ブライダル・ラプソディー

葉月凛

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 ベッドに戻るとうつ伏せに転がされ、手に持った軟膏を見せられた。

『傷薬だ、塗っといた方がいい。ああ、切れてはいないから、安心しろ』

 成瀬は嬉しそうに奈津の双丘を割り広げ、丁寧に軟膏を塗りつける。入口から少し指を差し入れて内側にも塗り込められ、心を無にして唇を噛んで耐えた。

『赤くなってるな。可哀想に』

 ……誰のせいだと。

『よし、終わった。奈津、ちょっと起きられるか? 俺も頼む』
『え?』

 どこかに怪我でもしたのかと思って体を起こすと、成瀬は奈津に背中を向けた。

『あっ』

 その背中には、赤く引っ掻いたような傷痕がところどころに生々しく残っていた。明らかに奈津が行為の最中につけたものだった。浴室ではほぼ向かい合っていたから、そこまで気付けなかった。ぬるめのシャワーは、さぞかし沁みたことだろう。

 居たたまれなさに苛まれる奈津に、成瀬は心なしか嬉しそうに、軟骨を渡してきたのだった。

 それから、色んな話をした。

 奈津がピアノを弾くことを成瀬は知らなかったようで、心底驚いていた。メルマリーのクリスマスイベントには必ず奈津にピアノを弾いて欲しいと、しつこいくらいに約束させられた。

 成瀬は将来、自分の店を持ちたいと話してくれた。ワインバーを持つのが夢だけれど、今は仕事が楽しいから、それは40歳くらいでいいとも言った。

 成瀬に、奈津の夢は何かと問われ、自分に具体的な将来の夢がないことに改めて気が付いた。成瀬は優しく笑って、それなら自分が持つワインバーでピアノを弾いて欲しい、と言った。

 落ち着いた雰囲気のバーカウンターの向こうに、黒のソムリエエプロンを着けた成瀬が立つ。そのフロアの片隅、アップライトピアノに向かう自分が目に浮かんだ。ピアノは、木目調のローズウッドがいい。奈津の、叶えたい夢ができた。

 その日奈津は、軋む体を柔らかなベッドに横たえて、髪を静かに撫でられながら、幸せな気持ちで眠りについたのだった。

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