41 / 67
どうしてこうなった?
しおりを挟む
「で、どうしてこうなってるの」
僕は憮然と目の前にいるアクアを睨んだ。
履いた事のないヒールの靴で足元はフラフラするし、腰回りを締め付けるコルセットは苦しいし、足首まであるドレスはいつ裾を踏んでしまうかわからなくてハラハラするし、薄茶色に染まったままの髪を結い上げられて晒されたうなじはスースーして落ち着かないし、あげればキリがないくらい不満だらけだというのにアクアは楽し気に僕を見下ろしてくるから余計に腹が立つ。
部屋の中の大きな鏡には化粧を施された自分の顔が映っている。ムス、と歪める唇には艶やかな赤の口紅、ツリ目がちな目の周りには青のアイシャドウ。背中部分が大きく開いた宵闇のような濃いめの紺のドレスは途中から色を薄くしていくグラデーション仕様で、胸元の控え目なレースは黒だ。スカート部分に散りばめられた小さな宝石が灯りに照らされてキラキラと光っていて、持たされた黒い扇を開けばふわりと花のような香りがした。
随分と妖艶な雰囲気に仕上げられたけれど全くもって嬉しくない。
「元が良いと女装も良く似合うなぁ。綺麗だぞ」
「うるさいよ。どうしてこうなったか、って訊いてるんだけど」
「まぁ妖艶さに比べて胸元が寂しいのは仕方がないか」
むに、と揉まれた胸元には申し訳程度の膨らみがある。詰め物が入ったそこは勿論体の一部じゃないから触られても何にも感じないけれど、持っていた扇でその不埒な手をバシリと叩き落とした。
「僕が本当の淑女だったら、あんたもう犯罪者だから」
「お、気位の高そうな感じが最高だな。その調子その調子」
「狙ってやってるわけじゃないんだけど!」
本当にイライラする。バシバシと手の平に扇を叩きつけて苛立ちを顕わにアクアを睨みつけてもちっとも効果がないのがすごく腹立たしい。
アクアもまた僕のドレスと合わせたような色合いの黒に近い紺の装束を纏っている。首元を飾るクラバットは淡い水色で、それを止めるブローチは夜空を映したかのような金粉が散りばめられていた。未だ僕の首にかけられたままの防御石と同じ色合いのそれはイグニスの物を借りたそうだ。
そのイグニスは先に現地へ行って給仕に扮しているらしい。――一体どこの何に参加させられるのか、僕は全く聞いてないんだけど。
数日前、案の定夜の闇に紛れて男達を解放した警備隊は彼らに“保護”と銘打って留めていた子供達を渡した。そこで金品の受け渡しがあった事も確認済みだ。尤も僕はその場にいなかったから実際見たのはアクア達だけど。
子供達の中に精霊師がいるかどうかはまだわかっていない。ただそのまま船で国外に出るかと思っていた男達は子供達を馬車に乗せ別の町へ向かったと言う。そのまま男達を追っていたイグニスからアクアに何かしらの連絡が来たのは昨日の事で、今その町の手前で何故か通されたそれなりの大きさの館で用意されていたドレスをそこにいた使用人達に着せられたのである。
しかもこの衣装を用意したのはアクアから連絡を受けた公女様らしい。アクアは若干体に合わなかった部分の手直しが必要だったのに対し、どうして僕の体には全てがピッタリ合うんだろうか。ちょっと怖い。
「そろそろ何なのか言ったらどう?」
どうしてこんな目に遭うのかわからず、じろ、と睨むと肩を竦めたアクアが懐から一枚の紙を取り出した。羊皮紙と同じく紙もまた高価な物だ。一体何なのかと開いて読み進める内にキュ、と眉間に皺が寄る。
「――皇都の騎士団に渡した方が良いんじゃないの」
アクアが手渡して来たのはどうやって手に入れたのか、会員制地下劇場で行われるオークションの招待状だった。
家門がわかる物を掲げていない、けれど豪華な馬車が停まる。黒い仮面で目元を隠したアクアが僕に手を差し出したから、内心忌々しい思いをしながらその手を取った。僕の顔にも同じ目元だけが隠れる仮面がついている。
扉の前に立つ番人に招待状を掲げると恭しい礼と共に扉が開かれた。そこには壁の両脇に申し訳程度に灯された蝋燭の炎がゆらゆらと揺れて、薄暗い地下への階段を不気味に彩っている。アクアの腕に置いた手の平が緊張で冷えるのがわかったけれどここで怯んだ様子は見せられない。
僕とアクアは今回初めて地下オークションの参加権利を得た皇都の伯爵家の人間――に成りすましている。本人達は公女様が用意した偽の招待状を持って全く別の場所へ行っているだろう。そしてオークション主催者に騙されたと思った彼らは貴族のプライドも手伝って必ずこのオークションの存在を騎士団に漏らす筈だ。
ただ騎士団が乗り込んで来る頃には裏にいる誰かは痕跡も残さず消えているだろうから先に乗り込んで裏にいる誰かを調べておきたい、というのがアクアの主張だった。
(そう上手くいくかな?)
