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第二章
逃避行
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ワンダーランド城下町のやや古ぼけた安宿。フランシスが力尽きレプリカンの紋様に戻ってきたのは駆け出してから僅かに数分後の事。しかしどうやら空良は追ってこなかったようだ。命からがら部屋へ飛び込み、しばらくは誰一人口が聞ける状態ではなかった。普段騒がしい珠稀すら息を整えるのに必死で軽口1つ溢さない。それでもカルは何とか浅葱をベッドへと降ろした。
「……っ!」
息を飲んで顔を赤らめてしまったのは未だ浅葱の着物は肌蹴たままで、空良に付けられた鬱血も以前にはなかった乳首のピアスも何もかもが眼前に晒されてしまったからだ。それと同時に気が付いた足の杭にもう一度静かに息を飲む。両足共、足首を貫通して金具で止められている。これでは歩くことは出来ない。
アリスが頻繁に現れるという街で聞き込みをして見つけた高い塔、そこに浅葱がいると知ったのは一週間前の事。何度か侵入を試みたが出入り口はなく、どうするべきか話し合っていた矢先の事だった。
空良が浅葱を試す為作った隙を彼らもまた見つけたのだ。が、侵入を決行する前に空良が来てしまい機を窺っていた。塔から出てきた浅葱が何故歩かないのかを不思議に思っていたけれど、こんな風に自由を奪われていたのだと思うと怒りがこみ上げる。
そっと着物を合わせて肌を隠すと安物の薄い布団をかけてやった。
「さって、これからどーすんの?たーいちょ」
ようやく回復したらしい珠稀の軽口に小さな吐息1つで息を整えたアーセルムがちらりと浅葱を見る。彼もまた浅葱の足首を潰す杭に気付いていたようで形の良い眉はひそめられたままだ。
「本体と合流するに決まってるでしょぉ」
「まぁそうねー。合流しないとねー。でもさぁでもさぁ、あのアリスめっちゃ追っ掛けて来そうじゃない?怖いねー、怖いよ~。何だって敵の柱にこんなに執着するんだかねぇ?」
「そんなん知らないよぉ……、って、レプリカン?どこ行くのー?」
レプリカンが立ち上がると途端に部屋が一畳分程狭まったように感じるのは、よくこの体であんなに早く走れたものだと思わせる巨漢の所為だろう。
「あーん?飯調達しに行くに決まってんだろ。俺ぁ腹減ったんだ、腹が」
飯、と聞いたカルがピクリ、と反応する。浅葱を気にしつつも腹を満たす欲求はいつもと変わらない。アーセルムが苦笑いと共に見つかるなよ、と言えばほんのついさっきまで走りすぎて息も絶え絶えだったくせに、もう元気良くレプリカンの後ろをちょろちょろと着いていく。
今晩は肉だな、と笑って浅葱を見やった。
顔色は決して良いとは言い難く、目の下の隈も酷い。痩せ細ってなかったのがせめてもの救いか。カルには見えていなかったようだがあの時明らかにアリスは浅葱を蹂躙していた。珠稀の手前何か言われるかも、と思いつつ布団を捲り確認すると、出された体液と無理矢理されたのか血液が混ざって固まりこびりついている。
「ホントにねぇ、何なのかねー。現アリスは」
先代アリスは淑やかな少女だった。黒髪は艶やかで瑠璃の瞳は澄んでいて、唇はふっくらとした桜色。ケイと婚約したのを聞いたとき誰もが美女と野獣だとケイをからかったものだ。例えそれが血筋が決めた政略結婚だったのだとしても二人は互いを思いあっていたから何も問題はなかった。
問題があったとしたならばそれはその時の情勢。優しすぎる彼女はいつまでも終わらない戦乱に心を痛めていた。自らの命を代償として世界を救おうとするほどに。
そうまでして先代が救おうとした世界に降り立った新たなアリス。彼は誰をも救おうとはしなかった。他人の願いを叶えることの出来る世界の柱として存在しているにも関わらず、彼はまずそれの規制から始めた。
――願いを叶えてほしければ金を積め、体で払え。それが出来ないのなら死ねばいい。
それでも人々は“金の卵”からは離れられない。
