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第一章

カルとアサギ

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「ぅ……ん……、……?」

 ケイが造船所で部下達に指示を出していた頃アサギは不意に目を覚ました。緩慢な瞬きは未だ微睡みから抜け出せていない証拠。暫くぼんやりとテーブルのティーセットを眺めノロノロと体を起こす。

 少し前の記憶を掘り起こし隣を見るけれど隣にあった筈の温もりはなく、ただ確かにいた証しにシーツには僅かなシワが寄る。そのシワを何となく撫でてベッドからするりと足を下ろした。
 裸足で横切る部屋の中は肌触りのよいフカフカの絨毯が敷かれて気持ちよく、開けた窓から入り込む潮風は爽やかだ。

 本当に穏やかな風が苦しくて窓を乱暴に閉めカーテンも引いてズルズルと座り込む――瞬間。

「……ッ!?」

 襲ってきた脱力感に、いつもの耳鳴り。

 ――……、……て、ね……い……!

 ――何を…………放……!!

 声が聞こえる。
 沢山の声。
 ザワザワとかしましく騒ぎ立てるその声はまるで身体中這い回る虫のように不快で。

「る、さい……ッうるさい、うるさいうるさいうるさい!もう黙れ!」

 耳を塞いで叫んでも、頭に直接響く声は消せなくて。

「うるさいんだよ……ッ!」

「イテッ!」

 振り上げた腕が何かを捉え悲鳴が聞こえた。驚いた拍子にフッ、と全ての音が遠退いて耳に残るのは穏やかな風と波の音。
 目の前で顎を押さえて

「いてて……」

 と涙目になっているカルを思わず凝視する。カルはアサギに見つめられている事に気付くと慌ててぐるんと背を向けた。

「な、何か声がしたから来てみたんだけど!大丈夫か!?」

「……あ……うん、大丈夫……」

 答えながら何で背を向けるんだろうと首を傾げていると、一瞬チラリと振り返ったカルがまたバッと顔を背け

「服!」

 と悲鳴みたいな声で言い、服?と自分の体を見下ろしたアサギの叫び声が屋敷に響き渡った。

「……見た?」

 アサギがようやくそう聞いたのは服を着こんで暫く経ってから。
 カルはその間所在なく手を彷徨わせたりソワソワしていたが、アサギの問いかけに振り返ってブンブン首を振った。

「見てない!……ちょっとしか」

「見てるじゃないか!」

「ちょっとだし!」

(見られた……っ!)

 裸を見られたのは勿論の事、先程まで聞こえていたあの声が頭に響くとき、うっすらとではあるが必ず背中に浮かび上がるあれを見られては困る。カルが来たとき背は壁につけていた筈だし多分大丈夫だ、と思いつつも頭を抱えて踞るアサギに、カルは慌てて言い募った。

「あー、あの、ほら!風呂とか一緒に入んじゃん。そんなノリだろ?な?な?」

 こんな場面ケイに見られたら、アサギを虐めた!と難癖つけられて何をされるかわかったものではない。

「………………」

 だから一瞬見えたその肢体につけられていた跡を見てしまっただなんて口が裂けても言えない。まして今朝の声も響いてました、なんてとてもじゃないけど言える筈ない。その声にちょっと反応しました、なんて言った日には何が起きるか想像もつかなくて怖い。

 心の声が聞こえないアサギはジト目でカルを見上げた。
 しかし疚しい事のあるカルは全てを見透かしそうな澄んだ琥珀の瞳が怖くてツイ、と目を逸らしてしまう。

「!目逸らした!」

「!逸らしてない逸らしてない!めっちゃ見てる!ガン見!」

 お互いそのまま見つめあって、何秒かの後同時に吹き出して笑い声が響く。
 カルの反応をみる限り背中のあれは見られていないのだろう。それか声が響いたのは一瞬の事。まだ浮き出てはいなかったのかも知れない。
 アサギは、肩の力を抜いた。

