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どうしてこうなった?
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「で、どうしてこうなってるの」
僕は憮然と目の前にいるアクアを睨んだ。
履いた事のないヒールの靴で足元はフラフラするし、腰回りを締め付けるコルセットは苦しいし、足首まであるドレスはいつ裾を踏んでしまうかわからなくてハラハラするし、薄茶色に染まったままの髪を結い上げられて晒されたうなじはスースーして落ち着かないし、あげればキリがないくらい不満だらけだというのにアクアは楽し気に僕を見下ろしてくるから余計に腹が立つ。
部屋の中の大きな鏡には化粧を施された自分の顔が映っている。ムス、と歪める唇には艶やかな赤の口紅、ツリ目がちな目の周りには青のアイシャドウ。背中部分が大きく開いた宵闇のような濃いめの紺のドレスは途中から色を薄くしていくグラデーション仕様で、胸元の控え目なレースは黒だ。スカート部分に散りばめられた小さな宝石が灯りに照らされてキラキラと光っていて、持たされた黒い扇を開けばふわりと花のような香りがした。
随分と妖艶な雰囲気に仕上げられたけれど全くもって嬉しくない。
「元が良いと女装も良く似合うなぁ。綺麗だぞ」
「うるさいよ。どうしてこうなったか、って訊いてるんだけど」
「まぁ妖艶さに比べて胸元が寂しいのは仕方がないか」
むに、と揉まれた胸元には申し訳程度の膨らみがある。詰め物が入ったそこは勿論体の一部じゃないから触られても何にも感じないけれど、持っていた扇でその不埒な手をバシリと叩き落とした。
「僕が本当の淑女だったら、あんたもう犯罪者だから」
「お、気位の高そうな感じが最高だな。その調子その調子」
「狙ってやってるわけじゃないんだけど!」
本当にイライラする。バシバシと手の平に扇を叩きつけて苛立ちを顕わにアクアを睨みつけてもちっとも効果がないのがすごく腹立たしい。
アクアもまた僕のドレスと合わせたような色合いの黒に近い紺の装束を纏っている。首元を飾るクラバットは淡い水色で、それを止めるブローチは夜空を映したかのような金粉が散りばめられていた。未だ僕の首にかけられたままの防御石と同じ色合いのそれはイグニスの物を借りたそうだ。
そのイグニスは先に現地へ行って給仕に扮しているらしい。――一体どこの何に参加させられるのか、僕は全く聞いてないんだけど。
数日前、案の定夜の闇に紛れて男達を解放した警備隊は彼らに“保護”と銘打って留めていた子供達を渡した。そこで金品の受け渡しがあった事も確認済みだ。尤も僕はその場にいなかったから実際見たのはアクア達だけど。
子供達の中に精霊師がいるかどうかはまだわかっていない。ただそのまま船で国外に出るかと思っていた男達は子供達を馬車に乗せ別の町へ向かったと言う。そのまま男達を追っていたイグニスからアクアに何かしらの連絡が来たのは昨日の事で、今その町の手前で何故か通されたそれなりの大きさの館で用意されていたドレスをそこにいた使用人達に着せられたのである。
しかもこの衣装を用意したのはアクアから連絡を受けた公女様らしい。アクアは若干体に合わなかった部分の手直しが必要だったのに対し、どうして僕の体には全てがピッタリ合うんだろうか。ちょっと怖い。
「そろそろ何なのか言ったらどう?」
どうしてこんな目に遭うのかわからず、じろ、と睨むと肩を竦めたアクアが懐から一枚の紙を取り出した。羊皮紙と同じく紙もまた高価な物だ。一体何なのかと開いて読み進める内にキュ、と眉間に皺が寄る。
「――皇都の騎士団に渡した方が良いんじゃないの」
アクアが手渡して来たのはどうやって手に入れたのか、会員制地下劇場で行われるオークションの招待状だった。
家門がわかる物を掲げていない、けれど豪華な馬車が停まる。黒い仮面で目元を隠したアクアが僕に手を差し出したから、内心忌々しい思いをしながらその手を取った。僕の顔にも同じ目元だけが隠れる仮面がついている。
扉の前に立つ番人に招待状を掲げると恭しい礼と共に扉が開かれた。そこには壁の両脇に申し訳程度に灯された蝋燭の炎がゆらゆらと揺れて、薄暗い地下への階段を不気味に彩っている。アクアの腕に置いた手の平が緊張で冷えるのがわかったけれどここで怯んだ様子は見せられない。
僕とアクアは今回初めて地下オークションの参加権利を得た皇都の伯爵家の人間――に成りすましている。本人達は公女様が用意した偽の招待状を持って全く別の場所へ行っているだろう。そしてオークション主催者に騙されたと思った彼らは貴族のプライドも手伝って必ずこのオークションの存在を騎士団に漏らす筈だ。
ただ騎士団が乗り込んで来る頃には裏にいる誰かは痕跡も残さず消えているだろうから先に乗り込んで裏にいる誰かを調べておきたい、というのがアクアの主張だった。
(そう上手くいくかな?)