カツ、カツ、と僕のヒールの音が階段を下りる度に響き、夜中の開催だからただでさえ静かだった外の気配が遠くなる。ここから先は誰かわからない相手のテリトリーだ。
前の人生で戦場を駆けていた時を思い出してアクアの腕に置いていた手をぎゅ、っと握りしめたらアクアにその手を握られた。
「そう構えるなって。俺達はただ見に来ただけだ」
ここで何が行われているのか。
この主催者が誰なのか。
どんな人が参加していて、何がオークションにかけられているのか。
ただ見に来ただけ。
粗末に見える木の扉がギィィ、と重苦しい音を立てて開いた。
僕は憮然と目の前にいるアクアを睨んだ。
履いた事のないヒールの靴で足元はフラフラするし、腰回りを締め付けるコルセットは苦しいし、足首まであるドレスはいつ裾を踏んでしまうかわからなくてハラハラするし、薄茶色に染まったままの髪を結い上げられて晒されたうなじはスースーして落ち着かないし、あげればキリがないくらい不満だらけだというのにアクアは楽し気に僕を見下ろしてくるから余計に腹が立つ。
部屋の中の大きな鏡には化粧を施された自分の顔が映っている。ムス、と歪める唇には艶やかな赤の口紅、ツリ目がちな目の周りには青のアイシャドウ。背中部分が大きく開いた宵闇のような濃いめの紺のドレスは途中から色を薄くしていくグラデーション仕様で、胸元の控え目なレースは黒だ。スカート部分に散りばめられた小さな宝石が灯りに照らされてキラキラと光っていて、持たされた黒い扇を開けばふわりと花のような香りがした。
随分と妖艶な雰囲気に仕上げられたけれど全くもって嬉しくない。
「元が良いと女装も良く似合うなぁ。綺麗だぞ」
「うるさいよ。どうしてこうなったか、って訊いてるんだけど」
「まぁ妖艶さに比べて胸元が寂しいのは仕方がないか」
むに、と揉まれた胸元には申し訳程度の膨らみがある。詰め物が入ったそこは勿論体の一部じゃないから触られても何にも感じないけれど、持っていた扇でその不埒な手をバシリと叩き落とした。
「僕が本当の淑女だったら、あんたもう犯罪者だから」
「お、気位の高そうな感じが最高だな。その調子その調子」
「狙ってやってるわけじゃないんだけど!」
本当にイライラする。バシバシと手の平に扇を叩きつけて苛立ちを顕わにアクアを睨みつけてもちっとも効果がないのがすごく腹立たしい。
アクアもまた僕のドレスと合わせたような色合いの黒に近い紺の装束を纏っている。首元を飾るクラバットは淡い水色で、それを止めるブローチは夜空を映したかのような金粉が散りばめられていた。未だ僕の首にかけられたままの防御石と同じ色合いのそれはイグニスの物を借りたそうだ。
そのイグニスは先に現地へ行って給仕に扮しているらしい。――一体どこの何に参加させられるのか、僕は全く聞いてないんだけど。
数日前、案の定夜の闇に紛れて男達を解放した警備隊は彼らに“保護”と銘打って留めていた子供達を渡した。そこで金品の受け渡しがあった事も確認済みだ。尤も僕はその場にいなかったから実際見たのはアクア達だけど。
子供達の中に精霊師がいるかどうかはまだわかっていない。ただそのまま船で国外に出るかと思っていた男達は子供達を馬車に乗せ別の町へ向かったと言う。そのまま男達を追っていたイグニスからアクアに何かしらの連絡が来たのは昨日の事で、今その町の手前で何故か通されたそれなりの大きさの館で用意されていたドレスをそこにいた使用人達に着せられたのである。
しかもこの衣装を用意したのはアクアから連絡を受けた公女様らしい。アクアは若干体に合わなかった部分の手直しが必要だったのに対し、どうして僕の体には全てがピッタリ合うんだろうか。ちょっと怖い。