「まぁそうだよな。風呂くらい一緒に入るもんな」

「そうそう」

 ケイに知られたら怒られそうだけれど、世間一般では同性の裸を見たから何?というところだろう。とりあえずお説教は免れそうだとカルはホッと息を吐く。

「なぁ、それより腹減ってないか?」

 言った途端明確に答えたのは、クー、と鳴った腹の虫。また真っ赤になったアサギに笑って手まねくと、不思議そうな顔をしてついてくる。

「どこ行くんだ?」

 尋ねる声ににやり、と見せた笑みはケイに良く似たイタズラを思いついた顔。

「厨房に食いもん盗みに」

「……大丈夫なのか?」

「平気平気。ほら、行こうぜ」

 手を差し出されて少し悩み、キラキラ輝くイタズラっ子の笑みに触発されたか、こくり、と頷いたアサギの琥珀も子供のように輝いた。




 暗闇の中からイタズラを成功させた子供みたいな小さな笑い声がする。自分達を探す野太い男の声が聞こえる度に笑いを堪えて息を殺し、遠ざかるとまたくすくす笑い出す。

「な、だから言ったろ?ここが一番バレないって」

「うん」

 得意気なカルに頷いて、互いの手に握られた“戦利品”を広げた布の上に並べ各々食べたい物をヒョイ、とつまんで

「「うまい!」」

 二人は同時に声を上げた。恐らく“いい子”で待っていても与えられた食事だろうけれど、二人で手に入れたと思えば何故か格別だ。

「あ、と……忘れてた」

「?」

 大好物の肉を頬張りながらゴソゴソしているカルに首を傾げていると、何個か料理を取り分けて丁寧に包んでいく。

「どうするんだ?」

「ん?これは船長の」

 俺のは?って絶対言うから、と笑っているカルを複雑そうな顔で見ながらふと頭に浮かんだ疑問。

「……カルは何で海賊になったんだ?」

 餌にありつけた犬のように幸せそうなオーラを出しながらはぐはぐと肉を平らげていたカルが首を傾げる。

「何でって……何で?」

「え、いや……んー、なんとなく……」

 カルが戦うところなど見たことはないけれど、船に魔物が入り込んだ時戦おうとしていたらしき事を言っていたし、戦えるなら何も追われるような海賊になどならなくても、それこそ追う側の海軍にでも入れば良かったんじゃないか。
 そう思いながら隣を見ると。カルはチラリとアサギを見てからモゾモゾと体勢を入れ替え寝そべった。

「……俺、孤児なんだ」

「え……」

「ちっさい時、ゴミ捨て場に捨てられてたんだって。記憶にないからホントかどうかは知らねぇけど」

 見つけて拾ってくれたのは、とてもじゃないけど善人とは呼べない人物で。他にも何人か拾われてきた子供達がいた。その男はカル達に盗む事を教え、そんな中で殺す事も覚えていって。

「でもある日憲兵が来てさ」

 恐らく仲間の一人がヘマをし、後をつけられていたのだ。気付けば男の家は囲まれ逃げ場はなかった。
 憲兵達は容赦なくカル達ごと家に火をかけた。

「何で……っ」

 捕まえて公平な裁きを受けさせるのが仕事であるはずの憲兵は、法を無視したやり方で決着をつけようとしたのだ。
 理由が判明したのは後からの事。仲間の誰かが盗みに入った屋敷で、偶然出会った少女に驚き殺してしまった。それが憲兵隊長の娘だったらしく、だからカル達は何の裁きもされぬまま死を要求されたのだという。

「……あれは、地獄絵図だったなぁ……」

 外に油でも撒かれていたのかあっという間に燃え広がり周りは火の海になって、仲間達が体についた火を消そうとのたうちまわっていた。
 熱くて熱くてもう死ぬんだ、と思った。
 だけどそれでもいい、とも思った。
 これまで生きてきた12年間、楽しかった事なんて一度もない。

