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連れがいる
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「じゃあ、そういう事で連れが来るか明日まで頑張って」
「いやいやいやいや!!全然話終わってないから!頼むから帰らないで!じゃないと家までついてくよ!?」
「警備隊呼んでくる」
「呼ばないで!?村に食堂があるか教えてくれるだけでもいいから!」
お願い~、と野太い声で可愛く言われるけれど、とりあえず可愛さの欠片もないからやめて欲しい。
「……食堂はあるよ。村の一番大きな通り。この時間そこしか明るくないから行けばわかるし、二階は宿泊出来るようになってるから」
じゃ、と背中を向けると同時にゾワリと首筋に鳥肌が立つ。背後の男からの殺気じゃない。むしろ彼もまた殺気に気付き、剣の柄に手をかけている。
この気配は知ってる。たまに村の近くに現れる魔獣の気配だ。
(やっぱり今日来た)
この村の近くに魔獣の巣でもあるのか、この村は魔獣に襲われやすい。だから他の村にはない強固な柵が張り巡らされている。柵同士を繋ぐ鉄線には雷の魔力が込められていて、人間には反応しないが魔獣が触れれば即座に高圧電流が流れる仕組みになっている。
提案したのは僕だけど、仕組みを作ったのはカミラが嫁いでいった小領主ダンゼン子爵の知人……の娘らしい。
この電気柵が出来てからは村の中まで襲いにくる事は減ったけれど、それでも体の大きな個体はこうして時折村の近くに現れる。決まって半月の日に来るから今日も釣りをしつつ辺りを警戒してたんだ。
「少年、さっき精霊と話してたって事は精霊師だな?」
「まあ……そうだね」
やっぱりさっきの聞こえてたんだ。
この村は国境が近いから、傭兵や隣のオリルレヴィーからたまに精霊師が来るし僕以外の精霊師がいるのは不思議じゃない。姿を見られたとしても色持たずは僕だけではないし、誰も“ベリル”が“アレキサンドリート”だと思わないだろう。そもそもただの旅人がこんな小さな村の住人を気にする事はない筈だ。だからと言って気を抜くわけにいかないけど。
(もし万が一エゼルバルド伯爵に霊力があると知られたら……)
一度親子の縁は切られたとは言え、もし力を持っている事を知られたら再び手中に収めようとするのは目に見えている。絶対に再び親子の縁は結ばないと決めているけれど、あの伯爵の事だ。どんな手を使ってくるかわからない。
とにかく今世では貴族と関わらず、この小さな村でひっそりと生きていきたい。その為には絶対に元の家族に見つかる訳にはいかないんだ。
グルル、と喉を鳴らしながら姿を現したのは身丈3メートルあろうかという巨大な熊だった。普通の熊との違いは異様な長さの鋭い爪と禍々しく光る赤い瞳だ。興奮しているのか鼻息も荒くガチガチと牙を鳴らして威嚇している。また漂ってきた血の臭いに目をこらせば熊の腹辺りの毛が不自然に固まっているのが見えた。手負いの熊だろう。
「こいつ……まだ生きてたのか」
「……あんたを追ってきたって事?仕留めるならちゃんと仕留めてよね」
長く苦しむのが嫌なのは何も人間に限った事ではない筈だ。
「連れが崖から落ちて……ああ、いや、言い訳だな」
何かを言いかけてやめた男が自嘲気味に笑う。
「確実に仕留めてから離れるべきだった」
下手したら村にこの魔獣が入って来たかも知れない事を思えば、僕が男に怒りをぶつけるのも当然だ。男もそれを察したか一度、すまない、と謝る。
(……貴族じゃない……?)
貴族は一介の村人に謝罪なんかしない。下の者に謝罪するのは上に立つ者として示しがつかないからだ。ただそれを良い事に貴族として課せられた責任も義務も果たさず好き放題している輩も多くいる。
男の立ち居振る舞いは洗練されていて、ただの旅人のようには見えなかったけれどこうも簡単に謝られると自分の見る目が退化したのかと思ってしまう。最もダンゼン子爵のような庶民にも大らかな貴族もいる事にはいるけれど。
「しかしどうしようかね~。この熊しぶといみたいだし」
「弱らせて直に攻撃したらダメなの?」
「……少年の属性、光だったよな?」
そういえばさっき光の下級精霊リーを見られているんだった。
光の精霊は回復や解呪を得意とする、戦いには向いていない属性だ。光の上位精霊を呼べばそれに加えて魔を寄せ付けない光の壁を作ったり出来るけど、今ここで上位精霊を呼べる事を知られたくはない。
「あんたは?精霊師なんでしょ?」
話している間にも熊はジリジリと二人の周りを歩きながら隙を窺っている。
「んー、半々」
「半々?」
今にも飛びかかってきそうな熊を見据えながらチラ、と横を見た。
「詳しくは後だけど、今使えるのは水属性の魔術」
「魔術師?」
「半分はな」
半分……どっちの素養もあるという事だろうか。気になるけれど、今はそれどころじゃないから一旦忘れる事にする。
魔術は大半が媒体になる物がないと発動できないというデメリットがある。砂漠の真ん中で媒体なしに水を出す事は出来ないし、氷の大地を炎で焼き尽くす事も出来ない。
幸いここは川の側だ。水属性の彼とは相性がいい場所だろう。
「ならあんたが足止めして。僕がトドメをさしてくる」
一度目の人生で精霊術しか戦う術がなかった僕は、自分より体格のいい相手に押さえ込まれた時いかに無力かを知っている。だから元冒険者だった村の人に頼んで護身術を教えて貰ったんだ。
魔獣との戦い方はもちろんの事、体格のいい相手に圧し掛かられたり、背後から押さえ込まれた時の対処法とかをしつこく教えてくれたのは善意だと思ってる。多分。精霊師が中性的な見た目だから直ぐ襲われると思ってそうだけど。
男は僕の体格を見てやや心配そうにしたけれど、何も言わずにツイ、と指を動かし――たったそれだけの動きで大量の水が宙に浮いた。
「いやいやいやいや!!全然話終わってないから!頼むから帰らないで!じゃないと家までついてくよ!?」
「警備隊呼んでくる」
「呼ばないで!?村に食堂があるか教えてくれるだけでもいいから!」
お願い~、と野太い声で可愛く言われるけれど、とりあえず可愛さの欠片もないからやめて欲しい。
「……食堂はあるよ。村の一番大きな通り。この時間そこしか明るくないから行けばわかるし、二階は宿泊出来るようになってるから」
じゃ、と背中を向けると同時にゾワリと首筋に鳥肌が立つ。背後の男からの殺気じゃない。むしろ彼もまた殺気に気付き、剣の柄に手をかけている。
この気配は知ってる。たまに村の近くに現れる魔獣の気配だ。
(やっぱり今日来た)
この村の近くに魔獣の巣でもあるのか、この村は魔獣に襲われやすい。だから他の村にはない強固な柵が張り巡らされている。柵同士を繋ぐ鉄線には雷の魔力が込められていて、人間には反応しないが魔獣が触れれば即座に高圧電流が流れる仕組みになっている。
提案したのは僕だけど、仕組みを作ったのはカミラが嫁いでいった小領主ダンゼン子爵の知人……の娘らしい。
この電気柵が出来てからは村の中まで襲いにくる事は減ったけれど、それでも体の大きな個体はこうして時折村の近くに現れる。決まって半月の日に来るから今日も釣りをしつつ辺りを警戒してたんだ。
「少年、さっき精霊と話してたって事は精霊師だな?」
「まあ……そうだね」
やっぱりさっきの聞こえてたんだ。
この村は国境が近いから、傭兵や隣のオリルレヴィーからたまに精霊師が来るし僕以外の精霊師がいるのは不思議じゃない。姿を見られたとしても色持たずは僕だけではないし、誰も“ベリル”が“アレキサンドリート”だと思わないだろう。そもそもただの旅人がこんな小さな村の住人を気にする事はない筈だ。だからと言って気を抜くわけにいかないけど。
(もし万が一エゼルバルド伯爵に霊力があると知られたら……)
一度親子の縁は切られたとは言え、もし力を持っている事を知られたら再び手中に収めようとするのは目に見えている。絶対に再び親子の縁は結ばないと決めているけれど、あの伯爵の事だ。どんな手を使ってくるかわからない。
とにかく今世では貴族と関わらず、この小さな村でひっそりと生きていきたい。その為には絶対に元の家族に見つかる訳にはいかないんだ。
グルル、と喉を鳴らしながら姿を現したのは身丈3メートルあろうかという巨大な熊だった。普通の熊との違いは異様な長さの鋭い爪と禍々しく光る赤い瞳だ。興奮しているのか鼻息も荒くガチガチと牙を鳴らして威嚇している。また漂ってきた血の臭いに目をこらせば熊の腹辺りの毛が不自然に固まっているのが見えた。手負いの熊だろう。
「こいつ……まだ生きてたのか」
「……あんたを追ってきたって事?仕留めるならちゃんと仕留めてよね」
長く苦しむのが嫌なのは何も人間に限った事ではない筈だ。
「連れが崖から落ちて……ああ、いや、言い訳だな」
何かを言いかけてやめた男が自嘲気味に笑う。
「確実に仕留めてから離れるべきだった」
下手したら村にこの魔獣が入って来たかも知れない事を思えば、僕が男に怒りをぶつけるのも当然だ。男もそれを察したか一度、すまない、と謝る。
(……貴族じゃない……?)
貴族は一介の村人に謝罪なんかしない。下の者に謝罪するのは上に立つ者として示しがつかないからだ。ただそれを良い事に貴族として課せられた責任も義務も果たさず好き放題している輩も多くいる。
男の立ち居振る舞いは洗練されていて、ただの旅人のようには見えなかったけれどこうも簡単に謝られると自分の見る目が退化したのかと思ってしまう。最もダンゼン子爵のような庶民にも大らかな貴族もいる事にはいるけれど。
「しかしどうしようかね~。この熊しぶといみたいだし」
「弱らせて直に攻撃したらダメなの?」
「……少年の属性、光だったよな?」
そういえばさっき光の下級精霊リーを見られているんだった。
光の精霊は回復や解呪を得意とする、戦いには向いていない属性だ。光の上位精霊を呼べばそれに加えて魔を寄せ付けない光の壁を作ったり出来るけど、今ここで上位精霊を呼べる事を知られたくはない。
「あんたは?精霊師なんでしょ?」
話している間にも熊はジリジリと二人の周りを歩きながら隙を窺っている。
「んー、半々」
「半々?」
今にも飛びかかってきそうな熊を見据えながらチラ、と横を見た。
「詳しくは後だけど、今使えるのは水属性の魔術」
「魔術師?」
「半分はな」
半分……どっちの素養もあるという事だろうか。気になるけれど、今はそれどころじゃないから一旦忘れる事にする。
魔術は大半が媒体になる物がないと発動できないというデメリットがある。砂漠の真ん中で媒体なしに水を出す事は出来ないし、氷の大地を炎で焼き尽くす事も出来ない。
幸いここは川の側だ。水属性の彼とは相性がいい場所だろう。
「ならあんたが足止めして。僕がトドメをさしてくる」
一度目の人生で精霊術しか戦う術がなかった僕は、自分より体格のいい相手に押さえ込まれた時いかに無力かを知っている。だから元冒険者だった村の人に頼んで護身術を教えて貰ったんだ。
魔獣との戦い方はもちろんの事、体格のいい相手に圧し掛かられたり、背後から押さえ込まれた時の対処法とかをしつこく教えてくれたのは善意だと思ってる。多分。精霊師が中性的な見た目だから直ぐ襲われると思ってそうだけど。
男は僕の体格を見てやや心配そうにしたけれど、何も言わずにツイ、と指を動かし――たったそれだけの動きで大量の水が宙に浮いた。
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