「そろそろ何なのか言ったらどう?」
どうしてこんな目に遭うのかわからず、じろ、と睨むと肩を竦めたアクアが懐から一枚の紙を取り出した。羊皮紙と同じく紙もまた高価な物だ。一体何なのかと開いて読み進める内にキュ、と眉間に皺が寄る。
「――皇都の騎士団に渡した方が良いんじゃないの」
アクアが手渡して来たのはどうやって手に入れたのか、会員制地下劇場で行われるオークションの招待状だった。
家門がわかる物を掲げていない、けれど豪華な馬車が停まる。黒い仮面で目元を隠したアクアが僕に手を差し出したから、内心忌々しい思いをしながらその手を取った。僕の顔にも同じ目元だけが隠れる仮面がついている。
扉の前に立つ番人に招待状を掲げると恭しい礼と共に扉が開かれた。そこには壁の両脇に申し訳程度に灯された蝋燭の炎がゆらゆらと揺れて、薄暗い地下への階段を不気味に彩っている。アクアの腕に置いた手の平が緊張で冷えるのがわかったけれどここで怯んだ様子は見せられない。
僕とアクアは今回初めて地下オークションの参加権利を得た皇都の伯爵家の人間――に成りすましている。本人達は公女様が用意した偽の招待状を持って全く別の場所へ行っているだろう。そしてオークション主催者に騙されたと思った彼らは貴族のプライドも手伝って必ずこのオークションの存在を騎士団に漏らす筈だ。
ただ騎士団が乗り込んで来る頃には裏にいる誰かは痕跡も残さず消えているだろうから先に乗り込んで裏にいる誰かを調べておきたい、というのがアクアの主張だった。
(そう上手くいくかな?)
カツ、カツ、と僕のヒールの音が階段を下りる度に響き、夜中の開催だからただでさえ静かだった外の気配が遠くなる。ここから先は誰かわからない相手のテリトリーだ。
前の人生で戦場を駆けていた時を思い出してアクアの腕に置いていた手をぎゅ、っと握りしめたらアクアにその手を握られた。
「そう構えるなって。俺達はただ見に来ただけだ」
ここで何が行われているのか。
この主催者が誰なのか。
どんな人が参加していて、何がオークションにかけられているのか。
ただ見に来ただけ。
粗末に見える木の扉がギィィ、と重苦しい音を立てて開いた。
34
お気に入りに追加
308
あなたにおすすめの小説

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜
車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第二の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました
西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて…
ほのほのです。
※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

イケメンに惚れられた俺の話
モブです(病み期)
BL
歌うことが好きな俺三嶋裕人(みしまゆうと)は、匿名動画投稿サイトでユートとして活躍していた。
こんな俺を芸能事務所のお偉いさんがみつけてくれて俺はさらに活動の幅がひろがった。
そんなある日、最近人気の歌い手である大斗(だいと)とユニットを組んでみないかと社長に言われる。
どんなやつかと思い、会ってみると……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる