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第一章

誰かの代わり R18

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「?子犬共はどうした?」

 一月、という猶予にも関わらず半月で全ての作業を終わらせた部下達は揃って辺りをキョロキョロと見回した。
 ケイといるときは何故か猫のようにツンツンするアサギだけれど、カルと一緒にいるときは好奇心旺盛な子犬になる。最近ではカルとアサギ、二人セットで“子犬”呼ばわりだ。

 半月前食べ物を盗んだ挙げ句罰としての食器洗い中にじゃれあってカワスに「根性叩き直してやらぁ!!」と怒鳴られた二人はあれからカワスの元で手伝いをしていた。
 怒られているのに何故か楽しげで、カワスに料理を教わる間も目をキラキラさせていたアサギが印象に残る。カルは途中で飽きてしまったか「海で泳ぎたい……」とぼやいていたが。

「まだカワスの所でしょうか。呼んできます」

 豪華客船風になった船は目の前に停泊しており、後は乗員が乗り込めばすぐにでも出航できるのに。痺れを切らしたリツが一歩踏み出した所で屋敷のドアが乱暴に開いた。

「いいか、お前ら!あンのアホ船長についていけなくなったらいつでも戻ってきていいんだからな!」

 子犬達を両腕に納め出てきたカワスは既に涙目だ。手のかかる子程可愛い、とは言うがいつの間にやらこの子犬達は強面の料理人のお気に入りになってしまっていたようで、二人ともこんなに別れを惜しまれるとは思ってなかったと言いたげな困った顔をしている。

 その二人の手に何かを押し付けたカワスは後は後ろも見ずに屋敷へと戻って行った。何だかキラキラと滴が散ったように見えたのは気の所為か、いや気の所為にしとこう。

「すんません船長、遅れました」

 パタパタと駆けて来た二人の頭を撫でて一度屋敷を振り返る。ここにいる間、一度も顔を見せなかったこの島の所有者は屋敷2階の窓から見下ろしており、ケイは相手にふ、と微笑んで踵を返した。

「全員揃ったな。出航だ!」

 久しぶりの船の甲板。当たる潮風が心地よく、目を細めて体全体で堪能していたアサギは胸に当たるそれをそっ、と撫でた。紐に貝殻を何個か繋げただけの、カワスの故郷に伝わる御守りはカルとお揃い。それが嬉しくてそして何だか擽ったい。
 小さく微笑んだ所へ足音が聞こえ振り返る。

「……カワスのとこは楽しかったか?」

 一時の休憩に入ったらしいケイである。あの島を出て3日。アサギに監視はついていない。
 アサギは自分と同じように船縁に腕を付き、微笑みながら顔を見つめてくるケイからプイ、と視線を逸らしたもののこくりと1つ頷いた。

「何を教えて貰ったんだ?」

「……シチューとか、なんか色々。……カワスは凄いんだ。人参投げて均等に切ってた」

 何やってんだあいつ、と思わなくはないがあんまりにもアサギがキラキラと楽しげな笑みを浮かべているからその言葉は飲み込んで

「そうか、それは凄いな」

 と返せば漸くケイを見て満面の笑みで頷く。その幼子のような無垢な笑顔が可愛くてつい引き寄せた。

「な、何だよ!?」

 途端に暴れだす子供をギュ、と抱き締めて小さくため息。

(……代わり、か)

 リツに言われたあの言葉は結構痛かった。
 見つけた瞬間から彼が何者であるかはわかっていた。そしてかつて似たような運命を押し付けられた人物を、ケイは心から愛してた。その彼女を失ったあの日からぽっかり空いていた隙間に確かにこの青年はピタリとはまったのだ。

 似たところは1つもない。性別だって正反対。それなのにこの子供はこんなにもケイの心を掻き乱す。それはこの青年を彼女の代わりにしているからか、それともアサギ自身に惹かれているのかは自分でもまだわからない。

