上 下
2 / 32
第一章

船長と野良猫 R18

しおりを挟む
「あれから3ヶ月だ。お前達は給料泥棒の無能か?」

 静まり返った室内に不機嫌さを伴う男の声が響く。誰もが俯き、声の主を見ようとはしない。

「我々にだって“彼”を失う事になった非はある筈です」

 宥める救いの声は、しかし男の怒りを僅かに凪いだだけに留まる。

「死んでいないのは確かなんだ。手遅れになる前に捜し出せ」

 “彼”を失った国はかつてない程不安定になっているのだから、国の長たる男は悠長に構えてなどいられなかった。王を宥める側近もその事実は理解している。ただ側近である男は最後に見た“彼”の、傷付いてボロボロになった姿がどうしても忘れられないのだ。それは紛れもなく自分達が犯した罪――。

 ◇◇
 
 青年、アサギを拾って二月。中和薬により最初の頃より会話が成り立つようになってきた彼の名を聞き出せたのは最近だ。未だその身を苛むサラの葉の毒素に今では自らの意思で抗ってはいるものの、完全に抜けるまではまだ遠い。それでも寝てるか快楽を追っているかのどちらかしかなかったアサギは、船内を歩き回る程にはなった。
 ケイの物は船の宝だと骨の髄まで染み込まされている為に最初は安堵した船の乗組員達だったが、実はそっちの方が大変な事だと気付くまでに時間はかからなかった。
 目を離せば部屋を抜け出しフラフラと危険区域に入って行く、誰にも見えないような隅っこで蹲っている、香の毒素に抗えず誰彼構わず誘う――手を出そうものなら八つ裂きにされるのは必至だが、その誘惑に抗うのも拷問に近い――、挙げ句一度はケイの目の前で荒波へと飛び込んだ。直ぐ様ケイが後を追い大事には至らなかったが、下手をすれば二人とも荒波に揉まれ溺死する所だった。
 もういっそ首輪でもつけてしっかり見てろ!とは唯一ケイに毒を吐けるリツの言葉であったが、全員思いは同じだ。しかしケイはそうしない。むしろアサギのそれを楽しんでいる節さえある。彼がこうなったら、もはや誰が何を言おうとテコでも動かない事を熟知している部下達はリツと同じような心の底からの溜め息ついた。

「アサギ」

 首輪をつける気がないなら部屋の鍵は閉めろと散々文句を垂れられ、ストライキでも起こされたら面倒だと仕方なく鍵をかけている自室の扉を開けると、アサギは今日も部屋の隅で蹲っている。
 ノロノロと上げた顔に静かな怒りを読み取ってケイは苦笑した。

 ――何で殺してくれなかった。

 まともに話せるようになった彼の第一声だ。

「散歩にでも行くか?」

 そんな彼に冗談混じりに話しかけ、

「……」

 無言で見上げるその目に怒りと微かな劣情を読み取り口角を上げて近寄れば、こちらを見上げながらジリジリと壁際を移動していく姿はまるで懐く気配のない野良猫。部屋の反対の隅まで追い詰めて顔の横に手をつき動きを封じる。
 うっすら朱のさす頬は今日はまだ軽い方だが恐らくまた毒素に苛まれ始めている証拠だ。

「それとも、部屋で遊ぼうか」

 する、と頬に手の平を這わせ顎を掬い上げる。

「あ……」

 ゆらゆら揺れる琥珀の瞳が熱を帯びて、口から期待するような怯えたような小さな声が洩れた。

「どうしてほしい」

 船内で一番小柄で華奢な――と本人に言えば射殺されそうな目で睨まれるが――リツの服すらアサギにはやや大きめで。開いた襟元から覗く白い首筋に唇を寄せ囁くと、細身の体がビクンと跳ねる。
 ケイの胸元についた両手は縋ろうとしているのか押し返そうとしているのか微妙な力加減で固まったまま動かない。

