ブライダル・ラプソディー

葉月凛

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「相川! おはよう」
「あ、本城さん。おはようございます」

 後ろから早足で追いつき声を掛けたのは、櫻井音楽事務所のマネージャー、本城薫、33歳。いつも穏やかな雰囲気を醸しているが、怒らせると怖いということを奈津は経験上知っている。学生時代はバスケ部の主将をしていたらしく、長身だ。

 本城は隣に並ぶとスピードを落とし、奈津の顔を覗いて眉をひそめた。

「何だ、まだ顔色が悪いな。大丈夫なのか?」
「あ、はい、すみません。もう大丈夫なので……ご迷惑をお掛けしました」

 自分がおそらく沈んだ顔をしていただろうことに気付き、慌ててへらりと取り繕う。この時期に珍しく風邪を引き込んでしまった奈津は、公休を挟んで1週間も休みをもらっていた。これ以上の心配は掛けられない。

 櫻井音楽事務所は規模としては小さな会社で、代表以外の社員は本城と奈津の2人しかいない。披露宴やイベントのない平日は事務所に出勤して業務に就いているのだが、自分が休むとその分本城に負担が掛かってしまうのだ。

 規模の小さな事務所とはいえ、請け負う仕事や現場は幅広い。自分たち以外にはプロの演奏者やボーカリスト、音響に司会者など、在籍者は数多く抱えている。ただ仕事は不定期で現場もそれぞれ異なるため、皆事務所にはあまり顔を出さない。

 子供の頃からピアノを続けてきた奈津も、元々は演奏者として籍を置いているにすぎなかった。

 大学生の頃、ホテルのラウンジでピアノを弾いていた友人に誘われて、紹介されたのが櫻井音楽事務所だった。奈津の専門はクラシックだが、ジャズも好きだしポピュラーソングもある程度なら弾ける。アルバイトにちょうどいいと思った。

 その時に、代表の櫻井と共に、面接とオーディションをしてくれたのがマネージャーの本城だった。櫻井にその場で合格をもらい、本城にも気に入ってもらえた奈津は、翌月からピアノ演奏の仕事を少しずつ回してもらえるようになった。レギュラーで入っている演奏者の都合がつかない時にヘルプで弾きに行ったり、単発的なイベントの演奏も請け負った。奈津のピアノの腕前は、確かだった。

 また本城は、仕事以外でも何かと親身に奈津に接してくれた。食事に連れて行ってくれたり、個人的な相談にも乗ってくれたり、家に泊めてもらったこともある。兄弟のいない奈津は、いつしか兄のように本城を慕うようになった。

 大学を卒業し、一般の会社に就職してからは演奏の仕事から離れていたのだが、本城とは連絡を取って近況報告をしていたのだった。

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