今度は殺されるわけにいきません

ナナメ

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恐ろしいものではない

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 陽が出ている時間帯に外に出るのは正直苦痛だ。僕の肌は日光に弱いからすぐ焼け爛れてしまう。でもそれも公女様にはお見通しだったようで頭からすっぽりと隠れられるマントを貸してくれた。日光を遮断してくれるそれは今公女様が手掛けている事業の1つらしい。僕にとっては命に係わる事だけど、世間の淑女達にとっても日焼けは天敵らしく太陽光を防ぐ道具は飛ぶように売れているそうだ。
 ただ僕に貸してくれたこれは淑女達向けではなく、僕のように別の理由で太陽光を避けなければいけない人向けに開発しているのだという。
 試しに外へ出てみたけどあの肌が焼ける感覚もなく、これなら外を歩く事も出来そうだ。ただまだ開発途中だから長時間は遮断できないらしいんだけど。

「……1つ言ってもいいですか」

 荷馬車とは違ってクッションが敷き詰められた快適な馬車の中公女様をジトリ、と見る。

「このマントで顔も隠せるのにどうして女装が必要だったんでしょうか」

「塔内は陽光が入らないからフードは外さないといけないでしょう?」

 別に顔を見られたくないからフードを取らない貴族だっているだろう。そう思ってジト目で見つめるけれど、やっぱり公女様は素知らぬフリで微笑んでいる。どう頑張っても勝てそうにないからため息を1つ零して窓の外の景色に目を向けた。
 見える景色は僕が良く見知った物で、まだ学生だった時に良く行っていたスイーツの店や少ない友人と立ち寄ったアクセサリーや文房具店、通りかかる度に良い香りを密かに堪能していた花屋。懐かしい思い出が溢れた通りを過ぎると、悪夢しかない大通りのメイン広場に向かう道が出てくるからソッと視線を外す。その時ふと窓の外で馬に跨ったアクアが見えて思ったより様になってる騎士姿を見つめてしまった。
 テオドールに触られた時はあんなに気持ち悪かったのに、アクアに触られるのは別に何ともない。テオドールにされた事を覚えているのが主な原因だろうけれど、アクアの触れ方は決して下心がある触れ方じゃないから余計にそうなのかも知れない。どことなく小さな頃カミラが僕の頭を撫でてくれたり手を繋いでくれたり、悪夢に魘された時には抱き締めてくれた、その時の感覚に近いかもしれない。

(保護者……的な)

 僕の本当の母親だという人から頼まれているのかも、と思ったら何だかしっくりきてふ、と視線を前に戻してビクリと飛び上がってしまった。
 公女様がまた目をかっぴろげて僕を見ていたからだ。

「な、何ですか」

「単刀直入にお伺いするわ。……アクア様とのご関係は?」

「関係も何も……ただの同伴者ですけど」

「同伴者とお膝の上でお手々を握り合ってしまわれるの?」

「いや、あれは誤解ですから」

 ただ手を振り払おうとしただけなのに急に公女様が現れたから驚いてそんな風になってしまっただけだ、と何度も言うけど公女様は妙に慈愛溢れる微笑みを浮かべてくる。

「公女様が何を期待されているのかわからないけど、僕はもう二度と誰かと恋なんかしません」

 もうあんな思いは二度とごめんだ。どんなに好きになったって相手が僕と同じ想いを返してくれるとは限らないから。

「ベリル、恋は恐ろしいものではないわ」

 公女様が僕の手を取って言う。

「貴方にとって、それは辛い記憶だったかも知れない。けれど、世の中の全てが殿下と同じ人間ではないでしょう。なのにどうして貴方が幸せになる事を諦めなくてはいけないの?」

「……僕は一人でも幸せですけど」

「そう、そうね。今の貴方が不幸だと言うつもりはないし、パートナーを作る事を強要するつもりもないわ。でも最後の思い出をクソ殿下で止めてしまわないで。忘れないで欲しいの。貴方は虐げられて当然の人じゃない、誰かに愛されるべき人よ」

「……クソ殿下」

「あら、また下品な言葉を使ってしまったわ」

 一度だけ僕の手をギュッと握ってから離れて行った公女様の手を眺めながら、ふ、と笑う。

「クソ殿下、って本人に言ってやりたいです」

 きっと目の前にしたらまだ僕は固まってしまうんだろうけれど。本人を目の前にしてもそうやって言えるだけ強くなれたら、とも思う。

わたくし達はそう呼ぶ資格があると思わない?」

「そうですね」

 クスクスと笑う公女様につられて僕ももう一度笑った。

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