「アサギ」

 シャツの裾から手を差し入れ直に肌の暖かみを堪能しつつ抱き締め、殊更ゆっくりその背を撫で上げると、腕に閉じ込めた彼はまたもヒクンと跳ねた。

「ん、ゃー……っ」

「イヤ?」

 嘘つくな、と耳朶に唇をつけ囁くと胸についた手にギュウ、と力が籠り次いで潤んだ琥珀がケイを見上げる。未だに期待と怯えの中間のようだ。
 しかし本人の意思とは真逆に熱を持ち始めたそれがケイに当たっている。その事実にうっすら微笑んで、片手でベルトを外すと無遠慮に手を入れた。手の平にぬる、とまとわりつく体液を塗り広げるように数回、動きにくい服の中を行き来し

「やぁ、……っん、あ、ぁ、……っ!」

 艶めいた声を上げるその唇に己のそれを押し当てる。

「んむ……っふぅ、ぅう……」

 逃げ回る舌を捕らえ、絡めて唾液ごと吸い上げ、口の中では一番弱い上顎を擦れば

「ふ、ぁぁ――」

 一際甘い声が洩れた。崩れ落ちそうな体を支え、

「で、どうしてほしいって……?」

 もう一度、今度は耳孔に直接言葉を吹き込む。

「ゃ……!」

 手の中の熱がピクンと反応し、トロリと滲み出る体液は先程から増し続けてヌチュヌチュとケイの手の平で卑猥な音を奏でている。

「あん……っ、そ、れ……、やぁ……」

「ん?ならこっちがいいのか?」

 くり、と先端を親指で刺激してやるとアサギは声も出せなかったか、笛の音のようなか細い悲鳴をあげて仰け反り、胸についていた手でケイの腕を掴んだけれど力が入らないようでまるでもっと、と強請るかのような力加減。

「ひ、ぃ、」

 逃げ場はないのに少しでも腰を引いてケイから逃れようとするその体をグッと引き寄せた。

「逃げるな」

「やだぁ……!離、……っ!!」

 辛うじて引っ掛かっていたズボンと下着をするりと落とされ、陰部を外気に晒された事に羞恥を感じたか首を振って身を捩ろうとするから、先端を、今度は爪を立てて強めに刺激すると言葉の途中で目を見開いて仰け反る。

「――あ、ぁあ……っ!いや!いやぁ!!」

「ほら、正直に言え。どうしてほしい」

 アサギから溢れた先走りで存分に濡れた指を一本、窄まりへズブリと差し込んで耳朶に軽く歯を立てると

「ひ!あ、あァァァッ!!」

 甲高い悲鳴と共に白濁が弾けた。
 ズルズルと壁に沿って滑り降りるアサギに合わせてしゃがみながら、快楽の余韻でヒクヒクと蠢くその後孔に指をもう一本。

「あぅ……っ」

「ここ好きだろ」

 一番良いところを二本の指でコリコリと挟むように刺激されたまらなくなったか、アサギの細い腕がケイの首へと絡み付き引き寄せる。

「あ、ぁ、……っやらぁ、そこ、気持ちぃ……っ」

「そんなキュウキュウ締め付けて……俺の指、そんなに旨いか?」

「ん……っ」

 コクコク何度も頷くアサギの唇をまた奪い、絡む舌が離れても銀糸が二人の間を繋ぐ。それが重力に従い切れて落ちる前に再び絡む舌。

「ん、んっ、ふぁ、……やぅ……」

 ザラつく舌が気持ちよくて、吐息すら奪われるような口付けに頭の芯がぼんやりとする。
 ケイの口付けはいつも激しくて、アサギの中の何かを根こそぎ持っていってしまうのだ。
 ジュル、と音を立てて吸い上げた唾液を飲み下したケイが顔中落とす甘やかな口付けは、まるで恋人に贈るかのような甘さでアサギを攻め立て蕩けさせてしまう。
 頑なな心を解かしてしまうくらいの、熱。

「んん…… 、ねぇ……もう、欲しい……っ。ちょうだい……?」

 スリ、と肩に額を押し付けて強請る。ケイは青灰色の瞳を意地悪気に細めると笑って言った。

「何を?」

 わかってるくせに、と潤んだ琥珀が睨んでくるけれどケイの笑みは崩れない。代わりに数回宥めるような口付けを降らせて返事を待つ姿勢。アサギは、香に思考まで侵されていた頃には感じなかった羞恥に頬を赤く染めながら、しかしやはりその毒素には抗えず小さく

