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場違い
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アクアに促され降りて、ポカンと口を開ける。
え、待って待って。これって庶民の泊まる宿じゃないよね?荷馬車で入って良い場所でもないよね?
僕は生まれてこの方旅行なんてものには縁がない。前の人生では泊まるのは貴族の屋敷か、内乱中の野営地のテントかの二択だったし、カミラと村まで行った道中は安宿にしか泊まらなかった。
今目の前にそびえ立つのは石造りの門。その向こうに馬車止めがあって、さらにその向こうには小さな池があって木の橋がかかっている。玄関はその先に見えているあれがそうだろうか。この地方の特産である白く美しい石をふんだんに使った建物は白亜の城のようだ。玄関には重厚な黒の木材が使われていて、そこに至るまでの道は池の向こうからランプの灯りで煌々と照らされている。
(絶対場違い……!)
アクア達は冒険者だからもしかしたらかなり稼いでいるのかも知れない。他国まで足を伸ばす仕事を請け負う冒険者はランクが高いと聞いた事がある。ランクが高いという事は、稼いでいる金額も相当だという事だ。
だとしても、これはあまりにも場違い感が半端ない。主に僕が。
「ちょっと、ここに泊まるつもり?」
「そうだけど?あ、代金は半額だから心配すんな」
「半額?」
「前にこの宿屋の食材を積んだ商隊が魔獣に襲われてるのを助けた事があってさ」
その時次近くに来た時は泊まってくれと言われていたのだとか。いや、だとしても僕は関係ないし半額とは言え絶対高いこんな宿屋にお金を払ったら半年分くらいの食費が飛んでしまいそうだ。いつか旅出る時の為に貯めていたお金をいきなりここで散財するわけにはいかない。
「……僕はここじゃない所に泊まるから」
「何で?」
「何でじゃないでしょ。半額とは言え僕がこんな所に泊まれるだけのお金を持ってると思うの?」
「アクア、例の件説明してないんですか?」
「あ」
うっかりうっかり、なんて頭をかきながらアクアが教えてくれたのは信じられない話だった。
僕の本当の母親だと言う人が、彼女の元に連れて行くまでに僕にかかったお金は全部出してくれるのだという。そんな甘い話があるか、と反論したけれどあっさり見せられた契約書には本当にその事が書かれていて信じられない気持ちで二人を見上げた。
署名に関しては個人の情報に関わるからと特殊なインクで書かれていて、特別な薬品をかけないと出て来ない仕組みになっているのは精霊国も皇国も同じらしい。特殊なインクの臭いは覚えているから間違いない。
「何なのその人。金持ちの道楽者?」
僕の母とやらは貴族なんだろうか。
「道楽者というよりは、愛情深い人だよ」
ふ、と目を細めて穏やかに笑うアクアを見上げる。
懐かしそうな、どことなく恋しそうな。遠征先で恋人に文を送る兵士が良くこんな顔をしていたのを思い出す。
ただ“愛情深い”というのは少し腹立たしく思う。僕がエゼルバルド伯爵家にいた理由はわからない。どんな事情があって手放す必要があったのか、どうして今まで放置していたのに急に捜しに来たのか。
愛情深い母親が子供を手放す理由の1つは、平民の家に生まれながら魔力の高さや優秀さを認められた我が子が裕福な貴族の養子に、と望まれた場合だ。家にいるよりしっかりと食事が出来て、しっかりした教育を受けられて、認められればしっかりとした職に就くことができる。そういう場合は泣く泣く手放す事があるという事は知っている。現に学園にもそういった境遇の子はいたし。
けれど、多分高ランク冒険者のアクア達を雇ったり、僕にかかる費用は全額負担すると言っているのを聞く限り金銭面に困って僕を手放したわけではなさそうだ。しかも今回の僕は伯爵に精霊師である事を明かしていないからより一層手放した理由がわからない。
アクア達に理由を聞いても教えてはくれないだろう。だったらいっそ支払いに困るくらい金を使ってやれ、と開き直る。
「次の町からは普通の宿屋なんでしょ」
「俺達も無限に金を持ってるわけじゃないしな」
「だったら、一度くらい贅沢してみたい」
こんないい宿に泊まれるなら、カミラも連れて来てあげたかったな。
(僕の母親はカミラだけだ)
開き直って中に入ってみたものの。
中は予想通りあり得ないくらい煌びやか。赤い絨毯は毛足が長くふわふわと足を包み込む。明るい室内には観葉植物が並べられ青々とした葉を茂らせている。入口から入って少しすすんだ先にある階段は突き当たると左右に分かれそのまま螺旋状になっているようだ。
やっぱり中も豪華で綺麗だな、なんて思っているとふ、と脳裏を過るのは皇城のホールの光景。豪華さは桁違いだけど、同じような赤い絨毯と同じような階段があって。奥からは王族が出て来て豪華な椅子に座る。皇帝陛下と皇后陛下の挨拶が終わって、テオドールの挨拶になった時に事もあろうかユヴェーレンとの婚約を発表したんだったな。
「ベリル?」
ハッと視線を上げれば不思議そうな顔をしたアクアの顔が近くにあって思わず後ずさってしまった。
「何?近いんだけど」
「声かけても返事しないからだろ~」
ほら、部屋行くぞ、と先に立って歩く背中に付いて行く。
(どうして消えないの)
もう忘れたいのに、何度も繰り返す記憶に嫌気がさす。こんなのもう呪いだ。忘れようとしてもそれすら許さないとばかりに何度でも記憶の底から蘇ってくる。蓋をしていたって簡単に開けて何度でも僕を苦しめる。
ソッと触れた首からはトクトクと確かな拍動が聞こえた。
え、待って待って。これって庶民の泊まる宿じゃないよね?荷馬車で入って良い場所でもないよね?
