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ゼロではない限り

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 食事の後アクアから聞いた話は想像を絶する実験の数々だった。
 魔術師を精霊師に、だなんて普通は出来ない。それを沢山の子供達を使って実験していたなんて。しかもそれを進めていたのが当時の国王、アクアの実父だったなんて本当にあり得ない。……いや、エゼルバルド伯爵も似たような物だから全くあり得ない話ではないだろうけれど。

「そもそもそんなに精霊師を増やしてどうするの?精霊国は皇国より精霊師が多いし、精霊師不足で困っているわけじゃなかったでしょ」

 精霊国は霊力を必要とする物が多く存在している。最近では霊力を必要としない道具も多く出て来ているけれど、国の中枢にある重要設備は未だ霊力を補填して動かしていると聞く。だから精霊師不足は国の存続に関わるだろう。でも現状精霊国には多くの精霊師達がいるし、確か前の人生でも今の時期霊力持ちの子供は多くいた筈だ。

「闇オークション会場で言ってただろ?精霊師を食べれば不老になる……」

「そんなバカな話を信じたっていうの!?」

 王ともあろうものがそんな世迷言を信じて多くの子供を犠牲にしたって?

「国王は高貴な血を継いでいたのに微弱な魔力しかなくてな。しかも兄上は霊力も高い上優秀だった。だから愚鈍な王は消し、新たな王を、と望まれている、と勝手な被害妄想を抱くようになった」

 自分の父親を赤の他人のように言うアクアは何の感情も浮かべていなかったけれど、本当は色々思う事もあるだろう。実験を最初に施されたのが3歳だったとしても解放される8歳までの5年間はきっと地獄のような日々だっただろうから。

「だから守るべき民だった精霊師の子供を連れ去るようになったんだ」

 不老になりいつまでも若々しい姿を保てば息子達と比べられる事もない。
 そんな幼稚で浅はかな考えで犯した罪をなかった事にし、その上で国王の願いを叶える為の手段を提示したのが海蛇だった。まず精霊国の身寄りのない子供達を引き取って実験し、皇国からも誘拐し、そしてアクアも。
 元々父親の陰に隠れる様に過ごしていた国王がその地位に就いたのも優秀な兄達が流行り病や事故で相次いで亡くなってしまった所為。それも彼の策略だったのでは、と疑われたが玉座で震えるばかりの彼には到底無理な話だ。
 立場の重さに怯えていた無能な王は徐々に傅かれる事に魅力を感じ傍若無人になっていった。そしてその地位を失う事を大いに恐れた。王という冠がなければ誰も自分を見てくれない、そんな子供のような主張を当然のように叫ぶ父を斬り捨てたのがアクアの兄で僕の良く知る精霊国の賢王だったそうだ。

「王の器じゃないのがわかっていたから伯父達のような教育も施されてなかった。適齢期になれば侯爵家の婿として迎えられる予定だったんだけどな」

 侯爵家の当主の座もその家のご令嬢が継ぐ事に決まっていたらしいから、婿という名の王権剥奪だったんだろう。能力のない王が治め混乱に陥りかけた精霊国を支えたのがジュストゥ公爵で、今でも現国王の相談役を務めている。

「海蛇の目的は一体何なの?」

 ただ元国王の願いを叶える為にしたわけではないだろう。

「奴らの目的は常闇の魔女の復活」

「……ユヴェーレンが魔女だって知らなかったって事?」

「いや、そうじゃない。魔女の力はまだ不完全だ。その力を完全に取り戻せるよう魔女が海蛇を動かしてるんだと思う」

 アクアが実験に使われた頃の目的は純粋に魔女復活の為、そして今は魔女の力を取り戻して完全に復活させる為。
 また精霊国から精霊師を誘拐し始めているのはアクア以外に後天的に精霊師の素養を身につけられた人がいない、もしくは少なかったからだろう。
 ふと帰る前に公女様が言った言葉が蘇る。

 ――前の人生でアクア様は亡くなっているかも知れないわ。だから、気を付けて


 ◇◇

 オスカーは荒天の中馬を走らせていた。時折鳴る轟音は雷が落ちる音だろう。本来ならあまり外に出たくない天気だけれど、護衛達も馬達も良く訓練されていて不満1つ零す事はない。
 冷たい雨に打たれながら出掛けに聞いたマルガレートの話を反芻する。

『アクア様は私の知る未来には一度も出て来ない。代わりに殿下とイグニス様が滅びに向かう皇国へ魔女退治にやってくるわ』
『イグニス様は今より成長していて大切な人を復讐を胸に皇国へやってくるの』
『勿論その大切な人がアクア様であるという確証はないわ。私の知る未来でイグニス様は今の恋人とは一緒にいないようだったからその方の可能性もあるでしょう』

 初めて出会った時は王城の庭だった。クレル公爵に連れられてやって来た彼女はまだほんの小さな子供で、オスカーを見てにっこり笑っていた。
 次に出会ったのは数週間前。愛らしかった子供は未来が分かるなんて言い出して、少し頭の弱い令嬢になってしまったんだな、と僅かに残念な気持ちになったけれど話してみれば妙に説得力のある事を言ってくるから興味が湧いた。
 その彼女が言ったサフィールの死の可能性。手綱を握る手に力が籠る。

『アクア様が普通に命を絶たれた所で絶望や恐怖、怒りを覚えるとは思えない。あの方なら仕方ない、と諦めて笑って逝かれる気がするの』
『前の人生で魔女は海蛇をアクア様の元に行かせたのではないかしら。あの方から絶望や怒りを引き出す事が出来るのは幼い頃のトラウマに関わる彼らしかいないわ』

 確かにそうだ。何でも飄々と流してしまうサフィールが唯一心を乱すのは海蛇に関わる事だけ。幼い頃の恐怖は今でも記憶の奥底に眠っている。

『テオドール殿下もどこかでそれを聞いたのかも知れない。アクア様をベリルから引き離す為に海蛇と手を組んで彼を魔女に捧げようとしている……。確証はないけれど、可能性がゼロではない限り警戒していた方が良いのではないかしら』
 
 
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