「……今日は大人しいな?」

 ふと気付けば抵抗はなくなっており、アサギは大人しくその腕に収まっている。

「……あんたが……」

 そこから先が聞き取れず、ん?と聞き返すと少しの間の後でまるで不貞腐れているかのような顔をしたアサギがケイを見上げた。

「あんたが!何か元気ないから調子が狂うって言ってんだよ!」

 一瞬驚いて、それからにやりと笑うとアサギは「しまった」と言いたげな顔。

「そうか、ケツ揉んで欲しかったのか」

「違う!揉むな、離せ変態!」

 渾身の力で胸を押してくるアサギの無駄な抵抗を笑いながら捩じ伏せて額に唇を落とす。押してもダメならとしゃがんで逃げようとするアサギの膝を両手で掬った。

「うわ!?」

 くるん、と体が回転した事に驚いたのか首に縋るアサギはそのままに、くすくす笑って歩き出すと漸く自分が姫抱きされている事に気付いたらしい。

「な、何!?やだ、降ろせ!」

「イーヤ~。今回もお前が誘ったんだからな?」

「はぁ!?誘ってないし!脳ミソ沸いてんじゃないの!?」

「……今日は潮吹くまでやってみる?」

「!?やだやだやだやだ!変態!バカ!エロ親父ッ!!心配して損した!離せーーーーッ!!」

 アサギの叫びにリツは盛大なため息をつき、他の乗員は皆合掌した。




 ちゅ、ちゅ、と啄むだけの口付けを数回。トサ、と降ろされたベッドで覆い被さる男を見上げる。やはりどことなく元気がない、というかいつもの様子と少し違う。

「……やっぱり、何か変だ」

「ん?」

 肌蹴させた胸元を滑っていた手を止めて、ケイはアサギを見下ろした。

「あんた、変だよ」

「……変なのはいつもじゃねぇ?」

「自分で言うな!」

 わかっているのなら直せ、とリツ辺りなら怒髪天の如く怒るだろう言葉を吐いたケイを睨むけれど、彼は静かに笑うばかり。

「俺、何かした?」

 避けられているわけじゃない。
 昼はリツが目を光らせているからあまり来ないけれど――だから今怒って現れないのが逆に不思議だ――夜は未だにケイのベッドで寝ている。
 なのに、何故か自分へ対する態度がどことなく……違う。何が、とは言えない。それはアサギにもよくわかっていないから。
 暫く無言でアサギを見つめ続けていたケイはやがて小さく笑い出した。

「何で笑うんだよ!」

「いや……っ、何でもねぇ……」

 と、言いながらも肩はぷるぷる震えている。わけがわからなくて、でも何となくバカにされているのかと憮然と頬を膨らませて。

「そんな怒んなよ。悪かった」

 少しの間笑い続けたケイが笑いを収めて頭を撫でるけれど、すっかり拗ねてしまったらしいアサギは膨れっ面のままプイ、と横を向いた。

「悪かったって。お前を笑ったわけじゃねぇから」

 子供に指摘されるほど態度に出ていたらしい自分に笑っただけだ。今ここにリツが乗り込んでこないのならば、流石に言い過ぎたと向こうも反省してるのだろう。
 それに甘えてベッドに転がるとさっきまで不貞腐れていたアサギはやはり訝しげな表情でチラリと見てくる。その細身の体を抱き締めて首筋に顔を埋めた。

「お前はいっつもいい匂いがするな」

「嗅ぐな、変態」

 モゾモゾ動いてはいるけれど、いつもの抵抗に程遠いのはケイが大人しくて調子が狂うからだ。

「……なぁ、お前は俺を通して誰を見てる?」

 ふ、と問いかけたのはただの好奇心。
 アサギもまたケイと同じようにケイの姿に誰かを重ねている節があるからだ。普段意識して思い出さないようにしているのか、日常的に重ねている訳じゃなく情事の最中気が緩んだ隙に意識に上ってくるようで時折酷く悲しそうな、辛そうな顔をする。
 問われたアサギはビクリと肩を揺らしてケイの腕から抜け出すと上体を起こした。視線が合うのを避けるようにケイに背を向けてベッドの端に座る。
 ケイの視界に映る背中は小さくて頼りなく、思わず手を伸ばし……引っ込めた。今触れればこの子供は間違いなく逃げてしまう。

「………………俺の、」

 随分と長い沈黙。それは互いの間に流れる空気がピリピリと緊張していた所為なのかも知れず、実際にはそうたいした時間は過ぎていない気もする。
 しかし二人にとってはかなりの時間だった。その沈黙の後でぽつり、とケイに届くか届かないかくらいの声でアサギは小さく呟く。

 ――俺の、初恋の人。

 カワスに貰った御守りが少し動いた拍子に肌蹴たままの素肌に当りくすぐったい。

「アサギ……、おいで」

 声が聞こえて振り返って見たケイは優しく微笑んで手を差し伸べていて、ふらりとその手を取って引き寄せられるまま倒れ込むと、ケイは器用に体勢を入れ替えてまた最初のようにアサギを見下ろした。
 するすると頬を撫でてくる長い指が頬から唇へと滑っていく。つ、と唇をなぞるその指に舌を差し出すと

