ブライダル・ラプソディー

葉月凛

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「成瀬さん、ちょっといいですか」

 打ち合わせが半分くらい進んだ頃、サブキャプテンの里崎がサロン事務所に顔を出した。

「どうした?」
「あの……モデル役の高橋から連絡があって、今日来られなくなったらしくて」
「え? 何で」

 高橋は、メルマリーで配膳のアルバイトをしている大学生の男の子だ。大人びた顔つきで、愛想がいい。

「親戚に、不幸があったらしいです。危ないのは前から聞いていたんですけど」
「ああ……そうだったな、そうか。なら、代わりの新郎役を探さないと」
「ええ。なのでその……成瀬さんに、お願いできないかと」
「は? 何で!」

 成瀬は、冗談じゃないといった顔を里崎に向けた。

 模擬挙式、模擬披露宴にはモデル役の新郎新婦が必要だ。豪奢なドレスを着こなし優雅に歩く新婦役は毎回プロのモデルを頼むが、新郎役はタキシードを着てある程度様になればそれでいい。経費削減ということもあり手近な人間に、最近では背の高い配膳の高橋に毎回任せていた。
 高橋が入る前は、成瀬が時々新郎役をしていたことを、奈津以外は皆知っている。

「おい、やだよ。俺は今日、キャプテンをやる。里崎、お前がやれ」
「だめですよ。今日は私担当のお客様が来られるんですから。キャプテンは私がしますので、成瀬さんは新郎役、お願いします」

 モデル役になると身動きが取れなくなる。接客ができなくなると困る里崎は、すげなく答えた。ちなみに、チーフキャプテンである成瀬が挙式前の打ち合わせを担当することは、ほとんどない。

 成瀬の眉間に皺が寄る。お願いというよりは決定事項のようだった。

「ほら、とっとと衣装室に行って着替えてください。もうすぐリハですよ」
「マジか……最悪だ」

 里崎に急かされて諦めた様子の成瀬は、半ば追い出されるようにサロン事務所をあとにした。

 空いた成瀬の椅子をカラカラと引き寄せて腰を下ろした里崎は、中断されていた打ち合わせを再開する。

「えー、という訳で、今日のキャプテンは私がします。尚、今日の新郎様はちょっと我儘な方なので、皆様十分に気を付けるように」

 鷹揚な物言いにスタッフから笑いが起こり、奈津もつられて笑ってしまった。

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