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僕には関係ない

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「こ、こいつがどうなっても良いのか!!」

 膝の骨を砕いて泡を吹いて悶絶する一人から目を逸らし、最後の一人に目を向けた所で木箱の裏から急に引っ張り出されたのは茶色の髪をおさげにした僕より年下っぽい女の子だった。大きな茶色の瞳に沢山涙をためて震えている。愛らしい顔立ちは恐らく数年経てば見目の良い少女になるだろう。だから男達に目をつけられたのだと思う。ただ僕としては、
 
「で?」

 という以外の答えはないのだけれど。
 その答えに少女ばかりか男も驚愕に目を見開いた。
 いやどうしてそこまで驚かれるのかが謎なんだけど。だって僕は正義に燃える人間なわけじゃないし、悪人を捕まえる仕事をしているわけでもない。皇妃だった僕ならもしかしたら民を盾に取られたら動けなかったかも知れないけれど、今の僕は見知らぬ人への優しさが必ずしも良い結果を生み出すわけではない事を知っている。これがカミラだったなら少し考えると思うけれど多分攻撃をやめる、って選択肢はないと思う。ただカミラだった場合、遠慮なく精霊術も使って無傷で取り戻すけど。

「近付いたらこいつを殺すぞ」

「どうぞ?」

 そもそも僕が近寄れた時点で少女に危害を加える前に倒せると思う。
 助かるかも、と思っていた所で聞いた僕の冷たい言葉に絶望してるんだろう。少女がほろほろと泣き出した。

「ねぇ、君が弱いのはわかるけど泣いてるだけじゃ何も変えられないよ」

 昔の僕みたいに。

「泣いて無駄に体力使うのやめときな」

 泣いてたって助けは来ない。なら自力で逃げないとどうにもならない。現状を変えたいなら自分で動くしかない。怖がってたって何1つ変わらないから。
 ただきっとまだ彼女には力が足りないだろう。少女が一人、自力で男達から逃げられるわけはない。力はあったのに言うべき言葉を飲み込むばかりだった僕と状況は違うから。

「助けて欲しいなら大声出して」

 助けて。
 その一言で救われる可能性がある限りは泣かずに大声で叫べ、と。

「た、助けて……、助けてーーーッ!!」

「このガキ……ッ!」

 少女の頭に振り下ろそうとしたナイフの柄を手の平で受け止めて、男が驚いた顔で僕を見た時には反対の手の平が男の顎を捉えていた。掌底を打ち込まれた男がぐるんと白目を剥いて倒れ込んで、また派手に音を立てて壊れた木箱の裏からは少女と同じくらいの年頃の子供達が涙を浮かべて僕を見ていた。

 ◇◇

 あの後騒ぎを聞きつけてやって来た警備兵は見るからに面倒そうな顔をしていて、さらには随分と高圧的な態度で僕達を警備隊の詰め所に連行しようとした。その態度はとてもじゃないけどあと一歩で国外へ売られそうになっていた子供達に向けるものではない。
 僕は騒ぎに気付いたアクアが迎えに来てくれたからすでに解放されているけれど、人攫い達を殴り飛ばした事を遠回しに責められた。あの場に残して来た子供達は一様に縋るような視線で僕を見てきたけれど今の僕にはどうにも出来ない。

「災難だったな」

「別に」

 指先に刺さった棘のように子供達の縋る目が脳裏を過る。
 きっと前の人生でもこの町では誘拐事件が頻発していたのではないだろうか。皇都の騎士達は何度もこの町に視察に来ていたけれど、この町の警備隊が誘拐犯の味方をしていたら?現に今彼らは誘拐犯をおざなりに拘束しただけで取り調べをしようとする素振りもなかった。
 ならば僕がこの町を視察しようとするのを頑なに止めたテオドールは?

(――知っていた……?)

 あの誘拐犯達は“伯爵”と言った。それはクロレス伯爵の事なのではないのか。
 クロレス伯爵家はシルディバルト侯爵家の臣下にあたるけれど、伯爵自身はライバル関係にあるマジェラン侯爵と懇意にしている。公女様の話では今も昔もその背後にいるのはユヴェーレンだという。
 精霊師誘拐にユヴェーレンが関わっているのは間違いない。だけど、今回あの場にいたのは力を持たない茶髪茶眼の子供達だけだった。

(何の関係もないかも知れないけど……)

 でももし何か関係があったとしたら。前の人生でテオドールが関わっていたとしたら?
 今回もまたテオドールが関わっているのではないだろうか。皇妃だった頃どんなに捜しても見つけられなかったクロレス伯爵の悪事を白日の元に晒す事が出来るのでは?そこからテオドールの立場を揺るがす事は出来ないだろうか。
 そこまで考えて、ふ、と力を抜く。

(馬鹿だな……)

 もう僕には何の関係もない話だ。この国がどうなろうと、それは国を統治する人の責任でもう僕は関係ないんだ。

「何考えてるか当ててやろうか」

 ふと笑いを含んだアクアの声がして隣を見上げる。アクアは手に持っていたカップを道に備え付けられているゴミ箱に捨てて笑いを含んだまま僕を見た。
 そうだ。さっきアクアが買ってきてくれた飲み物忘れてた。クロレス伯爵領にはブドウ農園が多く、ここで採れるブドウから出来るワインは皇都でも人気が高い。その中でアルコールが苦手な人向けにジュースも作っていたのは良く覚えている。アクアが買ってきてくれたブドウジュースはどうやら彼の魔力で冷やしてあったらしくずっと握っていた手がひんやりと冷たくなっていた。
 一口飲むと口に広がる芳醇な香りと新鮮なブドウの甘さはモヤモヤとしていた頭の霧を少しだけ晴らしてくれる。

「この誘拐未遂、気になってるんじゃないのか?」

「……気になったからって何だって言うの。今の僕には関係ないから」

「そう?俺は調べに行くけど、ベリルは宿に帰るか?」
 
「……調べるの?どうして?あんたにはもっと関係ないんじゃない?」

 他国の事に首を突っ込んだって相手にしてもらえるわけないのに。

「この町からも精霊師が数人消えてるんだ」

 
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