒鳴り散らし、暴力を振るい、後宮の側妃ばかりか名も知らぬ男娼ですらも侍らせ淫行に耽っている。

第一王子テューイリングの手腕で何とか国政は回っている物の、外交にこの王を出すわけにはいかない。下手に外交官の特使に興味を持ったりしないよう、王であるにも関わらず全ての政から外されたナスダルはそれにすら気付かない程に愚かな王と成り果ててしまっていた。
唯一神子が降臨したと朴が王城へ来た時玉座に君臨していたのみである。

「…神子をここへ!」

「陛下!?何を…!!」

「お前達がせぬと言うのならば、余が自ら神子に子種を注いでやるまでよ!誰か!神子をここへ連れて来ぬか!!」

「いい加減になさいませ父上!」

流石のレイアゼシカも黙っていられず声を荒げた。否、あともう一歩遅ければディカイアスが声を荒げていただろうから、それは我慢が出来ずにあげた、というよりは、ディカイアスを守るための言葉だったのだろう。
今のナスダルは例え過去我が子同様に可愛がっていたディカイアスにすら簡単に、首をはねろ、と言いかねないからである。

「神子には既につがいがおります!番を奪われたイオがどうなるか、父上もご存知でしょう!!」

その情報は初耳だったのか、相変わらず周りの大臣達はヒソヒソざわざわとざわめいているが、ナスダルはフンッ、と鼻で笑った。

「それが何だと言うのだ。余は王であるぞ!!神子を!早う神子をここへ!」

「…神子の番の一人は私です。陛下」

ディカイアスはフツフツと湧き出す怒りを何とか腹の底に押し留め、声を絞り出す。
相手はこの国の最高位のイオである。ディカイアス一人消すのはわけもない事だ。これが自分と同等の相手であったならば遠慮なく殴り飛ばしてやるものを。

「ほう、お前が!ならば余に神子を差し出すのだ。あの幼い顔が苦痛に歪む様はさぞや身が昂るであろうな!」

「陛下の手を煩わせる事はありません。精を注ぐのは番である私の役目。どうぞ陛下は安心して神子が旅に出る時をお待ちください」

「む…っ」

ぐ、と眉間に皺を寄せたナスダルが怒声を放つ前に

「では、お前に任せる。ディカイアス。神子の体を一番に、出来るだけ早く旅立てるよう尽力せよ」

テノールの良く通る声が謁見の間に響いた。
第一王子テューイリングは弟レイアゼシカと良く似た金の瞳でディカイアスを見下ろしている。その瞳が早く行け、と促して、ディカイアスは一つ礼を取ると彼らに背を向けた。
早く。早くここを出なければ。またあの愚かな王がおかしな事を言い出す前に。自分の怒りが爆発する前に。

しかし。

「待て」

王の制止を振り切る事は出来ない。ぐっ、と唇を噛み締め、小さく深呼吸をし心を落ち着かせてから振り返る。
本当にこの相手が王でなければ、とうに5発くらいは殴っているだろう。

だが次の言葉を聞いて、王じゃなければ殺していたかも知れない、と思い直す。

「どうやらお前は神子に甘いようだ。本当に精を注いだかどうか、神官達に見届けさせる。大神殿に向かうが良い!」

本当に、殺さなかった自分を誰か褒めて欲しいものだ。

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