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「あとね、教室名も」
美奈子はプログラムを広げて、主催者名の所を指差した。そこには『チェリーブロッサムダンススクール』の下に、ごく小さな文字で(桜塞翁踊りの道場)と書かれてある。……かっこ付きで。
「桜……さいおう?」
「環先生のね、お爺様の俳号らしいわ」
「俳号って」
「俳句を作る人の、ペンネームみたいなものだよ」
櫻井の説明に、美奈子が頷いた。
「環先生の教室はお爺様が全面出資してるのよ。お爺様に、教室の命名権があるってわけ」
それでも、祖父の名付けた『桜塞翁踊りの道場』という教室名にどうしても我慢ならない環は、通称名を付けることで何とか折り合いをつけたらしい。
「お爺様の目の黒いうちは改名できないって、嘆いてたわ。私たちの間じゃ『桜道場』で通ってるんだけどね。『チェリーブロッサムダンススクール』なんて言いにくいじゃない? 長いし」
そういえば初めに環を紹介する時に、美奈子は桜、と言いかけていたような気がする。
「環先生、形から入る人なのよねぇ」
一瞬しか会っていないが、それは分かる気がする。
それでも桜の字を尊重して英語表記にするあたり、祖父に対する一定の配慮はあるように思える薫だった。
「そうそう、去年のパーティーの時はお爺様が来て一悶着あったのよ、横断幕の教室名が違うって騒ぎ出して。今年も違ってるんだけど大丈夫なのかしら? ねぇ、絵里ちゃん。……絵里ちゃん?」
ふと見ると、絵里はテーブルに顔を伏せるようにして、パイプ椅子に座り込んでいた。
「え、ちょっと、絵里ちゃん!」
美奈子が、慌てて絵里に駆け寄った。 櫻井もすぐに側に行き、膝をついて顔を覗き込む。
「木下さん、どうしたの? 気分が悪い?」
「……すみません。ちょっと……めまいが……」
「木下さん、顔見せて。触るよ」
「………」
少し顔を上げた絵里の目の下を、櫻井の親指がそっと押さえて引き下げた。……顔色が悪い。動きすぎたのだろうか。
櫻井は絵里の指先を握り、脈拍も確認している。
「手も冷たいね。──よし、木下さん、病院に行こう」
「……すみません」
「大丈夫だよ、立てそう?」
美奈子が、慌ただしく絵里の荷物をまとめる。
「絵里ちゃん、かかりつけって駅前のクリニックだよね? 電話入れておくわ。周悟、車のキー」
美奈子が櫻井にキーを渡し、ようやく立ち上がった絵里の片側を支えた。
「本城君、悪いんだけど、ちょっと待ってて」
「あ、はい。あの……」
何もできずにおろおろとする薫に、美奈子が頷いた。
「大丈夫、病院ここから近いのよ。私は戻ってくるから」
櫻井と美奈子に支えられながら、絵里は会場を後にした。
美奈子はプログラムを広げて、主催者名の所を指差した。そこには『チェリーブロッサムダンススクール』の下に、ごく小さな文字で(桜塞翁踊りの道場)と書かれてある。……かっこ付きで。
「桜……さいおう?」
「環先生のね、お爺様の俳号らしいわ」
「俳号って」
「俳句を作る人の、ペンネームみたいなものだよ」
櫻井の説明に、美奈子が頷いた。
「環先生の教室はお爺様が全面出資してるのよ。お爺様に、教室の命名権があるってわけ」
それでも、祖父の名付けた『桜塞翁踊りの道場』という教室名にどうしても我慢ならない環は、通称名を付けることで何とか折り合いをつけたらしい。
「お爺様の目の黒いうちは改名できないって、嘆いてたわ。私たちの間じゃ『桜道場』で通ってるんだけどね。『チェリーブロッサムダンススクール』なんて言いにくいじゃない? 長いし」
そういえば初めに環を紹介する時に、美奈子は桜、と言いかけていたような気がする。
「環先生、形から入る人なのよねぇ」
一瞬しか会っていないが、それは分かる気がする。
それでも桜の字を尊重して英語表記にするあたり、祖父に対する一定の配慮はあるように思える薫だった。
「そうそう、去年のパーティーの時はお爺様が来て一悶着あったのよ、横断幕の教室名が違うって騒ぎ出して。今年も違ってるんだけど大丈夫なのかしら? ねぇ、絵里ちゃん。……絵里ちゃん?」
ふと見ると、絵里はテーブルに顔を伏せるようにして、パイプ椅子に座り込んでいた。
「え、ちょっと、絵里ちゃん!」
美奈子が、慌てて絵里に駆け寄った。 櫻井もすぐに側に行き、膝をついて顔を覗き込む。
「木下さん、どうしたの? 気分が悪い?」
「……すみません。ちょっと……めまいが……」
「木下さん、顔見せて。触るよ」
「………」
少し顔を上げた絵里の目の下を、櫻井の親指がそっと押さえて引き下げた。……顔色が悪い。動きすぎたのだろうか。
櫻井は絵里の指先を握り、脈拍も確認している。
「手も冷たいね。──よし、木下さん、病院に行こう」
「……すみません」
「大丈夫だよ、立てそう?」
美奈子が、慌ただしく絵里の荷物をまとめる。
「絵里ちゃん、かかりつけって駅前のクリニックだよね? 電話入れておくわ。周悟、車のキー」
美奈子が櫻井にキーを渡し、ようやく立ち上がった絵里の片側を支えた。
「本城君、悪いんだけど、ちょっと待ってて」
「あ、はい。あの……」
何もできずにおろおろとする薫に、美奈子が頷いた。
「大丈夫、病院ここから近いのよ。私は戻ってくるから」
櫻井と美奈子に支えられながら、絵里は会場を後にした。
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