「あんたの、熱くて硬いの……」

 そう言いながら無意識に指が入ったままのそこをキュウキュウ締める。

「ひゃぅ……っ!!」

 ズル、と抜かれた指に体が跳ねて、怯えが消えて欲に負け、とろんと蕩けた瞳がケイを見上げた。

「早く、ちょうだい……」

 言いながらケイの唇へと舌を這わせる。
 体を駆け巡る劣情。それと同時に胸をチクチクと刺すのは奥深い悲哀。それを消して、いや、消せないからせめて上書きしてほしくて腰にゾクソクとくる瞳で見下ろしてくる男に縋る。
 早く早くと急かすように押し付けていた腰にケイの腕が回ると同時に熱い塊がヒクヒク収縮を繰り返すそこへと宛がわれ、それだけでも敏感な体は快楽を拾って見悶える。

「あ、ぅ……ん、あぁぁッ!!」

 一瞬の間。入り口に押し入ったその熱は、一気に奥まで突き進んだ。衝撃に仰け反った体が落ちないように片手で力強く抱き締めて、反対の腕はその触り心地のよい双丘を揉みしだく。

「や……ぁん、……ア、ぁ、んぁぁ……っ――ひ、あぁ……っ!!」

「捕まってろよ」

「え、な、……に……っふぁぁ!?や、だめ!あっ、あっ!アァ、ン……ら、め、ってぇ……!――やぁぁ、ゴリゴリ、しちゃ……っやらぁ!!」

 ケイは呂律の回らないアサギに楽し気にしながら、その細身の体を抱きかかえ歩き出した。
 その度に当たる位置が変わるのか

「やぅ!あん!あ!ぁん……っ!!」

 必死で首にしがみつきながら艶めいた声を洩らすアサギごと座ったのは、柔らかなベッドの上。

「――ヒ……っ」

 震える体と連動するようにヒクヒク蠢き収縮を繰り返す後孔は、ケイを柔らかく包み込み咥わえ込む。この二月、ほぼ毎日幾度も受け入れたそこは既にケイを覚えたようで本人の意思など関係なしに悦ぶようになった。
 関係なしに、とは言え今では自ら求めるようになりつつある相手である。それが、例え現実逃避の先にある快楽だとしても。

「あ、ぁ、――らめ、ィく……っ!イッちゃうよぉ……っ!!」

 揺れるベッドを利用して下から突き上げられて悶えて喘いで、視界がチカチカと白んでいく。

「あぁ、いいぞ。何度でもイけ」

「やぁ!あ、はぁ……っ――らめぇ!イッ……っアぁーーーーーッ!!」

 悲鳴と共に熱い飛沫が飛んだ。腹の間で弾けた欲をケイの指が掬い、はぁはぁと荒い呼気の洩れる口へと押し込まれ

「は、ふぅ……っんむ……」

 自らが放ったものを口に押し込まれる不快感に眉を寄せたのは最初の数秒間。悪戯に二本の指で舌を擦られているうちに気づけば求めるように舌を絡めてしまっている。

(気持ちいい……)

 快楽に思考が霞む、この瞬間が一番好きだ。

(なにもかも……忘れられるから)

 どんな記憶も男の手技に溶かされ霧散して、何も考えられなくなる。
 ピチャピチャと濡れた音の響く口元で、ケイの指はアサギの唾液で滴るほどになっているけれど気にした様子はない。代わりに未だ楽し気に瞳を細め、

「前からと後ろから、どっちがいい」

 などと宣う。
 まだヤル気か、と思う気持ちはほんの少し。期待の方が大きいけれど、ここまで好きにされる事に僅かな意地を張って無言でプイッと横を向くその耳に言葉が入り込んだ。

「アクロバットな体位がいいんだな?わかった」

「な……!?違う!やだ!!」

 さーて、どんなのにしようかな、なんて本当に楽しんでいるとしか思えないケイに両足首を掴まれ慌てて首を振るけれど相手には通用しない。

「あ……!?」

 抜かれる事のない剛直がケイの動きに合わせて粘膜を擦りゾクリと震えている間に、伸ばした片足の上にケイが乗り反対の足を持ち上げられて。

「っ!アァ……ッ」

 少し腰を動かされただけでも快感が駆け巡る。先ほどまでとはまた当たる位置が変わりとにかく気持ちがいい、の一言に尽きる。

「はぁ、ン……、あん!――や、ぁ……ッ!!あ!ア、そこ、……あぁ!!もぉ、らめ、ってぇ……ッ!気、気持ち……いぃっ……んぁぁ!」

 ギッ、ギッ、と軋むスプリング。喘ぎばかりが飛び出す唇は閉じられず、トロトロ溢れる唾液をケイの舌が舐めとりそのまま口内へと侵入してくる。
チュクチュクと音をさせながら舌を吸い上げられてゾクリと身を震わせる快感に思わず後孔をキツく締めた。

「ちょっと緩めろ。食いちぎる気か?」

「やぁ、だって……っ、あ、あんたが……!ぁあ……っ、やらぁ……!奥、擦れて……っ、」

 結合部から溢れる体液が潤滑油代わりになり、ケイの抽挿がより激しいものになるとアサギはその薄い胸を反らせて

「ふぁぁ!!も、ほんと、らめ、って……ばぁ……!おかしくなる!おかしくなっちゃうよぉ!」

 シーツを握りしめビクビクと痙攣する。ケイの熱い息遣いが耳朶を掠め、激しく打ち付けられる肌の音が響いて、快楽に浮かされやや掠れた声が耳の裏に唇をつけて脳髄を揺さぶるように甘く囁く。

「お前の全部、俺に見せろ」

「ひ、ゃアァァァァーーーッ!!」

 与えられる快楽に逆らえず言われるままに白濁が飛んだ。その締め付けに一瞬息を詰めた声が聞こえて

「ぁ……ん、あ、ぁつ……ぃ……」

 腸壁に叩きつけられる熱い飛沫に後孔が喜んで搾り取るように蠢いた。

「ん……、こら、煽るな」

「ふぇ……??ぁん!や、まだするの……!?」

 体内に納められたままのそれが未だ熱く脈打って存在している事実にアサギの顔が青ざめるのを見、香に侵し尽くされていた頃は体力の限界がきても、もっともっとと強請っていたのにな、とケイは笑った。

「俺がまだ満足してない」

「あ、嘘、……ひ、ンっ!アァ!イ、イッた、ばっかなの、にぃ……っ!!待って!らめ、待ってぇ!!――あぁ!ん!はぁ……っ!やぁぁ!ひゃ、らぁ……っ」

 体勢を入れ替えて腰だけ高く上げさせたアサギを背後から貫くと、既に体を起こす力もないらしい彼は抵抗もせずヘタリと上半身をベッドにつけたまま鳴き続ける。

「あ!あん!ら、めぇ……っ!擦れて、ァア……っ!!」

 擦れる?と首を傾げよく見ればケイが揺さぶる度に上半身がシーツの上で僅かに動いてシワを作っており、少し弄られて放置の胸の尖りが引っ掛かり擦られるようだ。

「なんだ、そんなにイイのか?」

 動きを止めても自らシーツに擦り付ける様に笑いながら快楽と羞恥に震える体を抱き起こすと、背面座位の不安定な体勢が怖いのか後ろ手に腕を回してくる。

「ひ!あ、……っァァ!!も、やぁ……っき、きもちぃ、よぉ……!怖い!こぁいぃ……っ!!」

 過ぎた快楽に恐怖すら感じ、泣き出してしまった彼の頭をあやすようにポンポンと数回撫でてやれば、すんすんと鼻を鳴らしながら擦り寄る素直さが愛しい。

「気持ちいいんだろ?」

「……ぅん……でも怖いもん」

 快楽に思考が蕩けているアサギは小さな子供みたいな口調で唇を尖らせて、しかし快楽を求める体はゆらゆら緩やかに動いている。

「欲しいくせに」

「あん!」

 挿ったままのそれを一度ゆる、と動かしただけでもビクンと大きく跳ねる体。背後から肩越しに見下ろす肢体の胸元では、桜色の尖りがツンと主張して刺激を待ち望んでいる。

「怖いもん!怖いのやだ!」

 ケモ耳が生えていたならペタンと倒れてるだろうな、と思ってしまう子供のような態度さえも愛らしいと思うくらいにはこの青年にハマっているのだ。ここで止めてやるつもりなど毛頭ない。

