今度は殺されるわけにいきません

ナナメ

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隠し事

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 ◇◇

 パタリと扉の閉まった音を聞きながら、まだ腰に手を回している男を見上げる。

「いつまでこうしてるつもりだ?」

「お前が自身の不調を隠さなくなるまでだな」

 寝ていろ、とベッド側に押せば黙って横になるアクアの顔色は悪い。横になった途端に、ほ、と吐息を零したのも無意識だろう。まだ床に敷きっぱなしの布団に座ればごろ、と横向きになったアクアから問うような視線を向けられた。しかしそれに答える前にこの男には説教が必要だ。

「間男はともかく、イグニスですら知らない様子だな?何年一緒にいるんだ」

「……薄々はわかってるだろ。新月と満月の日は出来るだけ動かないようにしてるからな」

 精霊師であるベリルも新月の日には精霊術が使えず不調になる。魔術師であるイグニスは満月の日に魔術が使えず不調になる。
 けれどアクアのように魔力と霊力は本来同時には宿らない。それを両方持つ彼は精霊術を使えば自身へのダメージになり、精霊達がいなくなり魔力が高まる新月と、魔力が弱まり精霊達が活発になる満月の日どちらの力も使えなくなる。そしてそれはそのままアクアの体への負担となるのだ。通常の精霊師や魔術師以上の負担は子供の頃のアクアには耐えきれない苦しみをもたらしていた。それをヴォルフは知っている。今も徐々に頬に赤みがさし始めているのは熱が上がってきているからだろう。

「隠し通すつもりか?」

「その為に剣技を鍛えたんだ」

「それがお前の弱さだ。イグニスも間男もお前の不調を知らずにお前を信頼してるその状態で不意を突かれたらどうする?最悪共倒れだ」

 ふ、と苦し気な息を吐いて仰向けになる。

「共倒れにはならない。何が何でもあいつらは守る」

「だから不調を隠すなと言っている。あの間男もそこそこ戦えるだろう。いざという時にお前のフォローくらい出来る筈だ」

 きっとベリルは皇太子を目の前にしない限りは戦える。魔獣退治の時にもしっかり戦っていたし、港町でならず者に連れて行かれた時にも自力で倒していた。

「……この先お前抜きでは戦えない」

「何で俺が死にそうな空気を醸し出されてるんだ?」

 は、と吐息に乗せた笑いにしばらく返答はなかった。
 衣擦れの音をさせてギシリ、とベッドが軋む。乗り上げてきたヴォルフに上から見下ろされ、その黒曜の瞳を見た。

「弟を失脚させたいんだろう?」

「平民をゴミとしか見ていないような皇太子は国に必要か?精霊国としても次の王があれだと思うと頭が痛い」

「……失脚させられる材料がまだないと公女は言っていた」

 闇オークション会場にいたというだけではまだ弱い。彼が調査の為に潜入していたと言えばそれまでだ。勿論テオドール派の貴族を絞め上げれば何かしらの証拠は出てくるかも知れないが危険が及ぶとわかればテオドールに消されるだろう。ベリルに対して吐いた暴言や暴行は記録に残っていたとしても普段市井で見せている顔を信じている民はでっち上げだと言うだろうし、王族が平民を虐げた所で罪には問えない。まだ何の決定打も手に入れられていないのが現状だ。

「だが確実に失脚させられるネタはある」

 見下ろしているアクアの蜂蜜色の瞳が瞬いた。

「お前の因縁の相手と手を組んだようだ」

「――海蛇か」

 ぎゅ、っと眉間に皺が寄る。心臓に手をやったのは無意識だろうか。ヴォルフはその手を取って顔の横に押し付けるけれど、アクアは抵抗せずに黙って返事を待っているようだ。

「奴らの生き残りがまだいる」

「兄上が殲滅した筈だ」

「害虫っていうのはしぶといものだろう?」

 かつて幼い子供達を集め実験を繰り返していた秘密組織海蛇。それを支持していたのは前国王だった。国王の後ろ盾の元集められた子供達に施されたのは魔力と霊力を同時に体に宿す実験で、多くの子供達が犠牲になった。それでも成果を得たい彼らが目を付けたのが当時まだ3歳だったサフィールだ。生れ落ちた時から青く色付いた髪は高い魔力の現れ。その彼ならば実験に耐えられるだろう、と。果たして度重なる実験に耐え抜き8歳になった彼を救い出したのは20歳になったばかりの王太子である兄だった。父殺しという汚名を着て自身を救い出してくれた兄をアクアは盲目とも言える程に慕っている。

「狙いはなんだ?」

「海蛇の狙いは新たな精霊師を生み出す事だろうな。弟の狙いは精霊師を増やし魔女に捧げる贄にするつもりだろう。――魔女が愛し子に狙いを定めないように」

「あれ程虐げているのに魔女からは守るのか?」

 心底意味が分からない。自身ではベリルが戦えない程に恐怖を植え付けておいて、その裏では魔女から守ろうとする。その矛盾がアクアには理解出来なかった。

「本人に訊いてみたらどうだ?」
 
 ◇◇

 急に開いたドアに驚く間もなく僕達は部屋に転がり込んでしまった。ベッドの上のアクアが驚いた顔でこっちを見ていてその上に圧し掛かっている殿下はニヤリと嫌な笑みを浮かべている。公女様は何だか「んあ!」と変な声を上げて黙ってしまうし、イグニスは困惑しているようだ。
 ドアを開けたのは殿下の魔法だったんだろう。いつから僕達がいた事に気付いていたのか。

「……いつから……」

「公女の隠匿魔法にも気付かないくらい弱ってるハニーがこの状態で戦力になるとは思えんな」

 頬にキスして立ち上がった殿下の後ろで、その唇が触れた所を高速で拭きつつ体を起こしたアクアと目が合って気まずそうに逸らされる。

「……隠し事はしないでくれる?あんたに倒れられたら困るんだけど」

 確かに朝より顔が赤くなっている。新月と満月の日という事は精霊師と魔術師が不調になる両方の日にアクアの体調は悪くなるって事なんだろう。それならそうと言ってもらわないと困る。

「あんたの事、頼りにしてるんだから」

「黙れ間男。ハニーは渡さんぞ」

「誰が間男ですか」

 
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