ブライダル・ラプソディー

葉月凛

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「──やぁ、お疲れ様。君が、相川くん? 相川、奈津くん?」

 ふいにフルネームで話し掛けられ、奈津は驚いて顔を上げた。

「えっ? あ、はい。相川ですが……」
「そう。──高嶺だ。このたびは無理に来てもらって、すまなかったね」
「高嶺、支配人……」

 自分に穏やかな笑顔を向ける男性は、30代後半か40歳くらいの、背の高い紳士だった。何とも言えない上品な雰囲気が纏わりついている。この人が、自分を指名してくれた支配人の高嶺なのか。

 やっぱり、見覚えがないように思う。

 口元に薄い笑みを浮かべながら親しげな表情を作っているが、その目は笑っていないように見えた。瞳の奥底に、冷たいものを感じる気がする。

「あの……」
「会えて嬉しいよ。これからも、よろしく頼むね」

 高嶺はそう言うと、すっと右手を奈津に差し出した。

(え、握手?)

 もちろん、挨拶をする時に握手することもあるだろうが、奈津は何となく面食らってしまった。支配人である高嶺が、いち業者である自分と握手を交わす理由がいまいち分からない。違和感を覚えつつ、奈津も右手を前に差し出した。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 奈津の右手をぎゅっと掴んだ高嶺は、そのままぐいっとその手を引っ張った。

「あっ」

 思わず前にのめりそうになった奈津の耳元に、高嶺が顔を寄せたかと思うと、低い囁きが聞こえた。

「──君が、真一の新しい玩具?」
「え?」

 奈津が顔を上げた時には、もうその手は離れていた。高嶺が口元に笑みを浮かべる。

「お近付きのしるしに、1杯奢るよ。ここが終わったら、上のラウンジに来てくれる? 18階だ。待ってるからね」
「え? あの……」

 高嶺は奈津の返事を待たずに、片手をあげて背を向け、歩き出した。

 その遠ざかる背中を見て、あっと思った。この人は──以前、メルマリーの通用口で、成瀬と自分を見ていた人だ。

(そうだ。あの時の人だ。……支配人だったんだ)

 奈津は、何となく胸がざらついた。

(さっき何て言ったんだ? ……おもちゃって言ったのか? よく聞こえなかったけど、何て……)

 会場はざわざわと、ゲストたちが笑いさざめきながら帰って行くところだった。

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