今度は殺されるわけにいきません

ナナメ

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マイハニー

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 ひとまず状況を整理しようとホールに集まる事にして、その前に身支度を整えているとにわかに部屋の外が騒がしくなった。アクアが嫌な予感がする、と呟いて扉から離れた途端。

「会いたかったぜマイハニー!!!」

 両腕を広げた知らない男が入って来た。
 くすんだ色合いのグレイの髪と垂れ目がちな黒い瞳。アクアよりも背が高く、大きく胸元を開けた服からは厚い胸板が覗いている。キラキラと満面の笑みを浮かべていたその顔が僕を見つけた途端にかげりを帯びた。

「誰だ?」

「保護対象だ」

「ハニー!俺がいない間に浮気か!?」

「浮気も何もお前と恋仲だった記憶はないな」

「記憶喪失……!?安心しろハニー!記憶が戻るまできっちり面倒みてやるから!」

「イグニス、こいつ外に捨てて来てくれ」

「無理です」

 口を挟む余裕もないまま二人のやり取りを眺めてたんだけど、男の後ろから付いてきてた公女様がまたも何か早口で騒ぎ出してる。いまいち何を言ってるのか聞き取れないけど、腐神様!!と叫んだのは聞こえた。もう何だか良く分からなくて、こういうの何て言うんだったけ……。

『かおす?』

「あぁ、そうそう。カオスだ。リー良く知ってるね」

『リーは何でも知ってるよ!』
 
 カオス状態のやり取りから現実逃避した。


「で、あと数日戻って来ない筈のお前が何でここにいる?」

 あの後もハニーハニーと纏わりつくヴォルフと名乗る男……実は第一皇子オスカーだというから一度自分の頬をはたいて現実かを確かめてたらアクアに心配された。公女様は奇怪な悲鳴と共に直ぐ僕の頬を治癒しようとしてきたから慌てて断って、次からこの確認の仕方はやめようと心に誓う。
 オスカー殿下は情報屋として皇国に潜んでいたらしい。
 情報屋のヴォルフと言えば皇国随一と名高い情報屋だ。前の人生で僕もその名前を聞いた事があるくらい。ただ皇国随一の情報屋だけに足取りを掴みにくく、依頼をするのが難しい相手だとも聞いた。だから依頼をするにはまずギルドの掲示板に合言葉を貼る必要があるんだとか。けれどギルドマスターでさえ彼がどこに潜んでいるのかを知らなかった。

(貴族の反乱を収める時情報が欲しくて捜したけど見つけられなかったんだよな……)

 見つけられなかったし、僕は『不合格』だったんだ。掲示板に合言葉とファーストネームを書いて貼っておくとヴォルフがその名前から相手を見つけ、自分が信頼に値すると思った相手の前にだけ姿を現す。僕の前に彼は一度も姿を現さなかったから信頼に値しないと判断されたんだろう。あの時は落胆して少し悲しかったんだけど今ならわかる。自分を殺そうとした弟の妻が自分を捜していると聞いてノコノコ出てくる馬鹿はいない。
 だけどあの時ほんの少しだけでも情報をくれてたら助けられた命もあったかも知れないと思うと僅かに腹立たしくて、さらには親し気にアクアの肩に腕を回しているのすらちょっと腹が立つ。

「その前にハニー、精霊国に手紙送ったか?」

「送った……奪われたのか?」

「ああ。国境に障壁が張られていた」

 小さな舌打ちは聞こえたけれど、イグニスが言う。

「他人に奪われたらすぐ燃えるように術式は組んであります」

「魔術で打消しは出来ないな?」

 オスカー殿下の問いかけにも力強く頷く。

「手紙に組み込んであるのは精霊術です。魔術師では解呪できない」

「ならいい。どうやら“弟”の一派は余程愛し子が欲しいらしいな」

「どういう事……ですか」

 何だか軽薄そうな感じがするからつい敬語を忘れそうになるけれど、この人は本来僕が話しかけても良い人じゃないんだった。うっかり話しかけてから今更黙る事も出来ずそのまま返答を待った。多分今のこの状況で「無礼者!」とか言い出さないとは思うけど、やっぱり前の人生で『不合格』だった、というわだかまりもあるからちょっと話しにくい。

「愛し子が別の国に助けを求めないように手紙すら検閲が入る様になったって事さ。魔術配達で送れないようにご丁寧に障壁まで張ってな。今頃皇城の魔術師は大わらわじゃないか?」

 障壁を一人で作れる魔術師は多くない。だから数人で組んで障壁を作る事になるんだろうけれど、国全体を覆う障壁ともなれば皇城の魔術師団はもちろん、魔塔の魔術師達も駆り出されているだろう。
 そこまでして僕を捜している理由は何だろう。“本当は僕を愛していた”なんて理由ではないのはわかっている。あれはどちらかと言えば……。

(妄執に近いな)

 きっと今でも僕の事を“自分の所有物”だと思っているからこそ自分の手元に戻って来ない事が腹立たしいんだ。

「さて、それで?俺のハニーはどんな内容の手紙をどこの誰に送ろうとしていたんだ?」

「何だ?お前が届けに行ってくれるのか?」

 ふむ、と長い足を組んで、その足の上で頬杖をついた殿下は唇を笑みの形に歪ませる。

「内容とハニーのキス1つで考えてやらん事もないぞ」

「……ジュストゥ公爵家に養子の相談を」

「養子?」

「今のベリルは後ろ盾がなさすぎる。万が一何かあった時に平民のままだとあのクソ皇太子を罪に問う事は出来ないからな。だが精霊国の貴族を後ろ盾につければ話は別だ。いくら皇太子と言えど、他国の貴族に手を出したらただでは済まない」

 え。待って、僕が養子になるって事?

「貴族とは関わりたくない」

「おっと、それは我儘が過ぎるだろう。間男」

「……間男ってもしかしなくても僕の事ですか」

「俺とハニーの間に入って来たお前が間男じゃなかったら何だって言うんだ」

 ちら、とアクアを見ると何だか諦めた顔で首を横に振っている。多分反論するなって事だろうから、仕方なくそれに関しては突っ込まない事にする。

「我儘、ってどうしてですか」

 そもそもその公爵家が僕を受け入れるかどうかもわからないけれど、そこはひとまず置いておく。

「我儘だろう。今狙われているのはお前だ。国内から出られない、助けを求めようにもお前には皇太子に対抗できる後ろ盾はない。一人で戦うか?相手は騎士団を引き連れてやってくるだろうがな。この現状をお前一人で打破するとしたら残された手段はたった1つ――自決だけだ」

 殿下はす、と形の良い指を顔の前で立てて言った。

 
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