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第一章 勇者の聖剣が呪われてた
怒りの感情
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「……いるか?」
「……いるわね」
双眼鏡片手に少し離れた場所から様子を窺う。相手は岩場でぼんやりと座っているだけのようだ。
「……何が目的なんでしょう?」
恐らく向こうもこっちが近い場所にいる事は気付いている筈。それなのに逃げるでもなく隠れるでもなく、ただ座っている。目的がわからなくて不気味だ。
「戦う意志があるわけでもなさそうだし、普通に近寄ってみましょ」
「えぇ……大丈夫ですか?近寄った途端に豹変したりしませんか……?」
「その時はその時だな」
一応先に魔法を一つ待機させて、岩場へ近付く。そこに座っていたのは男だった。
遺跡に流れる微かな風に揺れる雪のように白い髪。振り向いた瞳は滴る血のように赤い。この世の物とは思えない冷たい美貌に3人は息を飲む。黒のローブは魔術師の証だ。しかし魔術師が好んで使う杖は持っておらず、ただ身一つでそこにいた。白い肌に映える艶めかしい赤い唇がゆっくりと開いて、
「こんにちはー」
テノールの艶っぽい声が何とも間抜けな響きを醸し出した。
一瞬、コンニチハって何の呪文だ、と身構えてしまったけれど普通に挨拶をされただけである。
「……こんにちは……?」
思わず疑問形で答えるミズイロに、その男は色気たっぷりに微笑んで
「こんにちは」
ともう一度言った。どうにも声や表情と言葉に差があるように見えてならない。何故無駄に薔薇を背負う?何故無駄にキラキラ微笑む?
アズラルトの眉間に大渓谷級の皺が寄った。
「あの、ここで一体何を?」
ミズイロはその無駄なキラキラエフェクトに慄き、つつつ、とアズラルトの背に隠れながら男に問う。男は首を傾げた。
「そうだねぇ……。しいて言えば迷ってる、かなぁ」
「迷ってる?道にですか?」
それは迷ってるのではなく自分達と同じくループしているのでは、と思ったけれど王族組の警戒が解けないのをミズイロは本能で察しアズラルトの服の裾をそっと離した。
いざという時裾を握っていたばかりに引きずられてこけたり、アズラルトの攻撃の邪魔にならないように、である。しかしその背からは出ない。先ほどまでならそんな様子を見たら尊死していたアナスタシアンは鋼鉄付きの手袋をぎゅ、っとはめなおしている。
「う~ん。ある意味道にも迷ってるよねぇ……」
男は自分自身に言っているように虚空を見上げた。何もない空間をしばらく眺めた後で。ふとまるでたった今3人がいる事に気が付いたように、いや思い出したように視線を戻した。
「故郷を助ける為なんだ。許してね?」
ばさ、とローブを開いた下にはしっかりした鋼の胸当てにローブ内側に仕込まれた無数の暗器。黒の長袖シャツが肘下辺りまでまくられててその先はわからないが、肘下だけでもわかる鍛えられた筋肉の存在。同じく黒のパンツと黒のショートブーツに包まれた足も太すぎず細すぎない実用的な筋肉がついている事が見てとれる。魔術師は魔法頼みであまり体を鍛えないイメージだったけれどこれはどうみても……。
「ぶ、武闘派魔術師!!」
その存在が幻とまで言われている、魔術の他に体術も極めた風変りな魔術師を武闘派魔術師と呼ぶ。魔術師の弱点属性【物理】を鍛えに鍛えた変わり者だけがなれる職業である。
その見た目が伊達じゃない事は瞬時に詰められた間合いでわかった。アズラルトは立ち竦むミズイロを突き飛ばし自身も横へ飛んで振りかざされたナイフを避ける。
しかし男はアズラルトには向かって来なかった。地面に尻もちをついたミズイロに迷いなく振り下ろされる大ぶりのナイフをアナスタシアンの拳が横から弾く。
一瞬よろけた男の背後にアズラルトが待機させた風魔法が迫るけれど、いとも簡単に同じ風魔法で相殺されてしまう。
「おい眼鏡!!呆けてないで戦え!!!」
「ミィちゃん!逃げなさい!!」
真反対な事を叫ばれ、一瞬呆然としていたミズイロがわたわたと立ち上がったけれど既に目の前にはアナスタシアンを長い足で蹴り飛ばした男のナイフが迫っていた。
「……ッ」
聖剣を抜く暇もない。剣の柄に手をかけたままそのナイフの軌跡を思わず目で追う。正確に首を狙っているそれを。目の前にバッ、と赤い飛沫が散った時には刺されたと思って気を失うかと思った。しかし痛みはない。
「……え、王子、様……?」
「ボサッとすんな!!その聖剣は飾りか!!」
飾りです!と叫びたかった。ミズイロは薬師だ。剣士として戦った事があるわけでもなければ、体を鍛えているわけでもない、ただの一般人だ。
その一般人を引っ張り出してきて勇者だなんだと言う王様たちには苦情しか思い浮かばない。
でも目の前でその片手を犠牲にナイフを止めたアズラルトを見捨てる程性根は腐ってない。
「王子様!」
男に蹴り飛ばされたアズラルトにポーションを放り投げ、聖剣を抜いた。ぐん、と引っ張られる体に今回ばかりはミズイロも素直に従う。
怒る、という感情はこれまで生きてきた中でそう多く感じた事はない。けれど今ミズイロは怒っていた。
まだそんなに長く一緒にはいないけれど、ここまで何だかんだ共に来たアズラルトを傷つけられて。女性であるアナスタシアンを容赦なく蹴った事に対して。
そしてたった今男が放った攻撃で遺跡の一部が傷ついた事に対して、猛烈に怒っていた。
「……いるわね」
双眼鏡片手に少し離れた場所から様子を窺う。相手は岩場でぼんやりと座っているだけのようだ。
「……何が目的なんでしょう?」
恐らく向こうもこっちが近い場所にいる事は気付いている筈。それなのに逃げるでもなく隠れるでもなく、ただ座っている。目的がわからなくて不気味だ。
「戦う意志があるわけでもなさそうだし、普通に近寄ってみましょ」
「えぇ……大丈夫ですか?近寄った途端に豹変したりしませんか……?」
「その時はその時だな」
一応先に魔法を一つ待機させて、岩場へ近付く。そこに座っていたのは男だった。
遺跡に流れる微かな風に揺れる雪のように白い髪。振り向いた瞳は滴る血のように赤い。この世の物とは思えない冷たい美貌に3人は息を飲む。黒のローブは魔術師の証だ。しかし魔術師が好んで使う杖は持っておらず、ただ身一つでそこにいた。白い肌に映える艶めかしい赤い唇がゆっくりと開いて、
「こんにちはー」
テノールの艶っぽい声が何とも間抜けな響きを醸し出した。
一瞬、コンニチハって何の呪文だ、と身構えてしまったけれど普通に挨拶をされただけである。
「……こんにちは……?」
思わず疑問形で答えるミズイロに、その男は色気たっぷりに微笑んで
「こんにちは」
ともう一度言った。どうにも声や表情と言葉に差があるように見えてならない。何故無駄に薔薇を背負う?何故無駄にキラキラ微笑む?
アズラルトの眉間に大渓谷級の皺が寄った。
「あの、ここで一体何を?」
ミズイロはその無駄なキラキラエフェクトに慄き、つつつ、とアズラルトの背に隠れながら男に問う。男は首を傾げた。
「そうだねぇ……。しいて言えば迷ってる、かなぁ」
「迷ってる?道にですか?」
それは迷ってるのではなく自分達と同じくループしているのでは、と思ったけれど王族組の警戒が解けないのをミズイロは本能で察しアズラルトの服の裾をそっと離した。
いざという時裾を握っていたばかりに引きずられてこけたり、アズラルトの攻撃の邪魔にならないように、である。しかしその背からは出ない。先ほどまでならそんな様子を見たら尊死していたアナスタシアンは鋼鉄付きの手袋をぎゅ、っとはめなおしている。
「う~ん。ある意味道にも迷ってるよねぇ……」
男は自分自身に言っているように虚空を見上げた。何もない空間をしばらく眺めた後で。ふとまるでたった今3人がいる事に気が付いたように、いや思い出したように視線を戻した。
「故郷を助ける為なんだ。許してね?」
ばさ、とローブを開いた下にはしっかりした鋼の胸当てにローブ内側に仕込まれた無数の暗器。黒の長袖シャツが肘下辺りまでまくられててその先はわからないが、肘下だけでもわかる鍛えられた筋肉の存在。同じく黒のパンツと黒のショートブーツに包まれた足も太すぎず細すぎない実用的な筋肉がついている事が見てとれる。魔術師は魔法頼みであまり体を鍛えないイメージだったけれどこれはどうみても……。
「ぶ、武闘派魔術師!!」
その存在が幻とまで言われている、魔術の他に体術も極めた風変りな魔術師を武闘派魔術師と呼ぶ。魔術師の弱点属性【物理】を鍛えに鍛えた変わり者だけがなれる職業である。
その見た目が伊達じゃない事は瞬時に詰められた間合いでわかった。アズラルトは立ち竦むミズイロを突き飛ばし自身も横へ飛んで振りかざされたナイフを避ける。
しかし男はアズラルトには向かって来なかった。地面に尻もちをついたミズイロに迷いなく振り下ろされる大ぶりのナイフをアナスタシアンの拳が横から弾く。
一瞬よろけた男の背後にアズラルトが待機させた風魔法が迫るけれど、いとも簡単に同じ風魔法で相殺されてしまう。
「おい眼鏡!!呆けてないで戦え!!!」
「ミィちゃん!逃げなさい!!」
真反対な事を叫ばれ、一瞬呆然としていたミズイロがわたわたと立ち上がったけれど既に目の前にはアナスタシアンを長い足で蹴り飛ばした男のナイフが迫っていた。
「……ッ」
聖剣を抜く暇もない。剣の柄に手をかけたままそのナイフの軌跡を思わず目で追う。正確に首を狙っているそれを。目の前にバッ、と赤い飛沫が散った時には刺されたと思って気を失うかと思った。しかし痛みはない。
「……え、王子、様……?」
「ボサッとすんな!!その聖剣は飾りか!!」
飾りです!と叫びたかった。ミズイロは薬師だ。剣士として戦った事があるわけでもなければ、体を鍛えているわけでもない、ただの一般人だ。
その一般人を引っ張り出してきて勇者だなんだと言う王様たちには苦情しか思い浮かばない。
でも目の前でその片手を犠牲にナイフを止めたアズラルトを見捨てる程性根は腐ってない。
「王子様!」
男に蹴り飛ばされたアズラルトにポーションを放り投げ、聖剣を抜いた。ぐん、と引っ張られる体に今回ばかりはミズイロも素直に従う。
怒る、という感情はこれまで生きてきた中でそう多く感じた事はない。けれど今ミズイロは怒っていた。
まだそんなに長く一緒にはいないけれど、ここまで何だかんだ共に来たアズラルトを傷つけられて。女性であるアナスタシアンを容赦なく蹴った事に対して。
そしてたった今男が放った攻撃で遺跡の一部が傷ついた事に対して、猛烈に怒っていた。
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