ブライダル・ラプソディー

葉月凛

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 櫻井音楽事務所で正社員になってからは、ピアノ奏者としては単発の仕事かヘルプに回るくらいだったので、ブルームーンでの久しぶりのレギュラーは、実をいうと嬉しい。

 ただやっぱり、あんなことさえなければ……とは思う。

『──レギュラーが決まったのはお前の実力だ。高嶺さんは、仕事に甘くないからな。今回のことは、関係ない』

 成瀬には自分の考えることなど、お見通しのようだ。でも、仕事をするからには、引け目など感じたりしない。そんなことを感じていたりしたら、務まらない。

『はい。あれくらいでレギュラーがもらえる程、甘くはないです。それに、もし今回のことが影響しているとしても、レギュラー取ったことに変わりありませんから。それならそれで、利用させてもらいます』

 にっこり笑う奈津を、成瀬がまじまじ見つめる。

『──意外としたたかだな、お前……』

 意外なことは、他にもあった。
 香坂だ。香坂について、奈津はちょっとした違和感を抱いていた。

 それは、彼の年齢だ。彼は随分若かった。高嶺との年齢差はさて置き、3年前というと10代ではないのか。大学生か、下手すると高校生の可能性だってある。そんな子供と……

『何言ってる。あいつは俺より年上だ。今はもう30過ぎてるんじゃないか?』
『ええっ!?』

 まさか。もはや童顔というレベルではない。

『あー……お前が気にするから黙っていようと思ったんだが……』
『何ですか?』
『高嶺さんに聞いたんだが、香坂は、お前が未成年だと思ったらしい』
『え? それはないと思いますよ。初めて会った時、ビール注文して出してもらってますから』

 初めてブルームーンを訪れたあの日、香坂に先に飲み物を、と言われて無難にビールを注文したのを覚えている。メルローズともあろうホテルが、コンプライアンスを軽視している筈がない。

『ああ、それな。断りづらくてノンアルコール出したらしいぞ。気付かなかったのか?』
『ええっ!?』

 ……気付かなかった。
 あの時、仕事終わりの一杯が美味しいなんて思った自分は何だったんだ……自分のバカ舌に嫌気がさす。

『そのあとで高嶺さんに例のカクテル出すように言われて、さすがに未成年にそれはまずいだろうって言ったそうだ。まぁ、お互い様だな』

 ……未成年でなくても、あんなものを黙って他人に飲ませるのはまずいだろう。

『それからお前、来月から披露宴の音響はうちが優先だから。うちがない時だけ、あっちに行ってもいい』
『………』

 何なんだ、一体。
 結局、この人たちに振り回されただけのような気がする。

 勝ち誇ったように口端を上げる成瀬に、言葉が出ない奈津だった。

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