カツ、カツ、と僕のヒールの音が階段を下りる度に響き、夜中の開催だからただでさえ静かだった外の気配が遠くなる。ここから先は誰かわからない相手のテリトリーだ。
前の人生で戦場を駆けていた時を思い出してアクアの腕に置いていた手をぎゅ、っと握りしめたらアクアにその手を握られた。
「そう構えるなって。俺達はただ見に来ただけだ」
ここで何が行われているのか。
この主催者が誰なのか。
どんな人が参加していて、何がオークションにかけられているのか。
ただ見に来ただけ。
粗末に見える木の扉がギィィ、と重苦しい音を立てて開いた。
僕は憮然と目の前にいるアクアを睨んだ。
履いた事のないヒールの靴で足元はフラフラするし、腰回りを締め付けるコルセットは苦しいし、足首まであるドレスはいつ裾を踏んでしまうかわからなくてハラハラするし、薄茶色に染まったままの髪を結い上げられて晒されたうなじはスースーして落ち着かないし、あげればキリがないくらい不満だらけだというのにアクアは楽し気に僕を見下ろしてくるから余計に腹が立つ。
部屋の中の大きな鏡には化粧を施された自分の顔が映っている。ムス、と歪める唇には艶やかな赤の口紅、ツリ目がちな目の周りには青のアイシャドウ。背中部分が大きく開いた宵闇のような濃いめの紺のドレスは途中から色を薄くしていくグラデーション仕様で、胸元の控え目なレースは黒だ。スカート部分に散りばめられた小さな宝石が灯りに照らされてキラキラと光っていて、持たされた黒い扇を開けばふわりと花のような香りがした。
随分と妖艶な雰囲気に仕上げられたけれど全くもって嬉しくない。
「元が良いと女装も良く似合うなぁ。綺麗だぞ」
「うるさいよ。どうしてこうなったか、って訊いてるんだけど」
「まぁ妖艶さに比べて胸元が寂しいのは仕方がないか」
むに、と揉まれた胸元には申し訳程度の膨らみがある。詰め物が入ったそこは勿論体の一部じゃないから触られても何にも感じないけれど、持っていた扇でその不埒な手をバシリと叩き落とした。
「僕が本当の淑女だったら、あんたもう犯罪者だから」
「お、気位の高そうな感じが最高だな。その調子その調子」
「狙ってやってるわけじゃないんだけど!」
本当にイライラする。バシバシと手の平に扇を叩きつけて苛立ちを顕わにアクアを睨みつけてもちっとも効果がないのがすごく腹立たしい。
アクアもまた僕のドレスと合わせたような色合いの黒に近い紺の装束を纏っている。首元を飾るクラバットは淡い水色で、それを止めるブローチは夜空を映したかのような金粉が散りばめられていた。未だ僕の首にかけられたままの防御石と同じ色合いのそれはイグニスの物を借りたそうだ。
そのイグニスは先に現地へ行って給仕に扮しているらしい。――一体どこの何に参加させられるのか、僕は全く聞いてないんだけど。
数日前、案の定夜の闇に紛れて男達を解放した警備隊は彼らに“保護”と銘打って留めていた子供達を渡した。そこで金品の受け渡しがあった事も確認済みだ。尤も僕はその場にいなかったから実際見たのはアクア達だけど。
子供達の中に精霊師がいるかどうかはまだわかっていない。ただそのまま船で国外に出るかと思っていた男達は子供達を馬車に乗せ別の町へ向かったと言う。そのまま男達を追っていたイグニスからアクアに何かしらの連絡が来たのは昨日の事で、今その町の手前で何故か通されたそれなりの大きさの館で用意されていたドレスをそこにいた使用人達に着せられたのである。
しかもこの衣装を用意したのはアクアから連絡を受けた公女様らしい。アクアは若干体に合わなかった部分の手直しが必要だったのに対し、どうして僕の体には全てがピッタリ合うんだろうか。ちょっと怖い。
「そろそろ何なのか言ったらどう?」
どうしてこんな目に遭うのかわからず、じろ、と睨むと肩を竦めたアクアが懐から一枚の紙を取り出した。羊皮紙と同じく紙もまた高価な物だ。一体何なのかと開いて読み進める内にキュ、と眉間に皺が寄る。
「――皇都の騎士団に渡した方が良いんじゃないの」
アクアが手渡して来たのはどうやって手に入れたのか、会員制地下劇場で行われるオークションの招待状だった。
家門がわかる物を掲げていない、けれど豪華な馬車が停まる。黒い仮面で目元を隠したアクアが僕に手を差し出したから、内心忌々しい思いをしながらその手を取った。僕の顔にも同じ目元だけが隠れる仮面がついている。
扉の前に立つ番人に招待状を掲げると恭しい礼と共に扉が開かれた。そこには壁の両脇に申し訳程度に灯された蝋燭の炎がゆらゆらと揺れて、薄暗い地下への階段を不気味に彩っている。アクアの腕に置いた手の平が緊張で冷えるのがわかったけれどここで怯んだ様子は見せられない。
僕とアクアは今回初めて地下オークションの参加権利を得た皇都の伯爵家の人間――に成りすましている。本人達は公女様が用意した偽の招待状を持って全く別の場所へ行っているだろう。そしてオークション主催者に騙されたと思った彼らは貴族のプライドも手伝って必ずこのオークションの存在を騎士団に漏らす筈だ。
ただ騎士団が乗り込んで来る頃には裏にいる誰かは痕跡も残さず消えているだろうから先に乗り込んで裏にいる誰かを調べておきたい、というのがアクアの主張だった。
(そう上手くいくかな?)
カツ、カツ、と僕のヒールの音が階段を下りる度に響き、夜中の開催だからただでさえ静かだった外の気配が遠くなる。ここから先は誰かわからない相手のテリトリーだ。
前の人生で戦場を駆けていた時を思い出してアクアの腕に置いていた手をぎゅ、っと握りしめたらアクアにその手を握られた。
「そう構えるなって。俺達はただ見に来ただけだ」
ここで何が行われているのか。
この主催者が誰なのか。
どんな人が参加していて、何がオークションにかけられているのか。
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粗末に見える木の扉がギィィ、と重苦しい音を立てて開いた。
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