「いいから、……ほら」

「あ!ァア……っ!!も、やー、って言って、……っひゃぁぁ……っ!!」

「もっとおかしくなれよ」

「やー!らめ!らめ!!あぁん!クリクリしちゃやらぁ……っ!!」

 先程から健気に主張を続けていた胸の尖りを指で捏ねると、途端に後孔がキツく締まり逃げを打つように浮き上がる体を押さえつけ揺さぶる。ケイの動きに合わせてプルプル揺れる熱の塊からは突き上げる度に色をなくしつつある体液が飛び、もはやイきっぱなしの状態。開いたままの唇からは飲み込めない唾液が零れて落ちる。

「あぁ!ひ!あん!い、イイ!奥!奥擦ってぇ……っ!んぁぁ!こぁいよぉ!ひゃぅ!ひ、ひもひぃ……っ!!ぁあぁ!」

「……っ、すっげぇ締まるな……。そんなイイ?」

「イイ……っイイよぉ……!でも、怖……っあぁん!そこ!や、待ってぇ!!やらぁ!た、たすけ……っ、んやぁ!らめぇぇぇ!!」

 グリッ、と前立腺を刺激されカハッと苦しげな息を吐いたアサギの中に再度欲望を弾けさせる。体内で断続的に痙攣する男根にアサギの体がビクビクと数回跳ねて、やがてクタリと弛緩した。
 はぁはぁと荒く息を吐いてはいるが、目はうっすら開いている。気絶はしていないようだ。それを確認しながら暖かい体内からズルリと肉棒を引き抜くと、コプ、と音を立てながら白濁が溢れた。

「ひ……っ」

 抜ける感覚にゾクゾク震える体を宥めるように一撫でし、抱き起こしたケイが椀に注いで差し出したのは中和薬だ。未だ整わない呼吸の中、アサギは嫌そうに顔をしかめたが差し出されるそれを黙って受け取る。最初よりかなり抜けてきているとは言えまだその毒素は体に残り、時折思い出したようにアサギの意識を塗り潰し快楽とサラの葉を求めさせるのだ。
 今まで口にした物の中でこんなに不味いものがあったか、という程に不味い薬ではあるけれどチビチビ飲んで不味さが続くよりは、と中身を一気に煽った。

「ぅぇ……」

 飲み干して、やはり不味いと舌を出す。そのしぐさに笑ったケイがチロリと出された舌に吸い付いた。

「ん……っ!?」

 驚いて引っ込めようとするのを許さず、ケイの口内へ吸い上げられ招き入れられるまま舌を絡めて。

「ふぁ……」

 熱の冷めきらない体に駆け巡る劣情。トロ、と蕩けた瞳が間近にケイの青灰色を捉える。冷静に見える瞳の向こうにチラリと見える欲の色がアサギの体を再び熱くさせていく。唇を離さないまま乱れたシーツの海に倒されて。

 アサギの艶やかな喘ぎは明け方までやむことはなかった。




「寝不足なんですが」

 朝日が昇ってだいぶ経った頃操舵室に現れたケイへの第一声は、ムスッと唇をへの字に歪ませたリツからの文句であった。

「あ?」

 大あくびしながら頭を掻いていたケイが何の事だと視線を向けると。

「あ?じゃないですよ!毎晩毎晩喧しいって言ってるんです!やたら響くんですよ、あなた達の声が!!安眠妨害しないでください!」

「羨ましいか」

「威張るな絶倫!」

 操舵中の誰もが内心リツを応援する中ケイ一人、うっすら目の下に隈を作ったリツの怒りなどどこ吹く風で飄々としている。

「大体あんな子供に毎晩何て不埒な真似してるんです!?少しは休ませてやったらどうですか!」

 毒素に苛まれどうしようもない時は仕方ない、と黙認も出来るけれど最近ではどうにも思考が正常に働いている時すら抱いてる気がする。彼はまだ若い。完全に体は出来上がっていないように見えるし、しかも本来男を受け入れる為の器官など持ってはいない。
 と、常識人の意見を聞いたケイはツイ、と首を傾げて一言。

