二分の一の世界

ナナメ

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第一章

孤島で休息 R18

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 ザザーン、ザザーン、と砂浜に打ち寄せる波の音が聞こえてアサギはふ、と目を開けた。
 まず映ったのは至ってシンプルな、しかし品のいい家具一式。テーブルの上には寝起きにお茶が飲めるようにとティーセットが置かれている。

(……?え、と……ここ、どこ……?)

 冷たい石の上でも、普段寝起きしていたベッドの上でもなく、海賊船の船長の部屋でもない。
 寝起きで働かない頭でぼんやりティーセットを見つめ考えるその後ろから、

「ん……」

 と微かに呻く声がして不思議に思い、モゾリと寝返りを打って固まる。
 アサギを腕に収め無防備な寝息をたてているのはケイだ。

 途端に昨日の記憶が甦った。
 この島に到着したのは蜘蛛這う髑髏の襲撃を受けて一週間後の事である。その間危ないからと最初の頃のようにケイの船室に閉じ込められて鬱々と過ごしていたから、食事の時間でもないのに部屋の鍵が開いたときは幻聴かと思った。この一週間、ケイもろくに部屋に戻ってこなかったからだ。
 しかしそこにいたのは何だか随分ゲッソリとしたケイで、アサギの顔を見るなり飛び付いてグリグリ頭を押し付けてきた。

「な、何だよ!?」

「……ケツ揉ませろ」

「変態か!」

「あー、癒される……疲れも吹っ飛ぶ……」

「勝手に揉むな!」

 アサギの文句はやはり『聞かザル』で、ムニムニモミモミ尻を揉みまくるケイの胸を押すけれどびくともしない。
 しかも疲れが飛ぶと言いながらも肩に乗った頭は重みを増して、ついでに揉む動きも緩慢になってついにはズルリと腕が落ちた。

「え!?おい、ちょっと!……っ、嘘、だろ!起きろ、重い……っ!や、無理……っ!!うわぁッ!!」

 自分より背の高い、それも海賊なんてしている男だ。筋骨隆々、とまではいかなくとも程よく鍛え上げられた体の全てが咄嗟に倒れそうな彼を支えたアサギの両腕にかかる。
 しかしその年頃の男にしては細身の、必要最低限にしか筋肉のついていないような彼に支えきれるわけもなくアサギの悲鳴と共に絡まるように床に崩れ落ちて。
 悲鳴を聞き付けたこれまたゲッソリとしたリツが呆れたようなため息をついて、そしてこの屋敷に連れてこられたのである。

 リツがアサギの腕をテコでも離さないケイの頭をガンガン殴っていたが、それでも目を覚まさなかったあたり相当疲れていたようだ。今も金の睫毛に縁取られたその青灰色が開く気配はなく、試しに鼻をつついてみるが呻きもしない。

「……」

 こうしてケイの顔をまじまじと見つめたのは初めてだ。黙っていれば女が放っておかないような綺麗な顔をしている。いつもは楽し気な笑みを浮かべている唇は少しだけ緩みそこからは穏やかな呼気が洩れていて、思わず指で触れた。フニ、フニ、と二度ほどつついて離そうとしたその瞬間、

「!」

 パクリと暖かい粘膜に包まれ驚いて引こうとした指は強く抱き寄せられた所為で動かせなくなり、指だけで何とかしようともがいても引いては吸われ引いては吸われ、まるで口淫させているかのようで。

「おい、離せ!変態!!」

 最後に指の股からレロ、と舐め上げてようやく解放された……かに見えたのだが、

「何だよ、誘ったのはお前だろ」

 昨日のゲッソリ具合は夢かと思うほどいつも通りの笑みを浮かべるケイがゴロンと体勢を入れ替えた。上から見下ろすその胸を懸命に押すけれどやはり無意味な努力に終わって、せめてもの抵抗に声を荒げ反論する。

