ブライダル・ラプソディー

葉月凛

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 大きめの鍋を取り出した成瀬は、たっぷりの水を溜めて湯を沸かし始めた。そして、冷蔵庫から取り出した野菜をシンクで洗っている。奈津に向けられた背中が、こちらを拒絶しているように、冷たく見えた。

 この夕食だって、本来なら一緒に作ろうと言っていたのに。料理を教えてくれるのではなかったか。遅くなったのは、自分が悪いのだけれど……

「………」

 口を開くと泣いてしまいそうな情けない気持ちに、奈津は黙って、ダイニングの椅子に腰を下ろした。胸の奥に、もやもやと嫌な重みを感じて耐える。

 半年間の付き合いというのは、やっぱりまだまだ短い。こうなってしまうと、もう成瀬が何を考えているのかなんて、奈津には全く分からないのだ。

 しばらくすると、黙り込んだ奈津に気が付いたのか、ようやく成瀬が振り返った。今にも泣きそうな顔でしょんぼりしている奈津を見て、驚いたように火を止め、近付いてくる。

「どうした? 何でそんな顔してる」
「っ、……」

 不覚にも、本当に泣きそうになってしまった。言葉が出ない。

 成瀬は屈んで奈津の顔を覗き込み、俯く頬にそっと手を伸ばした。優しく撫でるように触れて、小さなため息をつく。

「……今日は、悪かったな」

 何が悪かったというのだろう。でも声が出せなかった。今しゃべると、確実に、泣く。

「お前が、あの人に誘われたって言うから、ちょっと動揺した」

 奈津は思わず顔を上げた。
 あの人とは、高嶺のことだろうか。

「お前なぁ。誰にでもホイホイついて行くなよな」
「え……」

 高嶺は仕事先の支配人だ。誘われたら断りにくいことくらい、分かりそうなものだが。それに、誰にでもホイホイついて行ってなど、いない。

「なぁ、ピアノの件、受けるのか?」
「え? あぁ……それは、事務所が何て言うか……」

 急に仕事の話を聞かれて、込み上げていた涙は引っ込んだ。

「櫻井さんなら、喜びそうだけどな」

 くすりと笑った成瀬に、奈津はようやくほっとする。いつもの、成瀬だ。

「よし、今日はメルローズ初仕事のご褒美に、俺が美味いパスタ作ってやるから。大人しく待ってろ」

 奈津の頭にぽんと手を置くと、成瀬は腕まくりしながらキッチンへと戻って行く。その背中を見送っても、今度は不安な気持ちにはならなかった。

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