何かが焼けた香ばしい匂いが鼻腔を擽り、浅葱はふ、とどろどろとした重い眠りの中から引き上げられ目を瞬いた。最近見慣れた高い天井はなく、煤けた木の板が見える。
「アサギ?」
名前を呼ばれてびくり、と肩が跳ねたけれどその声は空良のものとは違う、しかし聞き覚えのある声。飛び起きた瞬間目眩に襲われふらつく体を支えてくれる力強い腕。
一旦閉じた目を開けばそこにいたのは。
「カル……?」
日に焼けた赤毛、緑灰色の瞳。口元を彩るのは人懐っこい笑み。ここにいる筈のないカルを信じられない気持ちで見ていたら先に感極まったらしいカルに抱きつかれた。
「良かった~!起きた!な、腹減ってないか?今肉買ってきたんだ、肉!!一緒に食べようぜ!」
抱き締めたかと思えば勢い良く離れ驚きに固まったままの浅葱をガクガク揺さぶる。その様子を年長者達は苦笑いと共に見つめるだけだ。
カルが一人盛り上がって、はい!と差し出してきた肉を無意識のように受け取った浅葱は嬉しそうに頬張っている彼に釣られたのか茫然としたまま一口二口、頬張る。それから、
「旨いだろ?」
と笑いかけてくるカルへこくり、と頷く。
「旨い……」
答える声は涙で震えた。
「わ、わ、何だよ。泣くなよ」
「肉、旨いぃ~……」
「泣くほど!?」
狼狽えるカルにアーセルムが笑う。
「良かったじゃん、カル。お前の選んだ肉が旨いってさぁ」
「う、ん?良かった!良かった……、のか?」
頭にクエスチョンマークを沢山浮かべながら、とりあえず納得したらしい。まだまだあるからなー、と相変わらず浅葱へ兄貴風を吹かせながら上機嫌だ。
浅葱は尚もぽろぽろと泣きながらカルに進められるまま食事を平らげた。閉じ込められていた時はあんなにも食べる事が嫌だったのに。カルの笑顔を見ていると何もかもが美味しく、楽しく感じる。
そう思いながら少しだけ空良の事を考えて――、やめた。
食事が終わり、カルが浅葱を風呂へ入れている間年長者達が始めたのはこれから先の相談。もし仮にアリスが本気で自分達を捕まえようとするならば恐らく海岸線は全てアリス直属の黒の軍に押さえられているだろう。
「海に出られないと本体と合流出来ないよね?そうなると僕達敵の本拠で丸裸~?今だってアリスが精霊使って捜してる可能性あるよね、あるよねー?怖いなぁ~!レプちんの精霊はもう復活した?」
「レプ……っ、何だその呼び方は!」
「え?可愛くない?レプちん。因みにこっちの君はアムちん。あとあの子はカルっちねー!ほら、かぁわいー!」
きゃ、と可愛らしくない声を上げ両手を組んで頬に当てる超童顔のおっさんをげんなりと見つめる。
「レプリカン、タマキはアリスに殺られたって事にしてその辺捨ててこよう」
アーセルムの目が本気だ。
「いや、わかるが……副長の為だと思って耐えろ!」
「ぷー!酷いぞチミ達!」
一先ずケイとは別の意味でこの男の相手をまともにしていたら神経が削られる、と眠気覚ましのお茶を一気に煽り話を戻した。
「とにかく一度海岸線を探りに行くしかないよなぁ。いつまでもここらに潜伏してるわけにもいかねぇしー」
「でもよ、チビのあの足で仮に戦闘になったらどうすんだ。毎回カルに抱えさせとくってのも無理があるだろ」
「あの杭抜くにしても医者がいるとこじゃなきゃねぇ……」
最初よりマシだと言いはしたが、それでも触れると痛がるあの杭を抜いてやりたいのは山々だ。しかし下手に触って二度と歩けない、なんて事になっては困るとあれに関しては保留となっている。
「んー、じゃあさ、じゃあさ、とりあえず外の様子探ってきたらいくない?1人お留守番で姫の子守して!でー、安全だなって思うとこに宿とってちょっとずつ海岸線に近寄ってみようよ。駄目そうなら引き返して他のルート探せばいいし」
全員で一気に進んだ挙げ句敵に見つかり疲労で腕が鈍る事があっては危険だ、という珠稀の提案にこのおっさんがマトモな事言うなんて、と図らずも同時に二人は思ったのだった。
太陽が残りの一筋を残し山の向こうへ消える頃、年長者達は少年二人を残し街へと出て行った。
