ブライダル・ラプソディー

葉月凛

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          ◆

 その場所は、街から1時間程離れた郊外にあった。
 山裾に点在する別荘は静寂が好まれるのか、各々の距離は車で10分は離れている。

 緩やかな坂道を進んだ先にあるその別荘の、土をならしただけの駐車場に、雅巳さんは慣れた手付きで車を停めた。

 車から降り立つと、湿気を含んだ夜半の空気が頬を撫でる。駐車場には、既に5、6台の黒塗りの車が等間隔に距離を空けて停まっていた。スモークが貼られた窓の中は窺い知れないが、何故か絡み付くような視線を感じた。

「おいで、忍」

 雅巳さんに肩を抱かれ、白い洋館風のやしきへ向かう。見上げる2階の窓からこちらを見下ろす人影が、部屋の明かりを背に黒く浮かんですぐ消えた。

 観音開きの大きな玄関扉の前に立つ。
 重みのありそうな金属のノッカーを3回打ち鳴らすと、しばらくして片側の扉が少し開いた。

「いらっしゃいませ。高嶺様」

 笑みを湛えた礼服姿の男性が1歩下がると、両側の扉がゆっくりと内側に開かれ、中の明かりが広がって私たちを包んだ。

 雅巳さんと共に足を踏み入れると、そこは外観に似合った煌びやかな空間が広がっていた。高くとられた天井のシャンデリアが暖かい色彩を放ち、大きな花瓶に生けられた溢れる程の真っ赤なバラから濃い香りが漂っている。

「こちらを」

 雅巳さんに差し出されたベネチアンマスクは、1つしかなかった。

 男性に案内されるまま絨毯の敷かれた正面の階段に足を踏み出すと、後ろで観音開きの扉が重い音を立てて閉まる。振り返ると、タキシード姿の男性が2人、左右の扉にそれぞれ手を掛けたままこちらを見上げた。無表情の2人の、右側の男性はその口端を少し引き上げた。

「元はね、侯爵のお屋敷だったんだよ」

 耳元で、雅巳さんが言う。
 広くとられた踊り場の壁に、大きな絵が掛かっていた。

「似ていらっしゃる」

 微笑みながら、男性が言った。

 その絵の中で、年端のいかない裸体の男児が複数の男たちの手で体を洗われ、恍惚とした表情を浮かべていた。

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