「さ、誘ってない!」

「ダメ。俺は誘われた」

「いや、意味わかんないし!」

「体に教えてやる」

「エロ親父!!」

 瞬間ケイの笑顔がピキッと凍りついた。

「おーやーじーだーと~?」

 俺はまだ27だ、と言いながら素早く布団を取り払いハッと気付けば下肢を覆うものまでも奪われて、その無駄な早業に唖然とする他ない。

「そういう失礼な事言う子にはお仕置きだな 」

 状況についていけず目を白黒させているアサギの腕を顔の横に縫い止めてニヤリ、と悪い笑み。

「は!?」

 お仕置きって何だ!と叫ぶ前にまたも素早い動きで上衣を脱がされた上にいつの間にやらその服で腕を縛られてしまった。

「何、やだ!離せバカ!変態エロ親父!!」

「……」

「痛!」

 ギュム、と乳首をつねられ悲鳴が漏れる。恐る恐る見たケイの笑顔は今だかつてないほどに輝いて、しかし背後にどす黒いオーラが立ち上る。
 これはちょっとヤバイかも、とうろうろ目線が彷徨うのだけれど逃げ場が見つからない。

「あ、あああの、俺腹減ったから離して……」

「ん?今から腹一杯食わせてやるよ。……下の口でな」

 だからそういう発言が親父なんだってー!!とアサギは心で叫んだ。




「ぁ……、ん……そこ、ばっか……やぁ……」

 胸だけでイくまで離さない、という宣言通り先程からそこへの愛撫ばかりを執拗に繰り返すケイの頭を力なく押すけれどケイは笑うばかりで離れない。
 香に支配されている時や、情事の最中などに感覚が鋭くなって全てが快感へとシフトする時には性感帯に変わるそこだけれど、最初から胸のみ、という状態ではむず痒いような刺激は感じても絶頂には至れないというのに。
 ゾクゾクするのに確かな刺激がなく、物足りなくて強請るように腰を押し付けても触ってはくれなくて、ジワリと涙が溢れる。

「何で意地悪するの……?」

「お仕置きって言ったろ」

「だってエロ親父じゃん!」

 無言で乳首をきつく吸い上げられてビクリと跳ね、ついでカリッと噛みつかれて

「ひ……っ!」

 本能的な悲鳴が漏れた。

「やだ、怖い……っ怖いよぉ……」

 本気で泣き出した青年を見下ろし、ちょっとやり過ぎたか、と頭を掻いてぐすぐすいわせる鼻にちょん、と口付け体を起こす。しゃくりあげる彼は、今度は何をする気だとビクビクしながらケイの動向を見つめておりその頭を撫でた。

「もうしねぇよ。怖がらせて悪かったな」

 途端に先程よりも瞳に水気が増えたかと思えば涙が溢れ、驚くケイの腕にアサギが縋る。

「やだぁ!」

「は?」

 何が?と首を傾げ問えば

「ちゃんとシて……っ!あんたの……っ、熱いの欲しいよぉ……」

 中途半端な熱に浮かされた青年は懸命に強請って男を誘う。
 こんな半端な状態で止められても困る。体の奥の方では燻る熱が早く、と急かしているのに。そうしたのは自分のくせにここで放置とはあんまりではないか。

「……ふぅん?」

 また悪い顔してる、となけなしの理性の部分が言うけれど、ほぼ欲望に忠実になった思考はその笑みだけでもゾクゾクと快楽を拾い上げて期待にコクリと唾液を飲み込む。

「じゃあ折角だからやっぱりここ、開発してやる」

「ふゃ……っ」

 ここ、と散々吸われて赤く熟れた粒を突つかれピクンと体がしなった。

「感度はいいしな。後一息ってとこか?」

 指の腹でクリクリと刺激されるだけでも寒気に似た感覚が駆け巡って腰辺りを震わせるが、しかしやはり絶頂には程遠い。

「ん、ゃ……っ、そこはもぉ……いい、から……っ!これ、ちょうだい……」

 縛られたままの手の甲を使い布越しにスリ、と確かな快楽をもたらしてくれるそれを撫でるけれど、ケイは笑いながら後ろに回ってしまう。

「ダメ」

「やだぁ、何でぇ……?もう意地悪しないって言った……っ」

「気が変わった」

 二本の指でつまむように捏ねられ、次いでピン、とはねられて、

「ん、んん……っ」

 ケイはもどかしさにモジモジと膝を擦り合わせるアサギの足を開いて固定した。
 半端な刺激しか与えられていない為か、まだ僅かにしか反応をしていないそれの先端を一度指の腹でくるりと撫でれば

