コントレイルとちぎれ雲

葉月凛

文字の大きさ
上 下
54 / 113

54

しおりを挟む
「───」

 気まずく鳴り続ける着信音に、英司の眉間に皺が寄る。

「……出たら?」

 ため息をついた英司が、立ち上がって背を向けた。たったそれだけの動作に、薫の胸はまた苦しくなる。英司の背中が窓際に遠ざかると、喉の塊がまた大きくなった。

「……ああ。今から帰る。じゃ」

 ほそぼそと喋る通話が終わると、英司が振り向く前に、薫は全く減っていない麦茶のグラスを持って立ち上がった。

 黙ってキッチンに持って行くと、英司が追ってきた。

「情緒不安定になってんだよ、あいつ。マタニティーブルーてやつ? まぁ、お前には関係ないだろうけど」

 黙って、麦茶をシンクに流す。
 その背に、英司の手が伸びてきた。

「なぁ。そんなにつれなくするなよ、薫──」
「っ、触るな!」

 勢いよく振り返って英司の手を払うと、その弾みで堪えていた涙が零れた。

 英司が、あっ、と息を呑む。
 次の瞬間、薫は英司に抱きしめられていた。

「ごめん! ……薫、ごめん」

 ぎゅっと腕に力を入れられて、懐かしい英司の香りが薫を包む。

「………」

 英司が結婚すると聞いてから、初めて謝られた。 久しぶりの英司の腕の中は、苦しくらいに懐かしかった。

 もう抵抗する気力もなくて、謝る英司に、ただ抱きしめられていた。

「ごめん……また、連絡する」

 しばらく抱きしめていた英司は、最後にぎゅっと力を入れて、薫を放した。

 俯く薫を置いて、ソファーに投げていた鞄を拾い、玄関に向かう気配がする。

 しばらくして、ドアの開く音が聞こえ──ガチャリと、閉まる音が響いた。

「──っ」

 キッチンのシンクにしがみつく腕が震える。
 ──まだ、こんなに好きだった。

 ひと月経って、新しい環境に身を置いてもう考えない日も増えてきたのに、こんなにあっさりと引き戻される。

 君島英司は、残酷な男だ。

 ソファーの陰に、英司の荷物らしきものが見えた。忘れ物かと見に行くと、土産に持ってきた紙袋だと気付く。

 開けてみると、英司のお気に入りのブランドのマフラーだった。

 去年の冬、ちくちくする肌触りが苦手な薫が英司のマフラーだけは大丈夫で、よく借りて巻いていた。英司は笑って、今度プレゼントすると言って、そのままになっていた。それを覚えていたのだと、すぐに分かった。

 でも、彼はそれを──新婚旅行で、買って来た。

「………」

 薫はマフラーを紙袋に戻すと、クローゼットの隅に入れた。
 玄関の鍵を閉めて、静かなリビングに戻る。

 櫻井の顔が、見たくなった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…? タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。 歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。 ★本編で出てこない世界観  男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

処理中です...