ブライダル・ラプソディー

葉月凛

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 成瀬は、自分を好きだと言った。
 それでも嫌悪感を感じない、ということは──忘れ掛けていた不安が蘇る。

(僕は、成瀬さんを……好き、なのか?)

 奈津は、成瀬に憧れていた。素直に、格好いいと思っていた。

(それって、恋愛感情として、好きなのか……?)

 でも、奈津にはそれ以上に、心に重くのし掛かる現実があった。

(というか、そんなこと以前に、成瀬さんは結婚しているじゃないか)

 奈津の心が、ちくりと痛む。
 結婚していても、男となら浮気にならないのだろうか。……って、そんな訳ないだろう! いや、ちょっと待て。結婚しているということは、普通に女性が好きなんじゃないのか?

(じゃあ、何で……)

 思い出したくない過去を掘り起こした挙句にそんなことをぐるぐると考えてしまい、次の日奈津は熱を出した。そして、そのままずるずると風邪を引き込んでしまったのだ。

 週末のブライダルフェアの音響は、元から本城が担当し、奈津は勉強のため見学する予定だった。成瀬と顔を合わせて平静でいられる自信もなく、もう休ませてもらおうと思っていた矢先に本城から連絡が入り、『成瀬さんから電話があって、ブライダルフェアに必ずお前連れてくるように言われてるから、それまでにしっかり治せよ』と釘をさされてしまった。

(……最悪だ)

 どんな顔をしたらいいのか、分からない。気まずすぎる。というか、あの人は平気なんだろうか。……こんなことは、慣れているのか。

 また思考がぐるぐると回り始めた、その時、

「おはようございます、お待たせしました」

 聞き慣れた声と共に、書類を手にした成瀬がサロン事務所に入って来た。

 奈津は、びくっとして下を向く。
 成瀬は事務所内の自分の椅子をぐるりと皆の方に向け、どさっと座ると真っ先に奈津を見た。

「相川、風邪引いてたんだってな。もう大丈夫か?」

 本城に聞いたのだろう。皆の前で話し掛けられ、奈津の心臓は跳ね上がる。

「えっ、ああ、大丈夫です、すみません」

 思わず顔を上げると、真っ直ぐこちらに注がれる視線とぶつかった。

「っ、」
「そうか。まぁ、無理すんな」

 一瞬、じっとこちらを捉えた視線は、すぐに離れていった。

「じゃあ、資料を配るから──」

 バサバサと紙を回す音に紛れて、奈津は椅子に沈み込んだ。膝の上で、ぎゅっと握りしめていた手を開いてみる。

(心臓が、止まるかと思った……)

 やがて奈津のところにも今日1日のタイムテーブルが回され、更に模擬挙式、模擬披露宴の進行表も配られて、打ち合わせが始まった。

 しばらくして奈津もようやく落ち着きを取り戻し、手元の資料に目を落としたのだった。

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