「ひゃぁん……っ!」

 一際甘い悲鳴と共に体が仰け反る。

「あ、ぁん……っ、もっと、ちゃんと触ってよぉ……!」

 一撫でして離れてしまう手を掴もうとするけれど、後ろの男はサッと避けてクスクス笑いながら耳孔に舌を差し入れた。生暖かく柔らかい濡れた感触に後孔が物欲しげにキュンと締まる。

「……今日は無理だと思うけど……毎日シてたら覚えるかもな」

 今までは既に誰かに開発されてしまっているらしい後孔だけの快楽を与えてきた。その流れで胸を弄る事はあってもそこだけで達する事は恐らく前の相手もケイも試していない。だからこそ、そこを開発してみようという気になったのだ。

「ぁ……毎、日……」

 とろん、と蕩けた瞳のままケイの言葉を反芻してコクリと喉が鳴る。

「そうだ。毎日毎日、嫌って言って泣いても止めてやんねぇ。ここだけでイけるようになるまで躾て、もっと俺の味を覚えさせてやる」

「やだぁ……」

「嫌がる割りに……こっちは素直に喜んでるけど?」

 先程よりも硬度を増したそこを指で弾くと

「あん!」

 またも甘い悲鳴が上がり

「おね、が……っ、ちゃんとシてぇ……!気持ちくしてよぉ……」

 ぐすぐすと泣きながら擦り寄る彼の胸に手の平を這わせた。

「ちゃんと覚えろよ?」

 左手で胸の粒を捏ねながら、右手は刺激を待ち望む熱へと滑らせる。確実な快楽を得られるそこと胸の粒を同時に刺激して体に教え込むのだ。

「あ!あぁぁ!」

 触ればあっと言う間に勃ち上がり蜜を溢す素直な体。
 体勢を僅かに変えて胸に舌を這わせ、クチクチと溢れる蜜を塗り広げるように強弱をつけながら擦り上げる。

「や、あ、あん、んん……っ、らめぇ、気持ちい……っお尻も、擦って欲し、……。早くあんたの挿れてぇ……?」

「……っ、あ~、たまんねぇ。わざとかコラ」

 以前の相手の趣味なのか、本当にこの青年は欲望に忠実だ。普段のツンツンしている彼の雰囲気はなりを潜め、子供のような口調と態度、そして男を煽る仕草で素直に乱れる。溢れる声は娼婦より艶やかだ。男に興味のない相手でもその気にさせてしまいそうな喘ぎを洩らし自ら腰を振って快楽を追い、未だに服を乱していないケイの熱がある場所へ柔らかな双丘を擦り寄せて強請るけれど誘いに乗って突き挿れたい衝動をグッと耐える。

「これはご褒美、な?」

「ごほー、び……?あぁ……っ!」

 不思議そうに振り返る青年の熱を強めに擦れば甘い声を上げて仰け反りくたり、とベッドに伏せてしまった。
 はぁはぁと荒く乱れた息を吐きながらゆらゆらと腰を揺らすアサギをくるりとひっくり返して、また胸へと唇を寄せた。

「ここと前だけでイったら挿れてやる」

「ん、でも……っ、もう欲しい……っ」

「……後でたっぷり可愛がってやるよ」

 だから今はこっちに集中しろ、とねっとり舐めて擦る速度を早くする。先走りで存分に濡れヌチヌチと聞こえるその音は少し擦っただけであっという間に大きくなった。

「んぁぁ!や、あーッ!イくぅ!イっちゃぅぅ!」

「……まだダメ」

 内腿がビクビクして体がしなったタイミングでギュッ、と根本を握り弾けかけた欲を塞き止めた。塞き止めきれなかった白濁が僅かに散るがそれだけだ。

「あ、ぁ、な……っ、でぇ?イかせて……っ」

 漸く達せると思ったのに絶頂を塞き止められて、頭の中はイく事だけで一杯。
 何故やめてしまうのか、と潤んだ琥珀で男を見上げる。

「んな簡単にご褒美が貰えたら勉強になんねぇだろ?」

「い、意地悪、やだぁ!イきたいの、イかせてよぉ……っ」

「ダーメ」

 真っ赤に熟れている乳首に吸い付いて舌先を使い先端を早い動きで刺激すると、アサギの腰が浮いた。絶頂を取り上げられたままの体はどこもかしこも敏感で、ケイの髪が当たる刺激にさえ快楽を得てしまう。
 しかしイくにイけないもどかしさに腹の奥がムズムズとむず痒く何度も体を捩った。

「あん、はぁ……っ、それ、やー……!」

 こんなにもイきたい、イきたい、と訴えているのにケイの手は緩まなくて。昂りを塞き止めたまま暫く胸だけを刺激して、僅かに熱が引きかけると再び手淫を施して、と交互に繰り返す。
 その寸止め状態をどれだけの時間続けたのかはお互いに時間など見ていなかったからわからないけれど、アサギが切羽詰まって

「やだ、やだぁ!イかせてよぉ……っ、お願い!ねぇ、イかせてぇぇ!」

 泣き喚き出した頃、漸くケイの手が弛んだ。

「ほら、イけ」

 カリッ、と胸の粒を甘噛みし完全に手を離すと。

「ん、あ、ぁ、ひぁぁぁぁーーーーッ!」

 散々塞き止められた熱は前への刺激を受けなくても弾けた。
 ビクビクと体を跳ねさせ弛緩していくアサギを支えながらふ、と思い付く。

「……そういや寸止めしまくってイかせた後に擦ったら男でも潮噴くらしいな」

 漸く絶頂を迎えて荒い呼気を洩らしながらも恍惚とした表情をしていたアサギの顔がサッと青ざめ、余韻など一気に吹き飛んで恐る恐るケイを見るその鼻をピン、と指で弾いて笑った。

「んな不安そうな顔すんな。今日はやんねぇよ」

「……今日、は?」

 言葉を聞き咎めてボソリと聞き返すと一瞬の間の後で

「……一度はやってみたい」

 と言われてアサギの熱は完全に冷めた。

「やだ!ふざけんな、あんたがやれ!」

「こら、暴れるな。今日はやんねぇって」

「これからもやるな!」

「それは保証しない」

 こんな痴態を見せておきながら

「もうやだ!離せ変態!!」

 などとバタバタ暴れる青年の足首を捕らえてグイッと開かせその細身の体を折り曲げてのし掛かる。

「俺が変態ならお前は何だ?淫乱?」

 嫌味でもなんでもなくただの疑問だったのだが、バカにされたと思ったらしいアサギの頬が真っ赤に染まり、プゥと膨らむその雰囲気は。

「……あ、フグか?」

 片手で膨らんだ頬を挟むと空気が抜けてアヒル口になった。

「アヒルでも似合うな……」

「人の顔で遊ぶなー!!」

 縛られた手でポカポカと殴ってくる彼に笑いながらするりと双丘の狭間に指を滑らせると、

「ん…っ」

 先程まで年相応の表情を浮かべていたアサギが微かに残る余韻でヒクリと跳ね、また淫靡な色気を纏いケイを見上げた。その不安そうな上目すらも情欲を煽り、苦笑するしかない。
 今はまだ慎ましく噤んでいる蕾をノックするかのようにツンツン、と何度かつつけばすぐに花開き強請るようにヒクリと収縮する。

「あ……」

「ご褒美」

 サイドテーブルの引き出しを開けて、中から香油を取り出す。蓋を開ければフワリと甘い花の香りが漂い、折角収まった熱がざわめきドクドクと胸が鳴る。
 無言で見詰める中ケイの長い指が一本、ぬるりと差し入れられた。
 いつもいつもアサギの意思を蕩けさせてしまうその指に、この先を期待してキュンと締まる浅ましい後孔に胸は痛むのだけれど。

(だって……お前はもう……)

「考え事か?余裕だな」

「あん……!」

 クチュン、と一気に二本侵入してきた指を思わず締め付ける。中に挿った三本の指が好き勝手に動き回りその度に体はビクビクと跳ね、思考が霧散していく。

「あ、ぁ、……っ!き、もち……っ」

 受け入れる事に慣れているそこは大して慣らさなくとも簡単にほどけて蠢いて、貫かれる時を今か今かと待っているかのようで。

「……挿れるぞ?」

 囁かれただけでもイッてしまいそう。

「挿れて、あんたの早……んぅ」

 言葉の途中で唇を奪われて、同時にクプリと熱が押し入った。蕩けた後孔は喜んで入口を広げ受け入れて、逃がさないとばかりに絡み付く。
 アサギが腕をモゾモゾ動かしているのに気付いたケイが拘束を解くとギュッと首に縋りついて

