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第一章 異世界に来ちゃった
side ローゼン・ルシアム
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頭を下げてから影数人がザッと散開するのを見届けてローゼンはため息をついた。
森の中は、昼間だと言うのに薄暗くじめっとしている。魔物の気配はないがいないと言う保証はない。
朴が運ばれそうになっていた廃神殿からパワハルが逃げ出したのは3日前の話だ。
あの夜、ローゼン達がたどり着くと同時に兵士を見捨てて逃亡したパワハルは未だに見つかっていない。
「ロー」
一度探索した廃神殿内の捜索を再度行っていたパルティエータに呼ばれローゼンは顔を上げる。しかし相手のその表情に欲している物がなかった事を察した。
「手掛かりはなし、か」
「何も。唯一神殿奥の祭壇が綺麗に整えられていたくらいかしらね」
「……それは……」
「……そこでスナオを手篭めにするつもりだったんでしょうよ」
ガッ、と木の幹を殴るパルティエータを諌めつつ、正直ローゼンとて何かを破壊したいくらいの怒りが燻っている。
あの夜、パルティエータに抱かれ崖下から救出された朴の様子を思い出してぐっ、と拳を握りしめた。
◇
「パルティエータ!スナオ様は……!?」
引き上げる為に体に巻いたロープを外す間も惜しく駆け寄ったパルティエータの腕の中に、力の抜けた朴がいる。崖から落ちた時についた泥や負った擦り傷、足首は痛々しく腫れている物のそれ以上の傷もなくホッと息をつく。
しかしパルティエータの表情は随分固い。
「……あいつら、スナオの目の前で奴隷狩りを殺したの。かなり怯えていたから眠らせたわ」
本格的に降りだした雨の中、鎖を付けられた白い鎧の神殿兵士が引き立てられていくのを思わず見た。雨に流される赤い液体は奴らの血か。
ディカイアスが離れた場所で「くまなく捜せ!」と叫ぶ声が聞こえた。
「スナオ様……」
額に張り付く前髪を避けて顔に触れる。雨に濡れる頬は酷く冷たい。
「ワタシは先に戻ってるわ。スナオをお風呂に入れてあげなきゃ。部屋借りるわよ」
「ああ。頼む」
その間にパワハルを見つけ朴を安心させてやりたかったのに、どんなに捜してもあの男は見つからなかった。痕跡もなく、手掛かりもない。
朝までくまなく捜したが何の手掛かりもなく陰鬱な気配が騎士団を支配していた。
だから彼の輝く笑顔が見たかった。いつものように、「おかえりなさい!」と迎えて欲しかった。
なのに。
「ほら、大丈夫。ローゼンだから」
布団を目深に被ったままパルティエータにしがみつきガタガタ震えているその姿。
「スナオ様……!」
駆け寄ると、鎧のガシャガシャというその音にさらに怯えますますパルティエータにしがみついてしまう。
その頼りなく細い肩は小刻みに震え、全身でローゼンを……というよりも、その鎧の音を拒絶しているようだ。
ちらり、と視線を向けられたローゼンは鎧を外し、今度こそ彼の側へと膝をついた。
「スナオ様……」
「スナオ、わかる?ローゼンよ」
布団の隙間から恐怖に怯える黒曜が見えた。血の気をなくした唇が、ローゼン、と動いたけれどあの快活な声が聞こえない。ただ空気の抜ける音がしただけ。もう一度声なく、ローゼン、と呟いた彼が伸ばした手を掴むと途端に腕の中に飛び込んでくる小さな体。その尋常ではない震え方が痛ましく、強く抱き締める。
「大丈夫、もう大丈夫です。スナオ様」
抱き締めて、背中をさすり、何度も大丈夫、と伝えるけれどスナオの震えは止まらない。
「……食事も食べられないの。帰ってからまだ一度も食べてないわ」
明け方薬と水だけは何とか摂らせたらしいが、それもしばらくすると吐いてしまったのだと言う。
このままでは朴の魂が向こうに引っ張られ、消滅してしまう。
彼が最後にしっかり体に取り込んだのは神殿兵士が迫る中、パルティエータが飲ませた薬と水。それ以降は吐いてしまって、恐らく体内に取り込んだ事にはならない。
「スナオ様……、少しでも何か食べませんか?腹が減ったでしょう?」
優しく問いかけてもブンブン首を振り、ますます強くローゼンにしがみついてしまう。
いつもならあんなに素直にぐーぐー鳴る腹も大人しく、朴の恥ずかしそうに笑う顔が見れない。
「スナオ様……」
「……スナオ、お水なら飲める?」
パルティエータが入れてきた水を受け取った手は可哀想な程に震え、左右に振られた水が溢れ落ちているけれどそれよりも今は朴に飲んでもらう事が重要だと二人とも黙って待った。しかし……
「……っ」
一口飲んだかと思えば側にあった入れ物を引き寄せて中に全部吐いてしまう。
ごめんなさい、ごめんなさい、と唇だけがうごいて、ボロボロと涙を溢れさせるその姿に
「いいのよ、スナオ。大丈夫。大丈夫だから」
パルティエータ自身泣きそうな顔をしながら頭を撫でてやっている。
「……昨夜からこの状態か」
そこへ音もなく部屋に入ってきたのはディカイアスであった。すでに影の誰かに言われたか鎧は脱いだ後で、ゆっくり朴に近寄り膝をつく。
「もう一度眠るといい。起きた時には恐ろしい事は終わっている」
ディカイアスはそう言ってナヤタの粉末を吸わせ再び彼を眠らせたのだった。
◇
その後メイディを呼び、朴の記憶の一部を消した。
『私の記憶操作は一時的な物です。似たような状況や、恐怖を感じた物を目にしたら簡単にフラッシュバックを起こします。時間経過と共に思い出す事もあるでしょう』
それでもその後2日眠り続け、次に目を覚ました朴はいつもの通りに話し、笑い、食べられるようになった。本人はあの日から2日も経っているなんて思っていないはず。だからローゼンの行動にも困惑していた。けれど、またあのコロコロ変わる表情を見てその姿に安心したのはローゼンだけではないはずだ。
今朝のディカイアスの、メムが総じて腰砕けになりそうな蕩ける笑みを思い出し苦笑する。あの鉄面皮と言われるディカイアスにあんな顔をさせられるのは朴だけだろう。
ディカイアスですら笑顔にさせる朴を守るために彼を害する者は排除しなければ。
森の中は、昼間だと言うのに薄暗くじめっとしている。魔物の気配はないがいないと言う保証はない。
朴が運ばれそうになっていた廃神殿からパワハルが逃げ出したのは3日前の話だ。
あの夜、ローゼン達がたどり着くと同時に兵士を見捨てて逃亡したパワハルは未だに見つかっていない。
「ロー」
一度探索した廃神殿内の捜索を再度行っていたパルティエータに呼ばれローゼンは顔を上げる。しかし相手のその表情に欲している物がなかった事を察した。
「手掛かりはなし、か」
「何も。唯一神殿奥の祭壇が綺麗に整えられていたくらいかしらね」
「……それは……」
「……そこでスナオを手篭めにするつもりだったんでしょうよ」
ガッ、と木の幹を殴るパルティエータを諌めつつ、正直ローゼンとて何かを破壊したいくらいの怒りが燻っている。
あの夜、パルティエータに抱かれ崖下から救出された朴の様子を思い出してぐっ、と拳を握りしめた。
◇
「パルティエータ!スナオ様は……!?」
引き上げる為に体に巻いたロープを外す間も惜しく駆け寄ったパルティエータの腕の中に、力の抜けた朴がいる。崖から落ちた時についた泥や負った擦り傷、足首は痛々しく腫れている物のそれ以上の傷もなくホッと息をつく。
しかしパルティエータの表情は随分固い。
「……あいつら、スナオの目の前で奴隷狩りを殺したの。かなり怯えていたから眠らせたわ」
本格的に降りだした雨の中、鎖を付けられた白い鎧の神殿兵士が引き立てられていくのを思わず見た。雨に流される赤い液体は奴らの血か。
ディカイアスが離れた場所で「くまなく捜せ!」と叫ぶ声が聞こえた。
「スナオ様……」
額に張り付く前髪を避けて顔に触れる。雨に濡れる頬は酷く冷たい。
「ワタシは先に戻ってるわ。スナオをお風呂に入れてあげなきゃ。部屋借りるわよ」
「ああ。頼む」