「あ、欲求不満なの?」

 ブチン、と不健康そうな音がした……と後から操舵室内にいた部下達は話す。

 その頃、ケイの目覚めと同時に目を覚ましていたアサギは普段鍵のかかっているドアノブを捻っていた。微かに蝶番の音をさせ開いたドアを思わず凝視する。まさか開くとは思わなかったのだ。ケイのウッカリと言う名目の解錠がリツにでも知られればまた大目玉を食らうのは必至だが、多分あの男は気にしない。多分というか、絶対。
 ソッと覗いた廊下には誰もいない。滑るように廊下に出て甲板に上がると

「逃げるなこの変態クソ上司!」

 刀を振り回すリツの怒鳴り声とそれを避けるケイの楽しげな笑い声が響いている。何が起きたか知らない部下達が何事かと覗きに出、いつもの光景に苦笑い。
 船の絶対権力者、船長であるケイにここまで出来るのはリツだけで自由すぎるケイを諌められるのも彼だけだ。成功率は五割だが。

 アサギはそんな平和な光景を彼らの死角からぼんやりと眺め、キュッと唇を噛んで――次の瞬間。

「――――ッ!?」

 ガクン、と体から力が抜ける。ザワザワと身体中を這い回る悪寒と不快な耳鳴り。
 合間合間に聞こえる人の声。
 目に映るのは石畳の冷たい部屋。四方を囲む青緑の炎を燻らせる燭台。

 ――……が、……ぇて。私の……

 ――どこに……の……め……っ!

(や、だ……っ!!やだ、やだやだやだ!)

 来るな、と叫んだ気がする。伸ばされる腕に必死で抗って、嫌だ、嫌だ、と。
 相手が何か、言っている。

『それがお前の――――』

「違う!違う、違う!知らない!そんなの知らない!!これ以上俺にどうしろって言うんだよ!!イヤだ!触るな!俺に触るなぁッ!!」

 振り上げた腕が何度も何かにぶつかり鈍い音をたてて、それでも暴れまわる体をやんわり包む暖かい温度。過呼吸気味の口に押し当てられたのは人の手の平で、そこから柑橘系の香りがしている。

「落ち着け」

 ひゅ、ひゅ、と喘鳴交じりの呼吸音を洩らし、無意識の涙を流すアサギの頭上から耳に心地いい穏やかな声が降ってくる。

「知らない、もう、俺に出来ることなんてない……っ!」

「わかった、わかったから落ち着け。な?」

 まだあまり聞き慣れない声に少しずつ意識は現実味を帯びてくる。目に映ったのは暖かい木の温もり、青空と降り注ぐ陽光。
 それから、何事かと驚き、そして心配そうな顔をした日に焼けた厳つい顔の男達と。
 アサギの腕が当たったのだろう。所々傷ができ、打ち身で赤くなった顔で安心させるように微笑む自由奔放な男。

「あ……」

「いい子だ」

 体を震わせる悪寒はすでに去り、耳鳴りも止んでいる。サラの葉とはまた違う症状だったけれど念の為にと中和薬を取りに走ったリツが戻り、しっかりと意思を持った瞳にホッと息をついた。

「大丈夫か?」

 問われてこくりと頷いて。けれどモヤモヤと不安が燻る。

(こんなに離れたのに……)

 元々いた国からかなり遠い場所である筈なのに聞こえる声。耳を塞いで目を閉じて全てを拒絶しても、逃げられない。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

王様の恋

うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」 突然王に言われた一言。 王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。 ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。 ※エセ王国 ※エセファンタジー ※惚れ薬 ※異世界トリップ表現が少しあります

白雪王子と容赦のない七人ショタ!

ミクリ21
BL
男の白雪姫の魔改造した話です。

臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話

八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。 古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。

バイト先のお客さんに電車で痴漢され続けてたDDの話

ルシーアンナ
BL
イケメンなのに痴漢常習な攻めと、戸惑いながらも無抵抗な受け。 大学生×大学生

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる

天災
BL
 高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる。

処理中です...