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奈津がとりとめのない思いに心の中で悶えていると、ふいに目の前に何かを差し出された。
「? 何ですか?」
思わず受け取ると、それは成瀬がいつもつけている、例の指輪だった。
「内側の文字、読んでみろ」
「? ……Mel(メル)……Marry(マリー)……」
「な。備品だ」
「……備品ですね」
もう、許して欲しい。
「……あ、あの、そういえば、この前の模擬は評判良かったみたいですね。新規のノルマ上回ったって聞きました」
本城が、事務所でそんなことを言っていた。
「ああ、そうだな。でもモデルはもうごめんだ。二度とやらない」
「え、何でですか? 似合ってたのに」
タキシードを身につけた成瀬は、本当に格好良かった。まるでヨーロッパの絵画から抜け出てきたように素敵で、できることならまた見てみたいと思う。
すると、途端に成瀬の顔が歪んだ。
「よく言うよ! お前リハの時、すげえ冷めた目で俺のこと見ただろ。あれ、へこんだんだからな」
「え?」
そういえばあの時、成瀬とモデルの妙に近い距離感にもやもやして、思わず目を逸らしたのだった。やはり気付かれていたらしい。
あのあと成瀬が急にしゃべらなくなって、リハはあっという間に終わったのだが……
(え、不機嫌になった理由って……もしかして、僕?)
「あの、僕、冷めた目なんてしてませんよ。あの時は、その……成瀬さんとモデルの女の人がとてもお似合いに見えたので、その……」
「え、何? もしかして、やきもち焼いてたの?」
ふいに成瀬に顔を覗き込まれ、ドキリとする。
「ちっ、違いますよ! そうじゃなくて、その……」
「へぇ、そうか。何だ、なる程な」
「だから、違いますって! もう、仕事するんですから邪魔しないでくださいっ」
気恥ずかしさに居たたまれなくなり、奈津は混ぜっ返した。
「ははっ、はいはい。……ほら」
成瀬は、左手をひらひらと奈津の前に差し出した。
「何ですか?」
「指輪。せっかくだから、つけてくれ」
「っ! 嫌ですよっ、自分でつけてください」
「いいだろ、ほら。早くしないと人が来るぞ」
「……もう!」
奈津は急いで成瀬の左手を掴むと、薬指に指輪を差し込んだ。
「おっ、サンキュ」
成瀬は嬉しそうに自分の指を眺めている。
「もう……ばかじゃないですか」
奈津は、急に火照りだした自分の頬を何とかごまかそうと、必死で仕事をしている、ふりをした。
(つづく)
☆お知らせ☆
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
次頁より、番外編を挟ませていただきます。櫻井音楽事務所マネージャーの、本城薫視点の短編です。番外編はちょっぴりホラーテイストなので、そんなに怖くないのですが、苦手な方は79ページまで飛ばしてください。本編の流れに影響はありませんので、どうぞよろしくお願いします。
「? 何ですか?」
思わず受け取ると、それは成瀬がいつもつけている、例の指輪だった。
「内側の文字、読んでみろ」
「? ……Mel(メル)……Marry(マリー)……」
「な。備品だ」
「……備品ですね」
もう、許して欲しい。
「……あ、あの、そういえば、この前の模擬は評判良かったみたいですね。新規のノルマ上回ったって聞きました」
本城が、事務所でそんなことを言っていた。
「ああ、そうだな。でもモデルはもうごめんだ。二度とやらない」
「え、何でですか? 似合ってたのに」
タキシードを身につけた成瀬は、本当に格好良かった。まるでヨーロッパの絵画から抜け出てきたように素敵で、できることならまた見てみたいと思う。
すると、途端に成瀬の顔が歪んだ。
「よく言うよ! お前リハの時、すげえ冷めた目で俺のこと見ただろ。あれ、へこんだんだからな」
「え?」
そういえばあの時、成瀬とモデルの妙に近い距離感にもやもやして、思わず目を逸らしたのだった。やはり気付かれていたらしい。
あのあと成瀬が急にしゃべらなくなって、リハはあっという間に終わったのだが……
(え、不機嫌になった理由って……もしかして、僕?)
「あの、僕、冷めた目なんてしてませんよ。あの時は、その……成瀬さんとモデルの女の人がとてもお似合いに見えたので、その……」
「え、何? もしかして、やきもち焼いてたの?」
ふいに成瀬に顔を覗き込まれ、ドキリとする。
「ちっ、違いますよ! そうじゃなくて、その……」
「へぇ、そうか。何だ、なる程な」
「だから、違いますって! もう、仕事するんですから邪魔しないでくださいっ」
気恥ずかしさに居たたまれなくなり、奈津は混ぜっ返した。
「ははっ、はいはい。……ほら」
成瀬は、左手をひらひらと奈津の前に差し出した。
「何ですか?」
「指輪。せっかくだから、つけてくれ」
「っ! 嫌ですよっ、自分でつけてください」
「いいだろ、ほら。早くしないと人が来るぞ」
「……もう!」
奈津は急いで成瀬の左手を掴むと、薬指に指輪を差し込んだ。
「おっ、サンキュ」
成瀬は嬉しそうに自分の指を眺めている。
「もう……ばかじゃないですか」
奈津は、急に火照りだした自分の頬を何とかごまかそうと、必死で仕事をしている、ふりをした。
(つづく)
☆お知らせ☆
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
次頁より、番外編を挟ませていただきます。櫻井音楽事務所マネージャーの、本城薫視点の短編です。番外編はちょっぴりホラーテイストなので、そんなに怖くないのですが、苦手な方は79ページまで飛ばしてください。本編の流れに影響はありませんので、どうぞよろしくお願いします。
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