ブライダル・ラプソディー

葉月凛

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 キャンドルサービスは、何度見ても好きだ。

 照明を落とした薄闇の中、柔らかなオレンジ色の炎がトーチの先に揺らめく。皆の祝福の中、1つ1つのキャンドルにゆっくりと灯りをともしてゆく新郎新婦の姿は、さながら幸せの使者に見える。

 スポットライトは真っ直ぐ2人に向かって伸び、振り向いた新婦の目から、キラリと雫が光って落ちた。

 音楽と、光と、拍手に包まれたここは、まるで異空間だ──

          ◆

 相川奈津は、音響台の陰からその様子にじっと見入っていた。自分がかけている新婦が好きなバラード曲も、いやが上にも雰囲気を盛り上げる。鼻の奥がツンとして目頭に熱いものが込み上げそうになり、慌てて指で押さえる。

 奈津は、涙もろかった。

 25歳にもなる男なのに、何かにつけ感情移入しやすい性質は、昔から変わらなかった。小学生の頃は、友達と皆でアニメ映画を観ていると気付けば自分だけが泣いている、なんてことがままあった。

 職場マネージャーの本城からも、『いちいち泣いていたら仕事にならないだろう』と、いつも苦笑いされているのだった。

 ゲストハウス・メルマリーで披露宴の音響を担当するようになって4ヶ月たつが、キャンドルサービスや花束贈呈など、ことあるごとに涙ぐんでしまう。新婦が両親へ宛てた手紙を読む時などは号泣してしまい、本城に会場を出されたこともある。

 メルマリーと独占契約を交わしている櫻井音楽事務所の看板を、自分が汚す訳にはいかないというのに。

(今日、本城さんがいなくて本当に良かった)

 およそ3ヶ月の研修期間もようやく終わり、今月から奈津は1人で仕事に就いていた。こんなところを見られたら、また何を言われるか分からない。

 そんなことを頭の隅で考えていると、主役の2人は全てのゲストテーブルに灯りをともし、メイン席横にある大きなブライダルキャンドルへと歩みを進めていた。

 その前を優雅な身のこなしでエスコートしているのは、メルマリーのチーフキャプテン成瀬真一、28歳。キャプテンとは、ホテルやブライダル業界で使われる呼称で会場の責任者を意味する。メルマリーには数人のキャプテンがいて、彼はその中のトップだった。

 すらりとした長身で、タキシード風の制服がよく似合う。ここの制服はメルマリーのオリジナルデザインだ。柔らかそうなライトブラウンの髪はきれいにとかしつけてあり、端正な顔立ちが際立った。切れ長で榛色をした瞳が緩やかな弧を描き、薄い唇の端を上げて親しげな笑みを浮かべている。

 さり気なく差し伸べられた手に今は礼服用の白手袋を着けているが、その下の左手の薬指にはシルバーのリングが収まっていることを、奈津は知っていた。

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