ブライダル・ラプソディー

葉月凛

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 披露宴の前半も何とか進行し、お色直しのため2人が中座した会場内は和やかな歓談タイムに入っていた。和装から洋装へのお色直しなので、少々時間を要する。

 しばらくして司会者の祝電披露も終わり、奈津はお色直し入場後の音源を再度チェックしていた。

(ええと、入場曲がこれで、そのあとのケーキ入刀曲がこれで……)

 そして何気なくメイン席に目を向けて、あれ? と思った。

 ケーキが、ない。

 2人が退場するまでは確かにあった筈だが……何か、裏で手直しでもしているのだろうか。

 不思議に感じた奈津は、何となく司会者に聞いてみようと思った。今日の司会の宮下は、何度も一緒に仕事をしているのですっかり馴染みになっている。サバサバした性格の女性だ。

『……ほんとだ。ないね。私も気付かなかった。別に崩れてなかったと思うけど……ちょっと聞いてくるね』

 宮下はすたすたとバックヤードに入って行き、奈津は音響台に戻った。

 以前に、ケーキにチョコレートで書いてある日付や名前が間違っていて宴前に慌てて直していたことはあったが、今日文字が書いてあったのはクッキーでできたプレートだけだったから、もし間違っていたとしてもケーキごと下げる必要はない。

 また何かあったのだろうかと奈津が心配していると、たっぷり10分程経ってから、険しい顔をした宮下が音響台へとやって来た。

『あり得ない! 大野さん、ケーキ切っちゃったのよっ。入刀まだなのに!』
『ええっ!?』

 声を押さえながらも怒りを堪えきれない様子の宮下を、まじまじ眺める。入刀前のケーキを間違えて切るなんて、そんなことあるだろうか?

 宮下の話によると、新郎新婦がお色直しに退場したあと、すぐに大野自身の手で厨房に下げ、そのまま切り分けを依頼したらしい。

 大野は以前、パティシエの女性に『ケーキを下げるのが遅い』と怒られたことがあった。

 入刀セレモニーが終わったケーキは新郎新婦の中座中に下げられて、厨房でカットされる。
 その時は下げることをすっかり忘れていた挙げ句、パティシエからの催促で気付き、こっぴどく叱られたらしい。大野はそれ以外にも、ケーキに書く2人の名前を間違えて伝えていたりと失敗が多く、厨房スタッフの印象がことさら悪かった。

 パティシエの女性は、見掛けによらずはっきりとした性格だった。

『うちのスタッフの中で、あいつが一番気が強いだろうな。お前も、あいつだけは怒らせないようにした方がいい』

 成瀬がそう言うくらいだからよっぽどだと思うが、ブライダルフェアで見掛ける彼女はにこにこと愛想が良く、とても信じられなかった。バックヤードでたまにすれ違うと、普段接点のない奈津にもにこりと会釈してくれる。人は見掛けによらないのかもしれない。

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