手配書が出回ってしまえば面倒な事になる。相手がそのつもりで動いているのならば既にそれは配られている頃合いであり、そうなれば一刻も早く宿を出なければならない。今のところ出て行った面々が戻ってくることはなく、二人は他愛もない話をぽつぽつと交わしていた。
浅葱の疲労は見てわかるほどに色濃く、先程から何度か寝るように促しているのだけれど「寝たら夢が覚める気がして嫌だ」と怯えた瞳で言われては、カルには彼を安心させられるような上手い言葉を探すことが出来ず黙るしかない。
それからまたしばらくは他愛もない話をして、やがてその問いを口にした。何度も迷い、聞きかけてはやめ、しかし気になっていた問いだ。
「あのさ……、訊いていいのかわかんないんだけど……、いや!訊かれたくなかったら駄目って言えよ!?無理に言わせようとか思ってないし!」
「聞いてみないとわかんないって。何?」
問う前から忙しなく片手を顔の前で左右に振るカルに苦笑を溢しつつ、見当はついていた。
果たして見上げる犬のように上目で浅葱を見るカルの口から出た問いはアリスと呼ばれる彼の――、空良の事。
ずきりと足首が痛む。
気持ちの整理はついていないし、勿論恐怖は全く消えていない。もしも次捕まったら、と想像するだけでも体が震えてしまう程。まして今ここで話しているカルの存在さえも解放されたいと願う心が見せている幻ではないか、とさえ思う。――けれど。
「優しかったんだ」
「え?」
ぽつり、と呟いた。
「空良はずっと……、優しかったんだよ」
この世界に来る前も、この世界に来てからも。いつどこで間違えたんだろう。最後に空良が撫でた首をそっと撫でる。あの話はやはり本当の事なのだろうか。
しかしそれを認める事は出来なくて浅葱がぽつぽつと話し始めたのはこの世界へやって来てからの事。
元の世界からここへ飛ばされて、わけもわからず捕まって、最初の一年は抵抗した。家族の元へ帰してくれ、と。その度に告げられたのは柱となったからにはその命が尽きるまで人並みの生活が出来ると思うなという残酷な言葉。
人並みの生活が送れるのは命が尽きてから。それはつまりもう二度と元の生活へは戻れない、と言われたと同じ。
嫌だ。俺が何をした?どうして見ず知らずの他人の為に命を差し出さなければならない?
そうやって抵抗しても、選ばれたのだから仕方がないのだ、とそんな言葉で1つで終わらされ取り合っては貰えなかった。
――それは、ケイと出会う前の事。
「……っ!」
息を飲んで顔を赤らめてしまったのは未だ浅葱の着物は肌蹴たままで、空良に付けられた鬱血も以前にはなかった乳首のピアスも何もかもが眼前に晒されてしまったからだ。それと同時に気が付いた足の杭にもう一度静かに息を飲む。両足共、足首を貫通して金具で止められている。これでは歩くことは出来ない。
アリスが頻繁に現れるという街で聞き込みをして見つけた高い塔、そこに浅葱がいると知ったのは一週間前の事。何度か侵入を試みたが出入り口はなく、どうするべきか話し合っていた矢先の事だった。
空良が浅葱を試す為作った隙を彼らもまた見つけたのだ。が、侵入を決行する前に空良が来てしまい機を窺っていた。塔から出てきた浅葱が何故歩かないのかを不思議に思っていたけれど、こんな風に自由を奪われていたのだと思うと怒りがこみ上げる。
そっと着物を合わせて肌を隠すと安物の薄い布団をかけてやった。
「さって、これからどーすんの?たーいちょ」
ようやく回復したらしい珠稀の軽口に小さな吐息1つで息を整えたアーセルムがちらりと浅葱を見る。彼もまた浅葱の足首を潰す杭に気付いていたようで形の良い眉はひそめられたままだ。
「本体と合流するに決まってるでしょぉ」
「まぁそうねー。合流しないとねー。でもさぁでもさぁ、あのアリスめっちゃ追っ掛けて来そうじゃない?怖いねー、怖いよ~。何だって敵の柱にこんなに執着するんだかねぇ?」
「そんなん知らないよぉ……、って、レプリカン?どこ行くのー?」
レプリカンが立ち上がると途端に部屋が一畳分程狭まったように感じるのは、よくこの体であんなに早く走れたものだと思わせる巨漢の所為だろう。
「あーん?飯調達しに行くに決まってんだろ。俺ぁ腹減ったんだ、腹が」