「ん……、動いて……」

 耳元で強請る。
 小さく笑ったケイが「仰せのままに」なんてふざけて言った言葉を最後に思考は蕩けて霧散した。

 それからどのくらいの時間が経ったのか。
 何度も欲望を弾けさせたアサギを揺さぶるケイは未だ解放する気がないらしく、恐らく何度かあった射精の波を乗り越えてその身を抱き続けている。

「あ!あ、あぁ……ッ!やぁ、―――ひぁぁ!それ、ダメ……ッきもち、ぃ……!」

「ここだろ?」

 パンパンと肌のぶつかり合う音が響き、折角首に回した腕は落ちて今は枕を握りしめるだけ。
 とろ、と快楽にとけた琥珀からは涙が溢れ、喘いで閉じられない唇は吸われ過ぎて赤く熟れトロトロと唾液を溢す。
 白い肌にはケイが散らした紅い跡が残り、腹の上はアサギが放った体液で濡れている。その体液を手の平でぬるぬると撫でて散々弄られ真っ赤になった胸の飾りへと塗り付けた。

「ひゃぅ……ッ」

 途端にキュンと締まる後孔に微かに息を詰めてまた波をやり過ごした。

「あぁ……、無理……!もぉ、無理ぃ……ッ!やらぁ、おねがい、も、やぁ……」

 またも本気で泣き出してしまった青年に苦笑して、終わりにしてやるかと限界を訴えイヤイヤと首を振るアサギの顎に手を添えて固定し口付ける。

「ふぅ……ッん、ん!んん……ッ」

 グチュグチュと激しい水音をさせながら抽挿を繰り返し

「んぁ、やぁぁ―――ッ!!」

 唇を離した瞬間に。

「あ、あん、……中に熱いの……出てる……」

 恍惚と呟いたアサギの琥珀は数回瞬いた後ゆっくりと閉じられた。




「船長……」

 部屋を出て一歩目に届いた一声に、ケイはサッと頭をガードした……が

「う……ッ」

 横腹に衝撃がきて思わず呻いた。

「本当にあなたって人は何でこんなに学習能力がないんですかね?アホですか?その脳ミソは偽物なんですか?」

「お前……、ボディブローはないだろ……ッ」

 つん、とそっぽを向くリツもまた猫のよう。アサギが子猫ならリツは成猫か。どちらにしてもこの狂暴さは困り物だ。

「……あー、いってぇ~。内臓出るかと思った」

「そんな簡単に出ませんから」

 シレッ、と宣う右腕を一瞬恨めしげに見て歩き出す。
 本来ならアサギの艶やかな肢体を抱いて二度寝をしたいところではあるのだが、船の修理の進捗状況を確認しなければならない。海軍が近付いていたという情報が本当であれば一ヶ所に留まるのは危険だ。

 寝ているアサギをカルに任せて屋敷を出、暫く馬車に揺られ着いたのは一見するとただの山。しかし隠し扉を一歩潜ればそこは最新設備の整った造船所である。

「……少なくとも一ヶ月はかかります」

 早くに起き出し造船所内で懸命に作業を続けている部下はため息をついた。

「ただ焼いた場所を直すだけならそんなに長くかかりませんが」

 ケイの下した指示は、船の見た目を完全に変えること。
 今までは何の変哲もない普通の船だった。海賊旗が掲げられていなければ民間の漁船でも押し通せる程。それを何を考えたのか今度は豪華客船風にしろ、と言うのだから本当にこの男は質が悪い。

「仕方ねぇな……。海軍が上陸したら困るし……女装でもすっか」

「やめてください。そんな船長僕達の名誉の為に抹殺しますよ」

「バレなくてよくない?」

「バレますから。バレバレですから。むしろ自分が女装似合うと思ってるんですか!?犯罪級ですよ!」

「犯罪級に似合うって?そんなに褒めるなよ」

「………………もうそれで好きに生きてください」

 何か怒鳴りかけてくわっ、と開いた口を暫くぱくぱくさせた後、リツは心底疲れたようなため息をついた。
 周りの部下達は作業をしながら

(投げた……)

(副長が匙を投げたぞ……)

(ダメだ!貴方が突っ込まなくて誰が船長に突っ込めるって云うんですか!!)

