二分の一の世界

ナナメ

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第一章

苦悩 R18

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 ギシギシと軋むベッドの側で、王の側近は頭を垂れたままグッ、と拳を握った。

「まだ見つからない、だと?遊んでいるのかお前達は」

「……っ!」

 裸で組み敷かれている相手が軽く息を飲んだのは快楽か苦痛かわからないが、彼はシーツを握り締めていた手の甲を自分の口元へと押しあてキツく噛み締める。

「……国内には、いないものかと。“外”へ出る許可を頂けないでしょうか」

「あれが一人で“外”に行けると思うのか!」

 怒りに任せ腰を強く打ち付けられ、今度はハッキリと苦痛の声を洩らしそうになりながら耐え、そろりと腕を伸ばす。

「……陛下」

 散々好きに嬲られ声は嗄れている。その声を聞き、頭を垂れる側近はさらにキツく拳を握り締めた。爪が食い込み、血が滲む。

「怒りをお静め下さい、陛下。“彼”が一人で出たとは限りません。一度“外”も探してみるべきではないですか?」

 組み敷かれている男はするすると相手の頬を宥めるように撫でながら穏やかに説き、陛下、と呼ばれる壮年の男は暫くその所作に厭らしい笑みを浮かべていたが、やがてフンッ、と鼻を鳴らして頭を垂れたままの男へと目を向けた。

「国境の門は開けておいてやる。あれを見つけるまで戻ってくるな」

 そう告げると組み敷いた男の頬にねっとりと舌を這わせ、半端なまま中断していた行為が再開されてギシギシと軋むベッドの音を聞きながら、頭を垂れていた男は一礼して部屋を後にした。

 陛下……可楽がらくの部屋を出て自室に入った途端にくらりと目眩に襲われてズルズルとそのまま座り込む。
 こめかみはドクドク騒がしく血液を循環させて、胃の辺りはひんやりと冷たく痛みを訴え続けている。乱暴に黒髪を掻き回し、怒りを越えたこの感情は何と呼ぶべきなのかをぼんやり考えた所に

「よう、その様子じゃまたみてぇだな」

 と、声が落ちてきて顔を上げた。
 窓辺には先程までいなかった男が一人。

「……窓は出入口じゃない、と何度言えばわかる」

「固ぇ事言うなよ。お前は貞淑な乙女か」

 長めの赤茶色の髪を掻き上げて、アッシュの瞳を嫌そうに細めそう宣う男を闇色の瞳で睨む。強い眼光に、赤茶色の髪の男は「おー怖」と肩を竦めながら窓の縁へと腰かけた。

「んで、お前の心は決まったのかよ?」

 床に座り込んだままの男は闇色の瞳をツイ、と逸らした。

「……らしくねぇな。もっと必死になると思ってたのに。あいつがあんな目に遭って、お前平気なのか?」

 ――ダンッ!!!

 と壁を殴る激しい音にアッシュの瞳を一瞬驚きに丸くさせ、対する闇色の瞳は隠すことのない怒りを宿して見つめている。

「平気な筈ないだろうが……ッ!」

 壁を殴ったその拳を開いて顔を覆う彼がどれだけ追い詰められているのかを赤茶色の髪の男は知っている。苛めすぎたか、と罰が悪そうに天井に視線を投げ暫し沈黙。

「……選べるのは片方だけだ」

 赤茶色の髪を持つ男に言われ、王の側近はグッ、と拳を握った。

「わかってる」

「わかってんなら話は早ぇだろ」

「……でもあいつは、その選択を望んでいない」

 お前だって望んでないだろ、とは言えず口を噤む。彼の立場からすればそんな事は口が裂けても言えない筈。それは自分も、可楽の元にいた彼も同じではあるが。

「だからって引き延ばして、このままあいつを陛下に差し出し続けるのか?いい加減覚悟決めろよ。……全部……今更だろ」

「…………ああ。そう、だな……今更だ……」

“彼”はあんなにも傷付いていたのに。




 暗闇に一筋の光が射し込んだ。
 あれから頭を冷やそうと自室の風呂場で水を浴び続けている彼の背をギュッ、と抱く。その体は氷のように冷たい。

「……熱いな。熱でもあるのか」

「ふざけるな、お前が冷たいんだ」

 動かない彼の代わりに水を止めてやって、冷えきった肩に額を押し付けた。押し付けた額も腹に回した腕にもゾワリと悪寒が走る程にその体が冷たくて、それが彼の苦悩の証なのだと思うと胸が苦しい。

「……俺の事は気に病むな、と言わなかったか」

 少しでも暖めようと合わせた体があっという間に冷えて、相手の服に染み込んだ冷水が同じように服に染み込み少しずつ重みを増す。黒髪から滴る冷水が腕にポツポツと落ちる様が、まるで相手が泣いているかのような錯覚を起こさせて強く縋り付いた。

「……あんな場面を見せられて平然としていられる、と思われてるなら心外だ」

 冷たい手の平に手首を掴まれ、一瞬の内にくるりと反転した男の腕に囚われて、頭を擦り寄せた首筋の奥でトクトクと刻む命の流れを聞きながら

「なら言い方を変える。お前が背負ったものを俺も背負った、それだけだ」

 そう告げて榛色の瞳を閉じると、耳元で微かなため息のような苦笑のような小さな吐息。

「ユキ」

 呼ばれて上げた顔を冷たい両の手の平で包まれながら、僅かに苦しげに揺れる闇色の瞳に映る自分の顔を見る。
 表向きは平然と見えるその表情を確認して、しかし内面は酷く傷付いている事を押し隠して、恐らく相手にはそれさえ伝わっている事も知っている。

「……俺は、“彼”を連れ戻しに行く」

 ユキと呼ばれたこの国の王宮付きの医者である雪夜はグッ、と眉間に皺を寄せた。その唇から文句が溢れ落ちる前にさらに言葉を続ける。
 それは閨の睦み事であるかのように密やかに雪夜の耳孔に入り込んだ。

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