飯、と聞いたカルがピクリ、と反応する。浅葱を気にしつつも腹を満たす欲求はいつもと変わらない。アーセルムが苦笑いと共に見つかるなよ、と言えばほんのついさっきまで走りすぎて息も絶え絶えだったくせに、もう元気良くレプリカンの後ろをちょろちょろと着いていく。
今晩は肉だな、と笑って浅葱を見やった。
顔色は決して良いとは言い難く、目の下の隈も酷い。痩せ細ってなかったのがせめてもの救いか。カルには見えていなかったようだがあの時明らかにアリスは浅葱を蹂躙していた。珠稀の手前何か言われるかも、と思いつつ布団を捲り確認すると、出された体液と無理矢理されたのか血液が混ざって固まりこびりついている。
「ホントにねぇ、何なのかねー。現アリスは」
先代アリスは淑やかな少女だった。黒髪は艶やかで瑠璃の瞳は澄んでいて、唇はふっくらとした桜色。ケイと婚約したのを聞いたとき誰もが美女と野獣だとケイをからかったものだ。例えそれが血筋が決めた政略結婚だったのだとしても二人は互いを思いあっていたから何も問題はなかった。
問題があったとしたならばそれはその時の情勢。優しすぎる彼女はいつまでも終わらない戦乱に心を痛めていた。自らの命を代償として世界を救おうとするほどに。
そうまでして先代が救おうとした世界に降り立った新たなアリス。彼は誰をも救おうとはしなかった。他人の願いを叶えることの出来る世界の柱として存在しているにも関わらず、彼はまずそれの規制から始めた。
――願いを叶えてほしければ金を積め、体で払え。それが出来ないのなら死ねばいい。
それでも人々は“金の卵”からは離れられない。
何かが焼けた香ばしい匂いが鼻腔を擽り、浅葱はふ、とどろどろとした重い眠りの中から引き上げられ目を瞬いた。最近見慣れた高い天井はなく、煤けた木の板が見える。
「アサギ?」
名前を呼ばれてびくり、と肩が跳ねたけれどその声は空良のものとは違う、しかし聞き覚えのある声。飛び起きた瞬間目眩に襲われふらつく体を支えてくれる力強い腕。
一旦閉じた目を開けばそこにいたのは。
「カル……?」
日に焼けた赤毛、緑灰色の瞳。口元を彩るのは人懐っこい笑み。ここにいる筈のないカルを信じられない気持ちで見ていたら先に感極まったらしいカルに抱きつかれた。
「良かった~!起きた!な、腹減ってないか?今肉買ってきたんだ、肉!!一緒に食べようぜ!」
抱き締めたかと思えば勢い良く離れ驚きに固まったままの浅葱をガクガク揺さぶる。その様子を年長者達は苦笑いと共に見つめるだけだ。
カルが一人盛り上がって、はい!と差し出してきた肉を無意識のように受け取った浅葱は嬉しそうに頬張っている彼に釣られたのか茫然としたまま一口二口、頬張る。それから、
「旨いだろ?」
と笑いかけてくるカルへこくり、と頷く。
「旨い……」
答える声は涙で震えた。
「わ、わ、何だよ。泣くなよ」
「肉、旨いぃ~……」
「泣くほど!?」
狼狽えるカルにアーセルムが笑う。
「良かったじゃん、カル。お前の選んだ肉が旨いってさぁ」
「う、ん?良かった!良かった……、のか?」
頭にクエスチョンマークを沢山浮かべながら、とりあえず納得したらしい。まだまだあるからなー、と相変わらず浅葱へ兄貴風を吹かせながら上機嫌だ。
浅葱は尚もぽろぽろと泣きながらカルに進められるまま食事を平らげた。閉じ込められていた時はあんなにも食べる事が嫌だったのに。カルの笑顔を見ていると何もかもが美味しく、楽しく感じる。
そう思いながら少しだけ空良の事を考えて――、やめた。
食事が終わり、カルが浅葱を風呂へ入れている間年長者達が始めたのはこれから先の相談。もし仮にアリスが本気で自分達を捕まえようとするならば恐らく海岸線は全てアリス直属の黒の軍に押さえられているだろう。
「海に出られないと本体と合流出来ないよね?そうなると僕達敵の本拠で丸裸~?今だってアリスが精霊使って捜してる可能性あるよね、あるよねー?怖いなぁ~!レプちんの精霊はもう復活した?」
「レプ……っ、何だその呼び方は!」
「え?可愛くない?レプちん。因みにこっちの君はアムちん。あとあの子はカルっちねー!ほら、かぁわいー!」
