ブライダル・ラプソディー

葉月凛

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          ◆

 8月の、第2日曜日。

 薫は、けたたましい蝉の鳴き声で目が覚めた。

「ん……」

 うちのベランダで鳴いているのではないかと思うくらいの音量に、薫は起き抜けの頭を掻く。そして昨日は、夕方降った雨で幾分涼しくなったから、冷房を切って窓を開けて寝たのだと思い出した。

(……あっつ)

 汗でべったりと張り付いた寝間着代わりのTシャツを脱ぎ捨て、バスルームに向かう。

「………」

 ぬるめのシャワーを頭から浴びていると、だんだん頭がすっきりしてきた。

 昨夜は、ずいぶん懐かしい夢を見た。
 原因は分かっている。昨日、田舎の母から電話があったからだ。毎年この時期に掛かってくる電話に、薫は今年も同じ答えを返していた。

『あんた、今年のお盆も帰って来ないの? たまには顔を見せなさい』
「忙しいんだよ、正月には帰るから」
『ちゃんと食べてるの? 体壊してないでしょうね? お姉ちゃんも心配してるんだから、いい加減ね、ほら、誰かいい人──』
「はいはい。忙しいから、切るよ」

 薫は33歳、年末には34歳になる。家族の心配はもっともなのだが、こればかりはせっつかれたところでどうしようもなく、最近ではうんざり気味だった。

 それよりも、先程見た夢が頭に蘇る。
 生まれ育った田舎の、よく知る湖の水辺で、弟と遊んでいる夢だ。

(──あいつ、元気にしてるかな)

 薫の生まれ育ったところは、山の麓の、自然豊かと言えば聞こえはいいが、要するに結構な田舎町だった。

 少し行ったところに大きな湖があり観光名所にもなっているのだが、賑わっているのは主に湖の向こう側の町で、薫の住む山側は静かなものだった。きれいな湖で、夏には湖水浴も楽しめる。子供の頃は、これが海だと本気で信じていた。

 夢の中で、弟と波打ち際でボール遊びをしていた。裸足になって、足首まで水に浸かって。

 湖だから、波もほとんど立たない。……筈だった。夢の中では急に大きな波が起こり、薫が驚いて、流されたボールを追い掛けて行こうとして──

『そっちに行っちゃ、だめ!』

 と強く腕を引かれて目が覚めたら、蝉がうるさく鳴いていた。

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