「これから先も、生きてたっていいことなんてないって思ってたんだ」

 なのに、カルは生き残ってしまった。

「これ、見えるか?」

 言われて薄暗闇の中目を凝らすと、カルが差し出した左手首から肘にかけて巻き付く蛇のような紋様がうっすら見てとれる。

「……水棲族」

「何だ、詳しいな」

 驚いたように言われて、ちょっと……と、モゴモゴ言いながらそれを見つめる。水棲族の中でも特に宿主に対する庇護欲の強い蛇の紋様。欠点を上げるならば庇護欲が強すぎ、しつこく執着するあまり宿主を食らってしまう事がある所か。

「子供の頃から変な痣があるなぁ、とは思ってたんだよな」

「……それまでそいつが暴れたことなかったのか?」

「あー、何か随分ものぐさでさ、ホントにピンチにならないと出てこねぇの」

 琥珀の瞳でじっ、と紋様を見つめる。
 その蛇はどうやら使い魔としてはまだ幼く、力も弱い。だからものぐさなのではなく出てこられないのだと思う。それでもカルが本当に危険なときは持てる力の全てでもって具現化するのだろう。

(……蛇は庇護欲強いってホントなんだな)

 言っておいた方がいいのか、と思うのだが紋様から放たれる、暗闇の中でじっと睨み付けてくるような視線に口を噤んだ。

「ま、でもこいつのおかげで俺はその時死ななくて」

 蛇は炎にまかれたカルを水の膜で包み守った。その瞬間は気を失っていたから見てはいないが翌朝焼け落ちた家で目を覚ました時、カルの回りだけずぶ濡れで不思議に思いながらも死体を確認しに来たらしき憲兵の声を聞いてその場から逃げた。
 憲兵達はカル達の人数を把握していなかったようで、彼らも一部濡れた床に疑問は持ったようだがカルの仲間の遺体を確認し満足したらしくそのまま帰っていった。

「しばらく途方に暮れた」

 生まれてこのかた一人になった事などなく、例え最低な人間だったとしても男がいなければ生きる術も持たない。
 唯一持っている生きる術は盗む事と殺す事。だが仕事を持ってきていたのはあの男で、自分一人では相手を見極める事すら出来なくて。
 何とかスリと空き巣で食いつないでいた、あの日。

「町に船長達が来てたんだ」

 見たことのないような大きな船にフラリと忍び込んだ。
 その船の中は見たことない機械ばかりでとにかく広く、幼いカルは戸惑った。しかし空腹は限界を訴えており、何かの焼ける香ばしくいい匂いがする方へ引き寄せられるように歩いて。
 船の食堂もまた広く、置いてある食事はそんなに豪勢ではないけれど、客船だと思った。金持ちが乗って航海をする船。自分とはまるで違う見えない相手に苛立って料理に専念している料理人の目を盗み適当に取って逃げた。
 とにかく外へ出れば安全だ、と曲がり角を曲がりきる前に衝撃。

『痛……っ!』

『ん?』

『?どうしました、船長』

 思いっきりぶつかった相手は腰にカルにはとても扱えないような長刀を差し、青灰色の冷たい瞳で見下ろしている。
 隣の、金糸の髪とサファイヤの瞳をもつ綺麗な顔をした男もカルに気付いて厳しい眼差しを向けていた。

(船長、って言った……!)

 怖くて怖くて、思わず腕に抱えた食材を抱き締めて後退ろうとしたカルの頭にポン、と暖かい何かが乗ったのはその時。

『……?』

 恐る恐る見上げれば、頭の上には船長と呼ばれた男の手の平。
 彼の第一声は

『おい、誰だ子犬連れ込んだやつ』

 だった。

『犬じゃないでしょう!』

『いや、子犬だって。ほら見ろ。犬耳見える、犬耳』

 一人になってから当然風呂になど入っていない小汚ないカルの、好き放題絡んで跳ねた髪の一部を耳に見立てているのかその一房を詰まんで犬耳だと言い張る。

『幻覚でも見えてるんですかあなたは!!』

『………………???』

 目の前のやり取りが理解できなくて首を傾げながらも、この様子だと牢屋行きは免れても説教をされ、船を降ろされて、そしてまたスリと空き巣で食い繋ぐしかないのだろうと考えて。
 ギュ、と唇を引き結んだカルにケイが何を思ったのかはわからない。

『わ……!?』

 グシャグシャと汚れた頭を掻き回されて見上げたら、冷たく見えた青灰色に暖かな光が瞬いている。

『お前、腹減ってんのか?』

 取り上げられるのかと腕に力を込めて睨むけれど、

『何盗ってきた?俺にも1個よこせ』

 目線を合わせるようにしゃがんだケイに手を差し出されて思わずポカン、とする。

『……返せ、って言わないのか?』

『?何でだ?腹減ってんだろ。食えよ。その代わり俺も腹減ってるから1個』

『ちょっと!船長!?』

リツの声にビクリと肩を揺らして二人を交互に見ていると

『あー!いやがった!おい、ガキ!!てめぇかメシ盗みやがったのは!!』

 背後から聞こえたドラ声に文字通り跳ね上がった。

『声でけぇよ、ノーマ。チビがビビってんだろ』

『船長!?……つか、そいつメシ盗んだんすけど!』

『いいじゃねぇか、そんだけお前のメシが魅力的だったって事だろ。喜べよ』

『……なるほど……って!いや、そんな問題じゃなく!』

 一瞬納得しかけたノーマの大声に片耳を塞いで

『あーうっせぇなぁ……。おいチビ』

 と迷惑そうな顔をしたケイに腕を掴まれる。

『!?』

 驚いて見上げたケイはイタズラっ子みたいに目をキラキラさせてにやりと笑った。

『逃げるぞ!』

「んで、船長の部屋で一緒にメシ食った。絶対バレると思ったのに案外バレなかったんだよ」

 くすくすと楽しそうに笑うカルにつられたか、アサギもふっ、と小さく微笑みそれを見たカルの笑みも深くなる。

「それから行くとこないなら雇ってやる、って言われてここで働いてんだ。まさか海賊だったとは思わなかったけど」

「海賊って聞いて何とも思わなかったのか?」

「んー……。びっくりはしたけど、船長達が狙うのは同じ海賊か悪どい事してる商船とかなんだぜ?格好いいじゃん」

 他にも、あんなのも、こんなのも、とケイの“格好いい所”を上げ連ねるカルが本当に嬉しそうに語るからアサギはくすくすと笑い出した。

「……カルはあの人の事好きなんだな」

「もちろん!船長もだけど副長もな!副長いっつも怒るけど面倒見はいいんだ。なんか父ちゃんと母ちゃんみたいで二人とも大好きだよ」

 屈託なく笑っているカルの台詞に二人を思い浮かべ、確かに楽天的な父と神経質な母みたいだな……と思った所で

「どぉこ行きやがったくそガキ共ォォォ!!」

 と雄叫びが響いて二人はムグ、と口を噤んだ。


 

 ケイが屋敷に戻った時、屋敷の中からは

「どぉこ行きやがったくそガキ共ォォォ!!」

 と雄叫びが響いていた。思わずリツと視線を合わせ互いに首を傾げる。

「何だ?」

「……さぁ?」

 玄関の扉を開けた途端、ぐりん、と振り返った大男がツカツカと歩み寄ってくる。手には包丁を握ったまま、筋骨逞しい肩を怒らせ細目を極限まで見開きギラギラした光を放っている彼は、この屋敷の料理人カワスだ。

「どうした」

「てめぇこら!どうしたもこうしたもねぇよ!てめぇのとこのガキ、躾くれぇしっかりしとけってんだ!!」

 ブンブン振り回される包丁から距離を取り、もう一度何があったかを確認すると。
 どうやらカルとアサギが厨房から昼飯の一部をくすね行方不明なのだとか。それを聞いたケイが唇に曲げた人差し指をあて

