コントレイルとちぎれ雲

90

　　　　　　　　　　◇

　出会ったあの夜の記憶がない薫は、初めて感じる櫻井の体の重みに、ふう、と深く息を吐いた。

　人の重みとは心地いい。
　櫻井の重みが、心地いい。

　スウェットの上衣を剥ぎ取られ首筋に唇を這わされて腰が震えると、櫻井の手が傷に貼った絆創膏に伸びた。

　しっかり防水されていてシャワーも全く滲みなかったそこを、シートの上からするすると撫でる。と、粘着テープの端に軽く爪を引っ掛けた。

「あっ」

　ビリ、と勢いよく剥がされて皮膚が引き攣れた。噛み跡に、ぐり、と指を押し付けられる。

「こんなものまで付けられて」
「ん、いた……あっ」

　ぐりぐりと擦ったあと、ガリ、と噛み付かれた。

「痛いっ」

　一瞬噛み付いたあと、舌を這わされる。じくじくと唾液が滲みると、薫は身を捩った。

「君は人を信用しすぎる。人がいいにも程がある」
「そんなこと、」
「そもそも、俺のことも信用しすぎだろう。会ったばっかりで、次の日は丸１日振り回されてた」
「え？　それはだって、約束したから」 

　櫻井と会ったあの日、べろべろに酔っぱらって一夜を共にした。薫自身は記憶にないが、翌日は１日雑用に付き合う約束をしたと櫻井から聞いた筈だ。

「約束なんてしてないよ」
「えっ嘘。してないの？」
「してない。言ってみたら引っ掛かっただけだ」
「何だよ、それ」

　櫻井の指が、薫の胸の尖りをきゅっと抓った。

「んっ……じゃあ、騙したの？　何で？」

　くりくりと捻られて、ずくずくと快感が走る。

「だって、死にそうな顔してたから、君」
「あ、」

　カリ、と囓られたそこがピリピリと痺れる。

「痛々しくてね、放っておくに忍びなかったんだよ」
「ん、ん、」

　口の中でころころと転がされ、腰が揺れた。

　脇腹を撫でていた手が、揺れる腰からスウェットの下衣を下着ごと引き下げる。既に兆している薫の欲望をするりと撫でられて、ざわりと肌が粟立つ。

「ただ、俺のせいで変な恨みを買ったのも事実だ」
「っ、恨み？」

　薫の欲望に、熱を持った手が絡みつく。ぬるぬるとした感触が自分の先走りだと思うと、恥ずかしい。

「恨まれやすい職業だからね。俺に向いた恨みが君にまでいったのは申し訳なかった」

　弁護士という職業が恨みを買いやすいだろうことは、想像に難くない。現に増本は、櫻井に脅されたことを根に持っていた。

「でもあいつは元々君に目を付けてたからね。俺のことがなくても、危なかったんだよ」
「……俺で、良かった」
「え？」
「あんたが恨まれてたんなら、社長が何かされてたかもしれないだろ？　男の俺で、良かった」

　増本は、美奈子のことも知っていた。もし美奈子がこんな目に合っていたらと思うと、ぞっとする。

「っ、……」

　櫻井の手が、一瞬止まった。

「だから、人が良すぎるって言ってるんだよっ」
「んああっ！」

　ひと息に欲望を飲み込まれ、腰が跳ねた。