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甘やかしたい

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「……嘘でしょ……」

 妙に体が暖かくて目が覚めたら目の前にはすでに起きて、でも寝転がったまま僕を見ているアクアがいて思わず呟いてしまう。

「ん?あれだけ嫌だ、無理だ、って騒いだのにスヤスヤ寝た事か?残念ながら嘘ではないな」

「あぁぁ……」

 あまりに恥ずかしくて手の平で顔を覆った。頬どころか体全体が熱いから、きっと今僕は全身真っ赤になっているだろう。
 だってまさかあのまま寝てしまうなんて。しかも狭くて寝にくかったのか、アクアの手は未だ僕の腰辺りを抱いている。きっと変に意識しているのは僕だけだろうけど、その温もりが心地良い。

「大丈夫大丈夫。涎垂らしてなかったから」

「うるさい、垂らしてたまるか!」

 良かった。垂らしてなくて。本当は少し不安だったんだ。皇都に向かう途中どうしても野宿が必要だった時リーに涎がたれてないか、いびきかいてないか訊いておいたし。あの時はただ単純に信頼してないアクア達にそんな小さな事でも知られたくなくて確認した事だったけど、今はそんな姿を見られたくない。

「それだけ元気なら大丈夫そうだ」

 よしよし、って撫でてくる手の平が気持ち良いけれどなかなか顔から手の平が剥がせない。恥ずかし過ぎる。夢も見ずに熟睡してしまったのはアクアの体温で安心したからだろう。

「頬も治ってるな」

「公女様が治してくれたの、あんただって見てたでしょ」

「そうだけど、軽い治癒だけだと後から腫れる可能性もあるって言ってただろ」

 昨日お風呂に行く前に傷を治してくれた時、公女様はテオドールに怒り狂いながら徹底的に綺麗にする、と言ったけれど流石に聖女の力を僕の小さな傷に惜しみなく使われるのは心苦しくて軽く治癒をかけるだけで良いって言ったら凄い形相で怒られた。そもそももう精霊術が使えるようになってたから自分で治癒したら良かったんだけどあまりにすごい形相だったから頭から消し飛んでたんだ。リーはその騒ぎで大笑いしてたし、それを思い出して顔を覆う手の下で少し笑ってしまう。
 僕が笑った事に気付いたんだろうか。腰にあった手が頬に触れて、それから髪を梳くように滑る。寝起きで髪は絡まってないだろうか、なんて取り留めのない事を考えながら至近距離にあるアクアの顔を指の隙間からこっそり盗み見た。
 健康的に日に焼けた顔は寝起きだからか薄っすらと髭が生えていて、それが男らしくて羨ましい。僕はそういう男性的な部分が薄いから髭とか憧れだ。蕩けるような蜂蜜色の瞳は今日もきらきらと美味しそうに瞬いている。淡く色付いた唇は笑みの形になっていて、まるで恋人同士の朝のように手の平が僕の頭を撫でた。

「あんた、恋人には甘くしたいタイプ?」

「ん?ん~、ベリルを甘やかしたいだけ」

「は……はぁ!?馬鹿じゃないの!?」

 どういうつもりで言ってるんだろう。僕の気持ちを察して揶揄ってるんだろうか?それとも実は誰にでもこうなの?ああ、それか……。

「僕の母親だって人と重ねてるの?」

 初恋だって言ってた。僕がその人とそっくりだって。だったら僕の母親だという人の代わりに僕を甘やかしているだけなんじゃないの?きっとそうだ。だから変に意識も期待もしたらダメだ。

「ん~……ベリルの母親は、庇護欲をそそる容姿ではあるけど……めちゃくちゃ強いぞ。俺がこんな事したらぶっ飛ばされるだろうなぁ」

「……ぶっ飛ばされてきたら?」

「やだよ。馬に蹴られたくない」

 そろり、と顔から手を外すけれど、アクアはまだ起きるつもりがないのか僕を引き寄せて胸に抱いたまま熱心に髪を梳いている。

「綺麗な髪だよな。まっさらな雪みたいだ」

「皇国では嫌われる色だけどね。精霊国でだって似た物でしょ」

「皇国程酷くはないと思うけどな」

 する、と滑らせる指が心地良くて油断したら二度寝しそうで。早く起きないと、と思った瞬間。

「尊死する……ッ!!!!!」

 急に聞こえた公女様……いや、ガイスト仕様のそのかすれ声に驚いて飛び起きてしまった。

「公……じゃなくて、ガイスト!どうしてここに!」

「いや待ってその前に待ってどうなってるの少し目を離した隙にどうしてこうなったのまさか夜の仲良ししちゃったのああぁぁぁぁここの空気持って帰っても良いかしら良いわよね!?ねぇ!!?」

「お嬢、落ち着いて。どうどう」

 トイフェル仕様のオーニュクスが馬を宥める様に公女様を宥めている。僕は慌ててベッドから飛び降りたけれど、アクアは立てた腕に頭を乗せて、寝転がったまま面白そうに公女様を見た。

「公女様はどうした?」

「持病だ。気にするな。それよりも国境越えの申請が一旦停止になっている。直ぐに精霊国へは行けないだろう」

 公女様の奇行は“それよりも”で済ませていいものなんだろうか?正直まだ胸を押さえてハアハアしながら何かブツブツ言ってる異様な様子が怖すぎるんだけど、アクア達は気にせず話を進めている。

「……なるほど?確実にベリルを閉じ込める為か」

 きっと申請を止めているのはテオドールなんだろう。僕がまだ国内に留まってるのを知って、きっと申請が済んでない事がわかったから申請自体出来なくした。それによってまだ許可証を貰ってない人達がどうなるかなんて勿論考えている筈もない。
 さっきまでの熱さはすぐに消え失せ、今度は体がひんやりと冷えてくる。

「こうなったら早いとこあのクソ皇太子にはその立場から退いてもらうしかないか」

「そうは言っても第一王子はまだ帰ってないし、殿下をその座から退かせる事が出来る確固たる理由がない」

「……僕が囮になったらどうにか出来ない?」

「それは却下だ。万が一また捕まったら今度こそ逃げられないぞ」

 次は絶対捕まる前に自力で逃げる、って自信を持って言いたかったけれど、絶対無理だと否定する自分もいる。
 だって今回だってアクアと連絡が取れない状態だったなら、僕はもう正気でいられなかったかも知れないしとっくにテオドールに屈してしまっていたかも知れない。まだ僕の中ではテオドールへの恐怖心は大きいんだって薄々思っていたけれど、会ってみたら自分が思う以上の物だった。
 怖くてまともに反論も抵抗も出来なかった。逆にそうだったからテオドールも油断したんだろう。あの離宮から逃げ出したからには次に会ったら向こうも警戒して僕の逃げ道を塞ぐのは間違いない。

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