杉本君について

葉月凛

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「あれってさぁ……牽制、だよね」
「え、なになに? 何が?」

 くすくす笑う先輩に、桑原が問いかける。

「なーいしょ」
「えぇ」

 桑原がにこにこと笑った。

「でもさ、杉本って幹部候補かと思ったら、秘書候補だったんだな。何か納得。お前、向いてると思うよ、たぶん。そういう細かい配慮、とかさ」

 本当は秘書候補ではなく婿養子候補だったのだが……夏樹は曖昧に頷く。桑原には、折を見て北野のことを話そうと思っている。

 秘書の話は、京都で北野から聞いていた。支社長としてサクラオフィスに赴任することを聞いて驚いていると、秘書として支えて欲しいと言われたのだ。

『営業を希望していると聞いたが、俺も自ら動くつもりだ。俺はサクラオフィスを現状維持させるために赴くんじゃない、必ず事業を拡大してみせる。そのためには夏樹のような、相手の懐に自然に入れる目線が欲しい』

 夏樹はこれまで、これといった出世欲もなく、安定した職場と収入があればそれでいいと思っていた。

 でも北野の話を聞いているうちに、秘書の仕事に興味が出てきた。自分で役に立てるのかと迷う気持ちより、北野を支え、共に働きたいという気持ちの方が勝った。

 ただそのあと、北野の送った最後のメールを見た三國専務が『酒癖と女癖の悪い』夏樹の秘書就任に難色を示し、北野が相当に説得して当面は秘書室付きという名目で教育期間をおくことになったとは、夏樹は知る由もない。

 そして、渋々ながら認めた三國専務から『秘書就任支度金』というよく分からない名目の慰謝料が振り込まれ、その結構な額に夏樹が驚くことになるのだった。

 北野が企画参加していた新製品は続行されることになり、開発一同は、ほっと胸を撫で下ろした。

 社内システムのセキュリティを指摘されたシステム管理の木嶋は、腕を捲ってファラオの改良に取りかかった。彼いわく、対社外のセキュリティに重きを置きすぎていて、対社内のセキュリティが手薄になっていたことは盲点だったらしい。

『北條グループは敵が多いから今後はスパイを送り込まれる可能性もあるよね!』と北野の前で無邪気に発言し、その場の空気は一瞬凍ったが、当の北野は『そういうことだ』と笑って木嶋の肩を叩いた。

 皆、今回のことはおおむね受け入れているが、やはり何人かは希望退職するらしい。それは、致し方ない。

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