 ひっそりざわめく。

「まぁ出来るだけ早く終わらせてくれ。またオールで漕ぐ羽目になんねぇように頼むぞ」

 蜘蛛這う髑髏の海賊船の残骸が船の一部に傷をつけていたようで、あの海域を離れた途端動かなくなってしまった故に一週間ほぼ不眠不休で漕ぎ続けた記憶はまだ新しい。
 なんせここへ辿り着いたのは昨日の事だから。

 部下のざわめきは耳に入っているだろうに特に気にも止めない奔放な男ではあるけれど、それでもリツを含めた部下達は彼を慕う。そうさせるだけの実力がケイにはあるのだ。
 普段の姿だけ見ているとそうは見えないのが部下達にとっては難点である。
 その奔放な船長は暫く修理中の彼らに指示を出し、沖の状況を確認してから馬車へと乗り込んだ。

 ガラガラと進み出した馬車の窓の向こうは長閑な景色が続く。ここは個人の私有する孤島である為、海軍と言えども勝手にここへは乗り込めないけれど海賊がいるとバレてしまえば国家権力を盾に乗り込んで来るだろう。島の所有者に迷惑をかけないように暫くは大人しくしている他ない。

 ぼんやりと長閑な景色を眺めていたケイの横でリツが何かを言いたそうにソワソワしている事に気付いたのは少し前だ。敢えて触れずに黙っていると、やがて意を決したような吐息が1つ。それからおもむろに口を開く。

「船長」

「何だ」

「……あの子の事ですが」

 ケイが何かを言う前にずいっ、と目の前に差し出された紙を受け取り目を通す。読み進めていく目の動きを追いながらその口元がにやりと上がるのをリツは重たいため息で受け止めた。

「……知ってましたね?」

「さぁ?」

「とぼけないで下さい」

 きつく言うけれど

「どこでこんなもん手に入れた?」

 逆に問われる。
 ケイの手の上で燃え上がる紙が灰になる様を見ながら、スッと出した左手にするりと現れたのは鳥のような生き物。若草色の小さな体、色鮮やかな七色の尾は馬車の床につきそうな程長く、くるりとした円らな瞳は金色。しかしその上半身は人の形をとっている。
 普段はリツの腕に刻まれた紋様に宿っている使い魔、鳥族ハーピーのフランは得意気にキィ、と鳴いた。

 前回の港町から密かに情報集めをしていたのだろう。
 なるほどな、と呟いた上司はやはり笑うばかり。

「あの子は僕らが連れ回していい相手ではないでしょう。何を考えてるんです」

「言ったろ。アサギに関してはお前が何言おうと離す気はねぇ」

 ふ、と胸を過った黒い感情は何なのか。

「……あの人の代わり、ですか」

 これだけは言ってはいけないとわかっていた。しかしこれだけは確認したいと本心が言っていた。
 言った途端喉元に突き付けられたナイフに一瞬息を呑む。フランの金の瞳が警戒を露に赤く染まるのを手で制しながら見たケイの青灰色は面白がるように細められてはいるけれど、奥に輝くのは踏み込まれたくない領域へ無遠慮に踏み込んだ事へ対する怒り。

(やはりあなたの地雷はここですか)

「リツ、俺に馬鹿だと言われたいのか?」

 からかうように言うけれど、瞳の怒りは消えていない。
 リツは端から刺すつもりのないペーパーナイフを手で払いながら

「あなたに馬鹿にされるほどの馬鹿がいるなら会ってみたいものですね」

 そう憎まれ口を叩くと漸くケイの青灰色からは怒りが消えた。

「……どうするつもりです」

「さぁ?それは風の向くまま気の向くままってやつじゃねぇの。少なくとも、本人は帰りたくねぇみたいだしな」

「それは、そうでしょうね……」

 リツは小さく呟いて、後はお互い会話はなくなった。

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