今度は殺されるわけにいきません

ナナメ

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世界の強制力は働いている

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 思わず大声を出してしまった僕を宥める様に一度微笑んだ公女様は、一呼吸おくと再びきゅ、っと眉を寄せて言葉を続けた。

「私が知る未来はいくつかあるけれど、そこに繋がる全てに貴方の死があるわ」

 公女様曰く、テオドールの婚約者。僕の死。この2つは切り離せない物――だったらしい。

「貴方がテオドール殿下の婚約者になるのは必然だった。けれど、私がを知ってから今日まで貴方が殿下の前に現れた事はなかったわね」

「もう、二度と……会いたくありませんから」

「私の知る未来の貴方は国の事を考え、そして殿下の事をとても愛していらしたわ。そんな貴方が殿下の側にいない……だから私は貴方も私と同じ、未来を知っている者だと思ったの。そして数ある未来の中、貴方が一番酷い方法で殿下に裏切られたのだと思ったわ」

 僕が知る未来は1つしかない。
 濡れ衣を着せられ、尊厳を奪われ、そして殺された、あの未来しか。
 けれど公女様は他にも未来があったのだと言う。もし僕がもっとうまく立ち回れたなら、もっとマシな未来があったのだろうか。今となっては何も関係のない事だけれど。

「もし貴方の死が他の物だったのなら、貴方は過去をやり直したとしてもきっと殿下のお側を離れなかったでしょう」

「……そんな事は……」

 ない、と言い切れなくて口を噤む。
 確かに盲目的にテオドールしか見ていなかった僕は、もしあの死に方ではなくもっと救いのある死に方をしていたらせっかくやり直した人生でもまたテオドールの側にいたかも知れない。今度こそ死なないように、でもまた側妃になってあんな扱いをされるのは悲しいから婚約者にはならず、ただの側近として。そして公女様の言葉を信じるのなら、また同じようにテオドールに殺されていたかも知れない。それくらい、前の人生の僕は愚かだったから。

「僕が何故過去に戻ったのか、公女様はご存じですか?」

「確証はないけれど、仮説はあるの。貴方が処刑されたあの日、新月が終わって精霊王達が皇国を滅ぼした――その時に愛し子の貴方を救う為に精霊の秘術を使ったのではないかしら」

 千年に一度、死者を蘇らせる事の出来る精霊達の秘術。その後数百年6大精霊王の霊力が半減してしまう為過去を遡っても精霊王達が死者を蘇らせた記録はないという。
 それを僕の為に使った――?

「もう一度言うけれど確証はないわ。精霊達も教えてはくれないでしょう?」

 きっと上位精霊達ですら知らないだろう秘術だ。精霊王以外の精霊達は真相を知らないだろうし、何より一度消滅してしまったリーには消えてしまう前の記憶はなかった。僕だけが過去をやり直しているのならば今ここに存在する精霊達は何も知らないだろう。恐らく精霊王達は知っているだろうけれど、それを聞く為だけに喚び出していい存在ではない。

「理由はどうあれ、せっかく助かった命よ。今度は貴方自身の幸せを追うべきではなくて?」

「……でも僕は死ぬ運命にあるのでは?」

「そうね。私が知る未来では、そう。――けれど貴方は殿下から離れ、殿下の婚約者という決まっていた道から外れたわ」

 外で雷がなってびくり、と肩を揺らすと公女様は小さく慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。ユヴェーレンなんかより、余程聖女のような微笑みだ。
 思えば前の人生で一度も話す事のなかった公女様と今こうして向き合っている事自体不思議で仕方ない。

「貴方は死に向かうはずだったこの村の住人を救った。世界の強制力は働いたわ。他の地区では私が知る未来と同じ時期に病は流行ったの。私もその未来に備えて、被害はかなり食い止めたと思うのだけれど」

 完全に食い止められたのは僕がいるこの村だけだった、と。しかも魔物避けの柵について小領主であるダンゼン子爵が相談してきたり、ずっと独身を貫いた子爵が結婚したり、何よりも学園にも、エゼルバルド伯爵家にも僕がいないという公女様の知る未来と違う事が起こった。

「だから私は未来を知る貴方がこの村にいるのではないか、と思ったの。この村は――前の人生で貴方の大切な乳母が亡くなった場所でしょう?」

「……本当に全て知っているんですね」

「きっと貴方が知らない事も私は知っているわ」

 例えばそうね、と頬に手を当てる公女様がまた稲光で光った外を一瞬見て、微笑む。

「ところで先程から気になっていたのだけれど、お外の方はお知り合いかしら?」

「外?」

 窓から外を見るけれど、僕の目には何も映らない。でも1つ可能性を思いついて、思わず苦虫を嚙み潰したような顔になってしまう。
 だってこんな荒天にわざわざ僕について来そうな人の心当たりなんて、1つしかない。トムじいさんやカカ母さんも心配はしてくれてただろうけれど、いくら2人が元冒険者だからってこんな雨の中ついて来たりしないだろう。それもこっそりと、だなんてありえない。
 きっとアクア達だ。

「――ただの不審者だから気にしなくていいと思います」

「あら……不審者?警備兵は村に配備されていなかったかしら?」

「いますけど、不審なだけですから」

 まだ何か犯罪を犯したわけではない。いや、人の後をこっそり付けてきたんだとしたらそれを理由に警備兵に突き出せないだろうか。

「こちらのお話を聞いていたとしたら、一度ここへお招きしなければいけないわ。――ニュクス」

「手練れのようです。やり合ったら傷を負います」

 ニュクスと呼ばれた護衛の男はフルフルと首を横に振って、公女様は頬に手を当てたまま色付く唇から小さな吐息をつく。

「そうね。なら……アレキサンドリート様、人質になってくださる?」

 にっこり笑いながらも有無を言わせない口調はどこかアクアに似ていた。

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