ブライダル・ラプソディー

葉月凛

文字の大きさ
上 下
1 / 160

1

しおりを挟む
 キャンドルサービスは、何度見ても好きだ。

 照明を落とした薄闇の中、柔らかなオレンジ色の炎がトーチの先に揺らめく。皆の祝福の中、1つ1つのキャンドルにゆっくりと灯りをともしてゆく新郎新婦の姿は、さながら幸せの使者に見える。

 スポットライトは真っ直ぐ2人に向かって伸び、振り向いた新婦の目から、キラリと雫が光って落ちた。

 音楽と、光と、拍手に包まれたここは、まるで異空間だ──

          ◆

 相川奈津は、音響台の陰からその様子にじっと見入っていた。自分がかけている新婦が好きなバラード曲も、いやが上にも雰囲気を盛り上げる。鼻の奥がツンとして目頭に熱いものが込み上げそうになり、慌てて指で押さえる。

 奈津は、涙もろかった。

 25歳にもなる男なのに、何かにつけ感情移入しやすい性質は、昔から変わらなかった。小学生の頃は、友達と皆でアニメ映画を観ていると気付けば自分だけが泣いている、なんてことがままあった。

 職場マネージャーの本城からも、『いちいち泣いていたら仕事にならないだろう』と、いつも苦笑いされているのだった。

 ゲストハウス・メルマリーで披露宴の音響を担当するようになって4ヶ月たつが、キャンドルサービスや花束贈呈など、ことあるごとに涙ぐんでしまう。新婦が両親へ宛てた手紙を読む時などは号泣してしまい、本城に会場を出されたこともある。

 メルマリーと独占契約を交わしている櫻井音楽事務所の看板を、自分が汚す訳にはいかないというのに。

(今日、本城さんがいなくて本当に良かった)

 およそ3ヶ月の研修期間もようやく終わり、今月から奈津は1人で仕事に就いていた。こんなところを見られたら、また何を言われるか分からない。

 そんなことを頭の隅で考えていると、主役の2人は全てのゲストテーブルに灯りをともし、メイン席横にある大きなブライダルキャンドルへと歩みを進めていた。

 その前を優雅な身のこなしでエスコートしているのは、メルマリーのチーフキャプテン成瀬真一、28歳。キャプテンとは、ホテルやブライダル業界で使われる呼称で会場の責任者を意味する。メルマリーには数人のキャプテンがいて、彼はその中のトップだった。

 すらりとした長身で、タキシード風の制服がよく似合う。ここの制服はメルマリーのオリジナルデザインだ。柔らかそうなライトブラウンの髪はきれいにとかしつけてあり、端正な顔立ちが際立った。切れ長で榛色をした瞳が緩やかな弧を描き、薄い唇の端を上げて親しげな笑みを浮かべている。

 さり気なく差し伸べられた手に今は礼服用の白手袋を着けているが、その下の左手の薬指にはシルバーのリングが収まっていることを、奈津は知っていた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

カテーテルの使い方

真城詩
BL
短編読みきりです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

営業活動

むちむちボディ
BL
取引先の社長と秘密の関係になる話です。

処理中です...