ブライダル・ラプソディー

葉月凛

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 薫の心臓が、ばくりと嫌な音を立てた。

 また一歩、男の子が動く。
 気のせいではない。

(っ、来る! 嘘だろ)

 薫は、目を見開いた。
 噂では、その男の子は何もしないのではなかったか。ただ、立っているだけではなかったか。

「花火はね、現地で調達するの。近くに有名な花火のお店があって──」
「さ、坂下さん。あの」

 ひなのは背を向けていて、気付いていない。

「実はね、水着を新調したんです! すっごい可愛いヒマワリ柄でね、肩のフリルが」
「あ、あの」

 男の子は、明らかに、こちらに向かって進んで来る。ゆらゆらと不自然に揺れながらも──結構な、速さで。

「っ、」

 薫は、声が出なくなった。もう、男の子の顔立ちが分かるくらいに近付いている。やはり、小学生ではない。中学生か、15、16歳くらいだ。茶色い髪で、怒ったような目がこちらを睨み、口元が歪んで、右手をゆっくりと持ち上げようとしている。息が、できない。

「本城さんに見てもらうの、楽しみ! 写真、一緒に撮って──なにっ!」
「っ!」

 ひなのが、いきなり後ろを振り返った。肩の上で、その髪がぶわりと翻る。その一瞬で──男の子は、消えてしまった。

「………」

 何が起こったのか、分からない。
 ひなのが軽いため息をついて、視線をこちらに戻した。

「本城さん、変なのに目、つけられちゃいましたね」

 肩を竦めるひなのに、薫はようやく詰めていた息を吐き出す。

「……坂下さん、今、のは」
「んー……ほら、こういうとこって、集まりやすいって言うでしょう? ──あ、そうだ。いいものあげる!」

 そう言うと、ひなのはポケットから小さなピンク色の巾着袋を取り出した。

「お守りなの。持ってて」
「え、でも」
「いいから! ちょっとは役に立ちますよ」

 受け取ったお守りからは、微かに花のような香りがした。

 正直、小さなお守りだけでも、気持ち的にはありがたい。情けないことに、軽く手が震えている。……ひなのは、こういうことに慣れているのだろうか。

「ありがとう」

 素直に礼を言うと、ひなのが、ぱっと笑顔になった。

「あのー、すみませーん。余興するんですけど、音響の方ですか?」
「あ、はい!」

 扉から新郎の友人らしき男性が数人姿を見せると、ひなのは、じゃあ、と言ってバックヤードへパタパタと走って行った。

「歌とダンスをするんですけど、その前にこのDVDを流してもらって、そのあと合図するんで、こっちのCDの2曲目を──」
「はい、お預かりします」

 薫はお守りをポケットに滑らせて、ディスクを受け取り、努めて平静に余興の打ち合わせに入ったのだった。

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