ブライダル・ラプソディー

葉月凛

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「っ!」

 戸惑った一瞬の隙をついて成瀬が覆い被さり、奈津の唇は奪われていた。舌が深く捩じ込まれ、歯がガチガチと当たる。頭を押さえつけられ、舌をきつく吸い上げられて痛みを感じる。いきなりの激しい口づけに、奈津は息ができなくなった。

「んんっ!」

 自分に覆い被さるその肩を掴み、息苦しさに身を捩る。

「んっ……く、るし……っ」

 成瀬はひとしきり口腔内を蹂躙すると
両手で頬を覆うように包み込み、奈津が酸欠になる前に唇を離した。

「んはっ……はっ、はっ……」

 息を整えながら見上げると、成瀬の瞳はいつもより濃く見えた。

「……奈津」

 濃い瞳が細められ、熱い唇が額にそっと触れた。ちょんと触れるだけのキスは、瞼や頬に何度も落とされる。薄く見える唇は思いのほか弾力があり、優しく顔中に落とされる熱は気持ちが良かった。

 先程とは違う穏やかなキスに、強張っていた奈津の体から力が抜けてゆく。啄むような口づけはやがて唇に辿り着き、動きを止める。伝わる熱が、直接体に染み込んでくるような気がした。

(………)

 唇が、ゆっくりと離れる。
 自分の頬に置かれた手に、そっと自分の手を重ねてみる。色の濃くなった瞳が、潤んで揺れた。

 温かく長いその指に、自分の指を沿わせて──奈津は、気付いた。

(指輪が、ない)

 成瀬の左手の薬指に、指輪は、はまっていなかった。

(っ、こんな時だけ、指輪を外すのか)

 途端に奈津は、自分が慰みものにされているような言いようのない嫌悪感に襲われた。と同時に、力を込めてドン! と成瀬の胸を押し返した。

「ぼっ、僕に触るな!」

 カッとなって、怒鳴ってしまった。
 そうだ。ここは成瀬の家なのだから……奥さんは、今日はいないのだろうか? こんなことを仕掛けてくるくらいだから、いないのだろう。

 でも、ここは、このベッドは……もしかしなくても……

 奈津の胸に、むかむかと新たな嫌悪が湧き起こり、目に涙が滲む。喉の奥に塊のようなものが込み上げ、唇を噛み締めた。

「………」
「………」

 奈津は、自分が凄んだところで相手にダメージを与えることなどできないと分かっていたが、それでもありったけの侮蔑を込めて、成瀬を睨みつけた。

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