「何だ、今日は素直だな」

 くすりと笑われた。

「……別に、そんなことない」

 口先は素直じゃない、と苦笑して舌を詰まんでヌルヌルと滑らせる。

「ん……」

 口内に指を差し入れて上顎を擦るとヒク、と体を小さく震わせ、どこか色気を感じさせる表情になったアサギに囁く。

「……で、今日は潮吹くまで頑張るか?」

 アサギは何も言わずに相手の指をガリッと噛んだ。

 


“指を噛んだお仕置き”と称した四つん這いの屈辱的な体勢で貫かれて泣いているのか、それとも快楽からの涙かわからない滴をぼろぼろ溢しながら

「ひ、ぁ、……っ、あぁーーーーッ!!」

 大きく仰け反ったもののもはや出すものがないそこからは透明になった液体が僅かにとろり、と漏れただけ。
 何度も何度もイかされて既に意識は散り散りになり、まるで快楽地獄。
 へたり、とベッドに上半身をつければ後ろで楽しげな笑みをこぼすケイがアサギの腕を手綱の様に引いて、無理矢理体を起こさせた。

「うぁ……っ!あ、ン……!あぁ……っや、らぁぁ……っ、や、め……、おねが……っ」

「ん……、やめていいのか?ここ、こんなトロトロなのに……」

「ひぁぁ!触、な……で……っ!ぃやあ……っ!」

 首を振って悶えるアサギの腕を離し体勢を入れ替えようとして、ずるん、と抜ける感覚に大袈裟な程に震えたアサギはまたもイッたらしく、もう何をしても全てが快感にしかならないのか息も絶え絶えだ。
 今回も散々弄られた胸は赤く腫れ、少し痛々しい。
 栓をするものが無くなった後孔からはトロ、と慣らすのに使った香油とケイの先走りが混じって流れ出た。

「エロ……」

「ひゃあぁぁ!あぁ!やらぁ!も、らめ、ってぇ!許して……っ苦し、よぉ……っ!」

 伝い落ちていく液体を指で掬うその動きさえ敏感な体には刺激が強すぎるようで体が病的な程に痙攣し始め、ケイは苦笑と共にわかった、と囁いた。

「あん!や、ぁ……っ」

「……気持ちいい?」

「いい……っ!気持ち、い……っン、ぅ……」

 懸命に呼吸を繰り返す唇に自分のそれを重ねて吸い上げ、舌をヌルヌルと擦り合わせて息を継ぎ見下ろしたアサギは可哀想な程に体を震わせており、挿れるのはもう無理だな、と苦笑い。
 ちゅ、と額に口付けを落としながら自分の手で熱を扱き、今にも意識を飛ばしてしまいそうなアサギの肢体へと欲望を弾けさせた。
 しばらく顔中に唇を落としていると、苦しげに眉を寄せてはぁはぁと荒い息を吐いていたアサギがうっすらと目を開ける。

「も……おわり……?」

「ああ。無理させて悪かった」

 まるで心の中にかかるモヤを晴らす為の八つ当たりだ。
 しかしアサギはとろり、と蕩けた顔のまま舌足らずに続ける。

「まだ、……いっかいしか……」

 眠たいのかやけに瞬きが緩慢なアサギの言葉に首を傾げていると

「あんた、いっかいしかイッてない……」

 そう言ってケイの下肢へ手を伸ばそうとするのに笑ってその手を掴む。

「今日はいい」

「なんで?……おれ、あんたのいやがること……なにか、した?」

 それとももう飽きたのかと不安そうに訪ねてくるアサギを抱き締める。

「お前は、あいつの代わりでも俺の男娼でもねぇ」

「……?」

 意識が朦朧としてる青年は言葉の意味が理解できず不思議そうに瞬くばかり。その彼の額に口付けながら

「だからお前も、代わりじゃなくて俺を見ろ」

 それはまだ近くはあるけれど恋慕、ではない気がする。
 ただ彼と彼女は違うのだと真に認め、アサギ自身と向き合う事を決めただけの一歩目だ。
 言われたアサギはやはり意味が理解できず不思議そうな顔のままで。ケイが苦笑して、もう寝ろ、と瞼に口付けると何度か瞬きを繰り返しやがて静かに意識を手放した。

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