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「あの、昨日は……何で、あそこに……」
奈津が遠慮がちに尋ねると、寒くないか、というように温かい湯をかき寄せたタオルがゆっくりと首元を覆った。
「香坂だよ。お前から、終わったっていうメッセージもこないし電話しても出ないし、心配になってブルームーンに行ったんだよ。そうしたら、香坂が教えてくれた」
香坂は、あっさりと奈津の居場所を教えてくれたそうだ。あまつさえ、薬を飲ませたことも成瀬に言った。
『私はこれから部屋へ行かなければなりません。……代わりに行きますか?』
そう言って、1002号室のカードキーを差し出したそうだ。
「でも、何で……」
「香坂が助けてくれたかって? ……あの人の執着が、許せなかったそうだ」
「執着?」
「あの人は……高嶺さんは、物にも人にもあまり執着心を持たない人でな。そんなあの人が、今回に限り見せた執着が許せないって言ってた」
「執着って……僕に?」
「いや──俺にだよ」
奈津は、ぞくりとした。
成瀬に持った執着心の矛先が、自分に向いたのか。
あの悪夢のような瞬間は、成瀬にだけはあの場に来て欲しくないと祈ったが、もしも彼が来てくれなかったら自分はどうなっていたのか。昨夜の、思い出したくもない痴態を、成瀬ではなく高嶺の前で晒していたに違いない。
「あの……ありがとう、ございます……来て、くれて」
下を向いたまま呟く奈津のつむじに、温かい唇が一瞬、乗った。
「奈津、俺は高嶺さんとのことも、後悔はしていないんだ。でも、爛れたことをしてきた自覚は十分にある。お前に会ってから……そんな自分を、いつか知られることが怖かった。お前があの人に会ってからは、もっと恐怖が増した。余裕がなくて……お前を不安にさせて、傷付けたと思う。話すのが遅くなって、本当にすまない」
いつになく弱々しい声で話す成瀬の腕をそっと握り、奈津は静かに首を振る。
──ああ、同じだ。
自分も、成瀬に軽蔑されるのが怖かった。成瀬が、離れていくのが怖かった。その恐怖に耐えられなくて、自分から終わらせてしまおうと思う程に。
奈津が遠慮がちに尋ねると、寒くないか、というように温かい湯をかき寄せたタオルがゆっくりと首元を覆った。
「香坂だよ。お前から、終わったっていうメッセージもこないし電話しても出ないし、心配になってブルームーンに行ったんだよ。そうしたら、香坂が教えてくれた」
香坂は、あっさりと奈津の居場所を教えてくれたそうだ。あまつさえ、薬を飲ませたことも成瀬に言った。
『私はこれから部屋へ行かなければなりません。……代わりに行きますか?』
そう言って、1002号室のカードキーを差し出したそうだ。
「でも、何で……」
「香坂が助けてくれたかって? ……あの人の執着が、許せなかったそうだ」
「執着?」
「あの人は……高嶺さんは、物にも人にもあまり執着心を持たない人でな。そんなあの人が、今回に限り見せた執着が許せないって言ってた」
「執着って……僕に?」
「いや──俺にだよ」
奈津は、ぞくりとした。
成瀬に持った執着心の矛先が、自分に向いたのか。
あの悪夢のような瞬間は、成瀬にだけはあの場に来て欲しくないと祈ったが、もしも彼が来てくれなかったら自分はどうなっていたのか。昨夜の、思い出したくもない痴態を、成瀬ではなく高嶺の前で晒していたに違いない。
「あの……ありがとう、ございます……来て、くれて」
下を向いたまま呟く奈津のつむじに、温かい唇が一瞬、乗った。
「奈津、俺は高嶺さんとのことも、後悔はしていないんだ。でも、爛れたことをしてきた自覚は十分にある。お前に会ってから……そんな自分を、いつか知られることが怖かった。お前があの人に会ってからは、もっと恐怖が増した。余裕がなくて……お前を不安にさせて、傷付けたと思う。話すのが遅くなって、本当にすまない」
いつになく弱々しい声で話す成瀬の腕をそっと握り、奈津は静かに首を振る。
──ああ、同じだ。
自分も、成瀬に軽蔑されるのが怖かった。成瀬が、離れていくのが怖かった。その恐怖に耐えられなくて、自分から終わらせてしまおうと思う程に。
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