ブライダル・ラプソディー

葉月凛

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「あの、成瀬さん、どうしてここに……」

 奈津は、訳が分からなかった。

「今月は……そうだな、お互いお試し期間ということで、来てみたらどうかな? それでまた、考えればいい。ね?」

 奈津の困惑などお構いなしに、高嶺の話が続く。

「あの……」
「──お話は、もう済んだんですか?」

 成瀬から発せられたあまりに低い声に、奈津はぎくりとした。

「君もいつまでも突っ立ってないで、座ったらどうなの。何か飲むといい」
「結構です。相川、行くぞ」
「え?」

 成瀬がいきなり奈津の腕を掴んで歩き出したので、危うく転びそうになった。

「うわっ、ちょ、ちょっと待って、成瀬さん!」

 振り返ると、高嶺が楽しそうにくすくすと笑っていた。

「じゃあ相川くん、金曜日にね」
「あ、」

 挨拶をする間もなく、自分の鞄だけ慌てて掴む。成瀬はそのまま大股で出口まで奈津を引っ張って行った。

「あの、腕痛いです、あの」

 そのまま出て行こうとする成瀬は、フロントクロークの前で、ふいに足を止めた。奈津の腕を掴んでいた手が、離れる。

「あ、コート……」

 奈津は、コートを預けていたことを思い出した。

 そこには、入る時に会ったフロントクロークの若い男性が、奈津のコートを腕に掛けて立っていた。

「お久しぶりです、成瀬さん」
「──香坂か」

 香坂と呼ばれた若い男性の口元が、微かに歪んだ。

「2年……いえ、3年ぶりですね。貴方はちっとも変わっていない。さっき入って行く後ろ姿で、すぐに分かりましたよ」
「ここで、働いていたのか」
「1年程前からです」
「………」
「相川さん、コートをどうぞ」

 香坂は、目線を奈津に移した。腕に掛けたコートを丁寧に差し出してくる。

「あ、すみません」

 奈津はコートを受け取った。

 ちらりと成瀬の方を見ると、その顔には嫌悪のような色が、ありありと浮かんでいる。それは、香坂の表情にも僅かに見てとれた。

 ──この2人は、知り合いなのだ。
 一体、どういう知り合いなのだろう。

「行くぞ」

 成瀬はふいと顔を逸らすと、それ以上の会話はせずに、エレベーターへと歩き出した。

「あの、失礼します」

 奈津は香坂に軽く会釈をし、成瀬のあとを追う。

「ええ。では、また」

 香坂の声が、遠くから聞こえた。

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