ブライダル・ラプソディー

葉月凛

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 今回のウェディングケーキは切り分ける際に2段目が乗っている部分のデコレーションを大幅に補う必要があり、早く下げてきてもらわないと厨房が困る。前科のある大野は、開宴前にパティシエの女性から早く下げるよう口酸っぱく言い聞かされていた。

 その結果、新郎新婦がお色直しで退場すると同時に、ついいつもの癖でうっかりケーキを下げてしまい、そのまま厨房に運ばれ……細かな進行まで把握していないパティシエはキャプテンに指示されるまま、何の疑いもなくスタッフと共に切り分け作業に入ってしまった。

 司会の宮下に指摘された大野が顔色を変えて厨房に転がり込んだ時には、ハート形のケーキは外され、土台部分のカットは進み、パティシエはデコレーションの修復に取り掛かっていた。
 ……とても、元に戻せる状態ではなかったのだ。

『それ……どうするんですか?』

 奈津は恐る恐る宮下に尋ねる。

『本店から、持ってくるって』
『えっ、ウェディングケーキを? 間に合うんですか?』
『ケーキ入刀はラストにするから。進行変わるから、よろしくね』
『はい……』

 本店とは、メルマリーの母体であるホテル・メルローズのことだ。スタッフたちはよく、本店と称していた。ここから車で20分程の場所にある。

 メルマリーには、代わりに入刀できるようなケーキはなかった。明日は仏滅ということもあって披露宴はなく、前倒しできるケーキもない。イミテーションのケーキも置いていなかった。

 大野は、古巣であるメルローズに助けを求めた。

 ホテル・メルローズのブライダル部門は、いつも相当の組数をこなしている。メルローズでは明日、婚礼料理の試食会があり、ウェディングケーキも用意されていた。そのケーキを回してくれることになったらしい。大きさもデザインも随分異なるが、背に腹はかえられない。

 かくして、お色直し入場した新郎新婦はケーキ入刀をすることもなくメイン席に座り、後半のイベントへと進行していった。

 やがて予定していた全てのスピーチや余興も終わってしまい、あとはケーキの到着を待つだけとなり、しばしの歓談タイムをとっていると前述の、ガシャーン! というけたたましい金属音がバックヤードから鳴り響いたのだった。

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