きゃ、と可愛らしくない声を上げ両手を組んで頬に当てる超童顔のおっさんをげんなりと見つめる。
「レプリカン、タマキはアリスに殺られたって事にしてその辺捨ててこよう」
アーセルムの目が本気だ。
「いや、わかるが……副長の為だと思って耐えろ!」
「ぷー!酷いぞチミ達!」
一先ずケイとは別の意味でこの男の相手をまともにしていたら神経が削られる、と眠気覚ましのお茶を一気に煽り話を戻した。
「とにかく一度海岸線を探りに行くしかないよなぁ。いつまでもここらに潜伏してるわけにもいかねぇしー」
「でもよ、チビのあの足で仮に戦闘になったらどうすんだ。毎回カルに抱えさせとくってのも無理があるだろ」
「あの杭抜くにしても医者がいるとこじゃなきゃねぇ……」
最初よりマシだと言いはしたが、それでも触れると痛がるあの杭を抜いてやりたいのは山々だ。しかし下手に触って二度と歩けない、なんて事になっては困るとあれに関しては保留となっている。
「んー、じゃあさ、じゃあさ、とりあえず外の様子探ってきたらいくない?1人お留守番で姫の子守して!でー、安全だなって思うとこに宿とってちょっとずつ海岸線に近寄ってみようよ。駄目そうなら引き返して他のルート探せばいいし」
全員で一気に進んだ挙げ句敵に見つかり疲労で腕が鈍る事があっては危険だ、という珠稀の提案にこのおっさんがマトモな事言うなんて、と図らずも同時に二人は思ったのだった。
太陽が残りの一筋を残し山の向こうへ消える頃、年長者達は少年二人を残し街へと出て行った。
手配書が出回ってしまえば面倒な事になる。相手がそのつもりで動いているのならば既にそれは配られている頃合いであり、そうなれば一刻も早く宿を出なければならない。今のところ出て行った面々が戻ってくることはなく、二人は他愛もない話をぽつぽつと交わしていた。
浅葱の疲労は見てわかるほどに色濃く、先程から何度か寝るように促しているのだけれど「寝たら夢が覚める気がして嫌だ」と怯えた瞳で言われては、カルには彼を安心させられるような上手い言葉を探すことが出来ず黙るしかない。
それからまたしばらくは他愛もない話をして、やがてその問いを口にした。何度も迷い、聞きかけてはやめ、しかし気になっていた問いだ。
「あのさ……、訊いていいのかわかんないんだけど……、いや!訊かれたくなかったら駄目って言えよ!?無理に言わせようとか思ってないし!」
「聞いてみないとわかんないって。何?」
問う前から忙しなく片手を顔の前で左右に振るカルに苦笑を溢しつつ、見当はついていた。
果たして見上げる犬のように上目で浅葱を見るカルの口から出た問いはアリスと呼ばれる彼の――、空良の事。
ずきりと足首が痛む。
気持ちの整理はついていないし、勿論恐怖は全く消えていない。もしも次捕まったら、と想像するだけでも体が震えてしまう程。まして今ここで話しているカルの存在さえも解放されたいと願う心が見せている幻ではないか、とさえ思う。――けれど。
「優しかったんだ」
「え?」
ぽつり、と呟いた。
「空良はずっと……、優しかったんだよ」
この世界に来る前も、この世界に来てからも。いつどこで間違えたんだろう。最後に空良が撫でた首をそっと撫でる。あの話はやはり本当の事なのだろうか。
しかしそれを認める事は出来なくて浅葱がぽつぽつと話し始めたのはこの世界へやって来てからの事。
元の世界からここへ飛ばされて、わけもわからず捕まって、最初の一年は抵抗した。家族の元へ帰してくれ、と。その度に告げられたのは柱となったからにはその命が尽きるまで人並みの生活が出来ると思うなという残酷な言葉。
人並みの生活が送れるのは命が尽きてから。それはつまりもう二度と元の生活へは戻れない、と言われたと同じ。
嫌だ。俺が何をした?どうして見ず知らずの他人の為に命を差し出さなければならない?
そうやって抵抗しても、選ばれたのだから仕方がないのだ、とそんな言葉で1つで終わらされ取り合っては貰えなかった。
――それは、ケイと出会う前の事。
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