僕は生まれてこの方旅行なんてものには縁がない。前の人生では泊まるのは貴族の屋敷か、内乱中の野営地のテントかの二択だったし、カミラと村まで行った道中は安宿にしか泊まらなかった。
今目の前にそびえ立つのは石造りの門。その向こうに馬車止めがあって、さらにその向こうには小さな池があって木の橋がかかっている。玄関はその先に見えているあれがそうだろうか。この地方の特産である白く美しい石をふんだんに使った建物は白亜の城のようだ。玄関には重厚な黒の木材が使われていて、そこに至るまでの道は池の向こうからランプの灯りで煌々と照らされている。
(絶対場違い……!)
アクア達は冒険者だからもしかしたらかなり稼いでいるのかも知れない。他国まで足を伸ばす仕事を請け負う冒険者はランクが高いと聞いた事がある。ランクが高いという事は、稼いでいる金額も相当だという事だ。
だとしても、これはあまりにも場違い感が半端ない。主に僕が。
「ちょっと、ここに泊まるつもり?」
「そうだけど?あ、代金は半額だから心配すんな」
「半額?」
「前にこの宿屋の食材を積んだ商隊が魔獣に襲われてるのを助けた事があってさ」
その時次近くに来た時は泊まってくれと言われていたのだとか。いや、だとしても僕は関係ないし半額とは言え絶対高いこんな宿屋にお金を払ったら半年分くらいの食費が飛んでしまいそうだ。いつか旅出る時の為に貯めていたお金をいきなりここで散財するわけにはいかない。
「……僕はここじゃない所に泊まるから」
「何で?」
「何でじゃないでしょ。半額とは言え僕がこんな所に泊まれるだけのお金を持ってると思うの?」
「アクア、例の件説明してないんですか?」
「あ」
うっかりうっかり、なんて頭をかきながらアクアが教えてくれたのは信じられない話だった。
僕の本当の母親だと言う人が、彼女の元に連れて行くまでに僕にかかったお金は全部出してくれるのだという。そんな甘い話があるか、と反論したけれどあっさり見せられた契約書には本当にその事が書かれていて信じられない気持ちで二人を見上げた。
署名に関しては個人の情報に関わるからと特殊なインクで書かれていて、特別な薬品をかけないと出て来ない仕組みになっているのは精霊国も皇国も同じらしい。特殊なインクの臭いは覚えているから間違いない。
「何なのその人。金持ちの道楽者?」
僕の母とやらは貴族なんだろうか。
「道楽者というよりは、愛情深い人だよ」
ふ、と目を細めて穏やかに笑うアクアを見上げる。
懐かしそうな、どことなく恋しそうな。遠征先で恋人に文を送る兵士が良くこんな顔をしていたのを思い出す。
ただ“愛情深い”というのは少し腹立たしく思う。僕がエゼルバルド伯爵家にいた理由はわからない。どんな事情があって手放す必要があったのか、どうして今まで放置していたのに急に捜しに来たのか。
愛情深い母親が子供を手放す理由の1つは、平民の家に生まれながら魔力の高さや優秀さを認められた我が子が裕福な貴族の養子に、と望まれた場合だ。家にいるよりしっかりと食事が出来て、しっかりした教育を受けられて、認められればしっかりとした職に就くことができる。そういう場合は泣く泣く手放す事があるという事は知っている。現に学園にもそういった境遇の子はいたし。
けれど、多分高ランク冒険者のアクア達を雇ったり、僕にかかる費用は全額負担すると言っているのを聞く限り金銭面に困って僕を手放したわけではなさそうだ。しかも今回の僕は伯爵に精霊師である事を明かしていないからより一層手放した理由がわからない。
アクア達に理由を聞いても教えてはくれないだろう。だったらいっそ支払いに困るくらい金を使ってやれ、と開き直る。
「次の町からは普通の宿屋なんでしょ」
「俺達も無限に金を持ってるわけじゃないしな」
「だったら、一度くらい贅沢してみたい」
こんないい宿に泊まれるなら、カミラも連れて来てあげたかったな。
(僕の母親はカミラだけだ)
開き直って中に入ってみたものの。
中は予想通りあり得ないくらい煌びやか。赤い絨毯は毛足が長くふわふわと足を包み込む。明るい室内には観葉植物が並べられ青々とした葉を茂らせている。入口から入って少しすすんだ先にある階段は突き当たると左右に分かれそのまま螺旋状になっているようだ。
やっぱり中も豪華で綺麗だな、なんて思っているとふ、と脳裏を過るのは皇城のホールの光景。豪華さは桁違いだけど、同じような赤い絨毯と同じような階段があって。奥からは王族が出て来て豪華な椅子に座る。皇帝陛下と皇后陛下の挨拶が終わって、テオドールの挨拶になった時に事もあろうかユヴェーレンとの婚約を発表したんだったな。
「ベリル?」
ハッと視線を上げれば不思議そうな顔をしたアクアの顔が近くにあって思わず後ずさってしまった。
「何?近いんだけど」
「声かけても返事しないからだろ~」
ほら、部屋行くぞ、と先に立って歩く背中に付いて行く。
(どうして消えないの)
もう忘れたいのに、何度も繰り返す記憶に嫌気がさす。こんなのもう呪いだ。忘れようとしてもそれすら許さないとばかりに何度でも記憶の底から蘇ってくる。蓋をしていたって簡単に開けて何度でも僕を苦しめる。
ソッと触れた首からはトクトクと確かな拍動が聞こえた。
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