32 / 160
32
しおりを挟む
成瀬の右手が、頰を滑る。
くすくす笑いは、いつしか穏やかな微笑みに変化していった。
レースのカーテン越しに入る柔らかな夕日が、成瀬のライトブラウンの髪をいつもより明るく見せる。キラキラと輪郭を金色に縁取り、きめ細かな白い肌が透けるようだった。優しそうに細めた榛色の瞳が淡く揺れて見える。
男の人に使う形容詞じゃないけれど、本当に何てきれいな人なんだろう、と奈津は思った。胸のあたりが、じわじわと熱くなる。
(僕は、この人が、好きだ──)
自然と、そう思ってしまった。
この人に触れられたいし、触れてみたい──
「奈津」
成瀬の声は、もう甘さを含んでいた。
「顔色が戻って良かった。今日は無理に来させたかもしれないな……でも、今日会わないと、お前がもうここに来ないかもしれないと思ったんだよ」
「そんなこと……」
優しく頰を撫でる指先は、少し冷たかった。魔法にかけられたように、奈津も自然と手を伸ばそうとした、その時──
奈津の頬に触れた、もう片方の手──成瀬の左手の中にある、固く冷たいものが、ヒヤリと肌に当たった。……指輪だ。
その瞬間、現実を突きつけられるように、一瞬にして奈津の心にも、ヒヤリと冷たいものが走った。
奈津は目の前の手を振り払い、後退さった。急に顔色を変えた奈津を見て、成瀬が訝る。
「何? どうかしたか?」
奈津はもう、成瀬の顔が見られなかった。
「……こういうことは、やめてもらえますか」
奈津は下を向きながら、声を絞り出した。
「……何で」
成瀬の声色が急に低くなり、びくりとする。奈津は、ぎゅっと手を握りしめた。
「……迷惑です」
下を向きながら、答える。
「迷惑? この前の時も、俺は拒まれたとは思っていないが」
「っ!!」
奈津の顔に、カッと血が上った。
「よく、こんなことができますねっ、僕は……僕は、嫌だ!」
「おい、奈津!」
奈津はくるりと背を向けるともつれるように靴を履き、勢いよく部屋を飛び出した。一気にバックヤードを走り抜け、通用口から外へ出る。途中、すれ違ったスタッフが、不思議そうに奈津を見た。
成瀬は、追って来なかった。
くすくす笑いは、いつしか穏やかな微笑みに変化していった。
レースのカーテン越しに入る柔らかな夕日が、成瀬のライトブラウンの髪をいつもより明るく見せる。キラキラと輪郭を金色に縁取り、きめ細かな白い肌が透けるようだった。優しそうに細めた榛色の瞳が淡く揺れて見える。
男の人に使う形容詞じゃないけれど、本当に何てきれいな人なんだろう、と奈津は思った。胸のあたりが、じわじわと熱くなる。
(僕は、この人が、好きだ──)
自然と、そう思ってしまった。
この人に触れられたいし、触れてみたい──
「奈津」
成瀬の声は、もう甘さを含んでいた。
「顔色が戻って良かった。今日は無理に来させたかもしれないな……でも、今日会わないと、お前がもうここに来ないかもしれないと思ったんだよ」
「そんなこと……」
優しく頰を撫でる指先は、少し冷たかった。魔法にかけられたように、奈津も自然と手を伸ばそうとした、その時──
奈津の頬に触れた、もう片方の手──成瀬の左手の中にある、固く冷たいものが、ヒヤリと肌に当たった。……指輪だ。
その瞬間、現実を突きつけられるように、一瞬にして奈津の心にも、ヒヤリと冷たいものが走った。
奈津は目の前の手を振り払い、後退さった。急に顔色を変えた奈津を見て、成瀬が訝る。
「何? どうかしたか?」
奈津はもう、成瀬の顔が見られなかった。
「……こういうことは、やめてもらえますか」
奈津は下を向きながら、声を絞り出した。
「……何で」
成瀬の声色が急に低くなり、びくりとする。奈津は、ぎゅっと手を握りしめた。
「……迷惑です」
下を向きながら、答える。
「迷惑? この前の時も、俺は拒まれたとは思っていないが」
「っ!!」
奈津の顔に、カッと血が上った。
「よく、こんなことができますねっ、僕は……僕は、嫌だ!」
「おい、奈津!」
奈津はくるりと背を向けるともつれるように靴を履き、勢いよく部屋を飛び出した。一気にバックヤードを走り抜け、通用口から外へ出る。途中、すれ違ったスタッフが、不思議そうに奈津を見た。
成瀬は、追って来なかった。
1
お気に入りに追加
40
あなたにおすすめの小説




百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる