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魔獣との戦い

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 月明りに反射してキラキラと散る氷。そのまま魔獣の拳が壁のあった向こうへ吸い込まれていく。それは時間にしてほんの一瞬だ。壁の向こうにいた二人が体勢を立て直せていたかはわからない。

 迷っている暇なんてない――それはわかっているのに、どうしても精霊術は使えない。二人が“アレキサンドリート”を捜している詳しい理由を聞いていない。エゼルバルド伯爵家からの依頼ではないという確証もなければ、違ったとしても精霊術を使った事で実家に力を隠していた事を知られるかも知れない。
 そこまでにまた数秒。

(――見捨てるの?)

 斬り捨てられた魔獣の数を見る限り二人が強いのはわかっている。
 だけどこの巨大な魔獣を前に二人が手こずっているのもわかった。魔素がまだ魔獣に流れてただでさえ厄介な相手がさらに強くなってるんだ。あの巨体とあのスピードは反則だと思う。

 ドン!!とまた地面が揺れた。良かった。何とか二人は攻撃を避けてくれたらしい。だけどこのままだと巣を燃やすのが早いか、媒体を失ってこっちがジリ貧になってしまうのが早いかだ。
 木の上から頭を狙って放った矢はやはり簡単に払われてしまう。

「少年!!」

 ハッと気付けば僕のいる木の真下に魔獣が来ていた。グラリと揺れる木。魔獣が幹を掴んで持ち上げている。
 今地面に降りれば着地より先に魔獣の爪の餌食になる。バキバキと音をさせながら根が切れ完全に宙に浮いた。咄嗟に木にしがみ付いて衝撃に備える。
 耳元でブォン、と風がなった。

(――嘘)

 僕を乗せたまま宙を舞う木。下ではガキンガキンと爪を鳴らして威嚇しながら魔獣が待ち構えている。高すぎて飛び降りる事は不可能だ。いや、精霊術を使えば飛べる。だけど……。

「イグニス!」

 アクアの声が聞こえて下を見て、一瞬そこに誰がいるのかわからなかった。
 真っ赤な髪が見える。燃えるように輝く赤はイグニスの赤い髪とは違って本当に炎が宿っているかのよう。手の平から放たれたのは魔術じゃない。あれは――。

「精霊術……!」

「口を閉じていろ」

 え、と思う間もなくいつの間にか落下中の僕の側に来ていたイグニスの腕が胴体に回された。
 グン、と力強く引かれ思わずその首に手を回してしがみつく。ふわりと体が浮く感覚がしたかと思えば、またガクンと衝撃がありすぐさまふわりと浮く。
 何が起きてるのか目を瞑ったままではわからないけれど、感覚的には木々の上を跳んでいるような気がする。時折ガサ、とかバキ、とか聞こえるのは枝や葉の音だと思う。
 僕を抱えたままこんなに跳躍出来るとか……どんな身体能力してるんだ。

 最後にトン、と軽い衝撃が来た後腕が解けた。足の裏にはちゃんと地面の感覚。少し離れた所から魔獣の咆哮と霊力の気配がしている。
 そうだ。アクアはリーが見える。本人も半々だと言っていたからには精霊術を使えるのは不思議な事じゃない筈だ。

「……アクアが引き付けている間に巣を燃やす。フォローに行ってくれ」

「一人でも十分強そうだけど」

 咆哮の中に時折混じる悲痛な声は先程まで一度も聞こえなかった魔獣の悲鳴だ。勿論一人で戦わせるつもりはないから戻るけれど。

「魔術師と精霊師の狭間の制約は知らないのか」

「?知らない」

 話している暇も惜しいとばかりに走り出したイグニスの後を追う。足の速さは変わらない。けれど戦い慣れているらしいイグニスは同じように走っていても物音1つ立てずに走っている。
 それは過去内乱を収めにいった時の戦いで一番厄介だった戦士達と同じ走り方。いつの間にか背後に現れ命を獲られる。僕は精霊達がついていたから見極める事が出来ただけだった事を思い出した。

「アクアは本来魔術師としての素養が大きい。精霊術を使うと自身のダメージになる」

 舌を噛みそうで返事が出来ないとわかっているのか、端から返事は期待していないのかイグニスはそのまま走って未だ魔素を張りつかせている倒れた木に向かう。松明は消えているけれど木に燃え移った火は小さく燻っている。アクアが放った精霊術は魔獣に防がれたのか木には届かなかったらしい。
 アクアの髪は元の深い海を思わせる濃いめの青に戻っていて、さっきの燃えるような赤が嘘のよう。

『ベリル、アクアしんどそう』

「うん」

 月明りの下額に滲んだ汗が散った。

「リー、一瞬目くらまし出来る?」

『良いよ~』

 まだ精霊術を使う決心はつかない。だけど無関係なのに魔獣の巣の破壊を手伝ってくれているアクア達ばかり頑張らせるのは違うと思う。最終的に頼んだのは僕だ。いくら向こうが折れなかったとは言え、いくらでも断りようはあった筈だから。

「合図したら光らせて」

 媒体の水が切れたのか剣で戦っているアクアは恐らく背後で巣を燃やしているイグニスを守っている。そして魔獣は巣を燃やすイグニスを阻止したいから、邪魔をするアクアに苛立っている。
 その目は僕を向いていない。
 だから僕はそっと矢をつがえた。キリキリと弦を引いて狙いを定める。
 イグニスの背中を見据え、その向こうのアクアが木々を使って跳びながら攻撃を加えているのを見据える。
 魔獣はちょこまかと鬱陶しいアクアに苛立って、アクアごとイグニスを薙ぎ払おうとするけれどそうなるとまたアクアが精霊術にチェンジして炎の壁で弾く。
 でもそれは長く保たない。だからこそ燃やすのはイグニスの役割だったのだろう。

『ベリル、まだ~?』

「まだ……」

 巣はまだ半分が残っている。魔獣は余力を残しているのにこっちはもうかなりジリ貧だ。媒体になる水も地面に吸われなかった水たまり程度しか残っていないし、木に残った小さな炎が消えてしまったら巣の魔素が尽きるまで魔獣の相手をしないといけない。
 弦を引き続ける腕が震えないように体勢を整えてその時を待つ。

『ベリル~』

「……まだだよ」

 射貫けるチャンスは一度きりだ。絶対失敗は出来ない。
 少なくなった氷が魔獣の拳を防いで、でも反対側から薙ぎ払おうとする腕に瞬時に反応したイグニスの槍が投擲される。
 魔獣の手が薙ぎ払う形から振り払う形で後ろに振られた。

「リー!!」

『はぁい』

 瞬間リーがカッと辺りを真昼のように照らしたと同時。
 僕の矢は仰け反った魔獣の片目を射抜いた。

 
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