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新たな客人

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 夜食というには多かった鍋の中身は殆どイグニスが食べたけれど、それを片付けて宿屋に戻るアクア達に収穫した野菜をいくつか入れた鍋を預けて僕が寝ようとしている時間の事だ。早朝から元気な村の人達の賑やかな声を聞きながら眠りにつくんだけど、今日のざわめきはいつもと違う事に気が付いた。
 普段なら畑の具合がどうとか狩りや釣りには良い日だとか楽し気な声がしているのに、今日は何だかひそひそと――地声がデカいから全然潜められてない――声がしている。どこか困惑の大きい様子が気にかかり日陰になった窓から外を見た。
 昨晩降った雨は今やんでいるけれど、どんよりと曇った空はまたいつ雨粒を落とすかわからない。

(馬車?)

 商家の使うような馬車が1台村の入口に停まっていて、村長が御者と何事か話をしてる。会話は全然聞こえないけど遠目に見える村長が困惑している様子なのは見て取れた。

「フィン」

『何だ?』

「あそこの会話、流してくれない?」

 いつものようにニンマリした笑みを浮かべたフィンがふわ、っと消えて次に現れたのは馬車に繋がれた馬の側。精霊師がいたらこの時点で気付かれる危険があったけど幸いその様子はない。例え精霊師がいても、闇の下級精霊であるフィンは精霊師であろうと捉えにくい存在だから余計に気付かれにくい筈。
 馬は背中のフィンに気付いて嘶いたけれど敵意がないとわかったのかそのまま大人しくなった。

 ――ここにそのような名前の人間はいません。

 ――村やその人物に迷惑をかけたいわけではない。ただ会わせてもらいたいだけだと主は言っている。

 ――そう言われても該当する人物はおりませんので。

 フィンを通して伝わって来た会話は直前の事がわからないから意味不明だけど、どうやらあの馬車の持ち主が人探しをしているらしい。
 最近人を捜しているっていうのが流行りなんだろうか。こんな小さな村に一体誰を、と思った瞬間それは聞こえた。

 ――アレキサンドリートという名ではないかも知れない。色持たずで17歳の少年はいないだろうか。

 ひゅ、と息を飲んだ。
 ……僕?僕を捜してるって?どうして?アクアの仲間?やっぱりアクア達が嘘を言っていたのだろうか?でも僕がアレキサンドリートだと確信したのは昨日の筈だ。昨日確信した時点で早馬を出したとしてもこうも早く仲間が来るだろうか。それに逆を言えば今そこにいる人物は僕がここにいる、と確信している感じではあるけど“ベリル”が今の名前だと知っている様子はない。
 じゃあこの人達は一体誰?何の目的で僕を捜してるの?
 とりあえず全ての窓の施錠確認をしていつも以上にきっちりとカーテンを閉める。その間にも村長と御者の会話は続いている。村長は僕の事だってわかった上で知らない、と言い張ってくれていて、それなのに相手は絶対ここにいる筈だと言い募る。

 どうしよう。エゼルバルド伯爵に居場所がバレた?皇族に目をつけられる事はしてないし、精霊術だって極力使わないようにしてきた。まだ人目がある時に外へ出る必要があればローブで全身隠してたし、色持たずである事は村の皆も知っていて黙ってくれていた。

 ――時間がないんだ。本人の身の安全の為にも会わせてもらえないだろうか。

 ――そう言われてもいない物は会わせようがないので。

 身の安全の為?いや、悪党が使う常套手段じゃないか。危険があると思わせておいて親切なふりをして近付いて、実はグルだったっていう。
 部屋の隅できっちりローブを着こみ膝を抱えているとコンコンとノックの音が聞こえて文字通り跳び上がってしまった。

「ベリル、起きてるな」

「トムじいさん!」

 覗き窓から見るといつものように鍋を被って鍬を持ったトムじいさんが鎌を持ったカカ母さんと玄関前に立っている。

「もしここに来ても畑仕事のふりして追い返してやるから安心しな」

「ありがとう、カカ母さん」

 いざとなったら表に出るつもりではいたけれど、二人の気持ちが嬉しい。前の人生でこうして面と向かって味方だと言ってくれる人は誰もいなかったから、捜されているという恐怖で冷え切った心が暖かくなる。
 二人の気遣いにホッと息を吐いた時耳に届いたのは、鈴を転がしたかのような可憐、と言える声だった。

 ――朝早くからお騒がせして申し訳ないのだけれど、どうか色持たずと呼ばれる外見の少年に会わせては頂けないかしら。彼の命がかかっているの。……マジェラン侯爵家が捜していると伝えたら、もしかしたら彼には伝わるかも知れないわ。

 さっきまで感じていた以上の恐怖で、足元がぐらついて立っていられない。
 マジェラン侯爵家。それはユヴェーレンの実家だ。どうしてユヴェーレンの家が僕を捜す必要がある?僕は学園にも通わなかった。6歳でエゼルバルド伯爵家から勘当されたから社交界で顔も名前も知られていない筈。貴族とはもう何の関わりもない筈だ。

 ――わたくしの名はマルガレート・ベレリヒト・クレル。かつてアレキサンドリートと呼ばれていた方にどうしても会わなければならないのです。

(クレル家の公女様!)

 前の人生ではほとんど関わる事がなかったけれど、学園で彼女は有名だった。クレルの姫君、若葉の君、学園1の秀才、淑女の鑑、他にも色んな2つ名があったと記憶している。僕と共に婚約者候補に名前が挙がっていたらしいけれど、結局精霊師としての名が皇族にとって魅力的だったのか公爵家の姫である彼女を差し置いて僕がテオドールの婚約者に内定したんだ。

 ――今すぐに、というのは難しいでしょう。また今夜ここに参ります。しかし時間はありません。マジェラン侯爵家はすでに動き出している。貴方を死なせたくないのだと、その言葉をどうか彼にお伝えください。

 
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