その間にパワハルを見つけ朴を安心させてやりたかったのに、どんなに捜してもあの男は見つからなかった。痕跡もなく、手掛かりもない。
朝までくまなく捜したが何の手掛かりもなく陰鬱な気配が騎士団を支配していた。
だから彼の輝く笑顔が見たかった。いつものように、「おかえりなさい!」と迎えて欲しかった。
なのに。
「ほら、大丈夫。ローゼンだから」
布団を目深に被ったままパルティエータにしがみつきガタガタ震えているその姿。
「スナオ様……!」
駆け寄ると、鎧のガシャガシャというその音にさらに怯えますますパルティエータにしがみついてしまう。
その頼りなく細い肩は小刻みに震え、全身でローゼンを……というよりも、その鎧の音を拒絶しているようだ。
ちらり、と視線を向けられたローゼンは鎧を外し、今度こそ彼の側へと膝をついた。
「スナオ様……」
「スナオ、わかる?ローゼンよ」
布団の隙間から恐怖に怯える黒曜が見えた。血の気をなくした唇が、ローゼン、と動いたけれどあの快活な声が聞こえない。ただ空気の抜ける音がしただけ。もう一度声なく、ローゼン、と呟いた彼が伸ばした手を掴むと途端に腕の中に飛び込んでくる小さな体。その尋常ではない震え方が痛ましく、強く抱き締める。
「大丈夫、もう大丈夫です。スナオ様」
抱き締めて、背中をさすり、何度も大丈夫、と伝えるけれどスナオの震えは止まらない。
「……食事も食べられないの。帰ってからまだ一度も食べてないわ」
明け方薬と水だけは何とか摂らせたらしいが、それもしばらくすると吐いてしまったのだと言う。
このままでは朴の魂が向こうに引っ張られ、消滅してしまう。
彼が最後にしっかり体に取り込んだのは神殿兵士が迫る中、パルティエータが飲ませた薬と水。それ以降は吐いてしまって、恐らく体内に取り込んだ事にはならない。
「スナオ様……、少しでも何か食べませんか?腹が減ったでしょう?」
優しく問いかけてもブンブン首を振り、ますます強くローゼンにしがみついてしまう。
いつもならあんなに素直にぐーぐー鳴る腹も大人しく、朴の恥ずかしそうに笑う顔が見れない。
「スナオ様……」
「……スナオ、お水なら飲める?」
パルティエータが入れてきた水を受け取った手は可哀想な程に震え、左右に振られた水が溢れ落ちているけれどそれよりも今は朴に飲んでもらう事が重要だと二人とも黙って待った。しかし……
「……っ」
一口飲んだかと思えば側にあった入れ物を引き寄せて中に全部吐いてしまう。
ごめんなさい、ごめんなさい、と唇だけがうごいて、ボロボロと涙を溢れさせるその姿に
「いいのよ、スナオ。大丈夫。大丈夫だから」
パルティエータ自身泣きそうな顔をしながら頭を撫でてやっている。
「……昨夜からこの状態か」
そこへ音もなく部屋に入ってきたのはディカイアスであった。すでに影の誰かに言われたか鎧は脱いだ後で、ゆっくり朴に近寄り膝をつく。
「もう一度眠るといい。起きた時には恐ろしい事は終わっている」
ディカイアスはそう言ってナヤタの粉末を吸わせ再び彼を眠らせたのだった。
◇
その後メイディを呼び、朴の記憶の一部を消した。
『私の記憶操作は一時的な物です。似たような状況や、恐怖を感じた物を目にしたら簡単にフラッシュバックを起こします。時間経過と共に思い出す事もあるでしょう』
それでもその後2日眠り続け、次に目を覚ました朴はいつもの通りに話し、笑い、食べられるようになった。本人はあの日から2日も経っているなんて思っていないはず。だからローゼンの行動にも困惑していた。けれど、またあのコロコロ変わる表情を見てその姿に安心したのはローゼンだけではないはずだ。
今朝のディカイアスの、メムが総じて腰砕けになりそうな蕩ける笑みを思い出し苦笑する。あの鉄面皮と言われるディカイアスにあんな顔をさせられるのは朴だけだろう。
ディカイアスですら笑顔にさせる朴を守るために彼を害する者は排除しなければ。
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