「おいおい、あいつら……俺の分もちゃんとあるんだろうな」

 と呟いたものだからその後の騒ぎは倍になった。




 キィ、と微かな蝶番の音に暗闇の中子犬のように寄り添っていた二人は緊張に体を固くするけれど

「出てこい二人共」

 届いた声は苦笑を含んだケイの声。モゾッ、と動いたカルに続いて隠れていたそこから顔を出すとケイの苦笑が深くなる。

「やっぱりここか」

 アサギが元々寝ていたベッドの下からイタズラっ子が二人、ひょっこり頭だけ出して覗いている。

「おかえんなさい、船長!あ、あとこれ船長の!」

「流石カルだな」

 頭を撫で誉められて、へへ、と嬉しそうに笑うカルの頭に犬耳が見える……と思っていたアサギの頭の上にも反対の手の平がポン、と乗る。

「な、何だよ……」

「ん?別に」

 理由は言わずに優しく微笑むケイに頬が熱くなってプイ、と顔を背けたその時。

「こーこーかぁぁぁ……!」

「ひ……っ」

 悪い子はいないか、と言い出しそうな形相のカワスに、ケイの真後ろに立つアサギは思わず引きつった声をあげ、カワスの横に見えるリツは呆れたようなため息をついた。

「おい、ガキを脅すな」

「脅してねぇよ、元からこんな顔だ!」

「熊みたいな顔だな!」

「喧嘩売ってんのかコラァァァ!!」

 またも振り回される包丁を笑いながらヒョイと避け

「子供の可愛いイタズラだろ。そんな怒るなよ」

 肩を竦める。

「ふざけんな、こういう悪ふざけをほっとくからてめぇみたいな碌でもねぇ大人になんだろうが!」

「そんなに褒めんな」

「人の話ちゃんと聞いてんのか!欠片も褒めてねぇ!くそ、てめぇの相手してると何か色々削がれるわ!」

 イタズラっ子達がどうなることかとそのやり取りを眺めていると、さりげなくリツがうんうん、と頷いているのが見えてつい笑いそうになってしまう。
 確かにケイの相手をまともにしていたら精神力が削り取られてなくなりそうだ。

「こら、ガキ共!笑ってる場合じゃねぇぞ」

 いきなり矛先を向けられ同時にビクリと跳ねる二人の頭をカワスの大きな手がガッシリと掴んだ。

「仕方ねぇからそれはくれてやる。けど盗ったもんに見合う仕事はしてもらうからな!働かざる者食うべからずだ!」




 ガチャガチャと陶器の当たる音をさせながら、泡だらけの手で顔に跳ねた水を拭うアサギの頬に泡が残るのを見、同じように泡だらけのカルが笑う。

「あはは、お前泡ついた手で拭うなよ」

「うわ、垂れてきた……」

「当たり前だろ~。ちょっと動くなよ」

 自分の肩をアサギの頬に押し当てて泡を拭ってやっていると、アサギがくすくすと笑いだしカルは首を傾げた。

「どした?」

「ん、何か……楽しいな」

 ふわり、と口元を綻ばせ笑うアサギについ頬を染めてしまい慌てて目を逸らす。

「何で目逸らすんだよ!」

「や、逸らしてない逸らしてない!」

「逸らしたじゃん!」

「気の所為だって!被害モーソーじゃね!?」

 ムゥ、と唇を尖らせたアサギが何か思い付いた顔をした、と思った次の瞬間。

「えい!」

「うわ!?」

 手についた水をピッ、と飛ばされ悲鳴を上げるカルにアサギはまたくすくすと楽しそうに笑っている。
 最近では良く見せてくれるようになった笑顔だけど、最初はくすりとも笑ってくれなかった相手だからやはりその笑顔は嬉しいものだ。
 何だか楽しくなってきて、ついやり返して……騒がしくなってきた洗い場に鬼の形相をしたカワスが怒鳴り込みにくるまでそう時間はかからなかった。


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