杉本君について

葉月凛

文字の大きさ
上 下
101 / 106

96

しおりを挟む
          ◇

 今日も今日とて、桑原は社員食堂の定位置に座っていた。安定のA定食を手に、夏樹が近付く。

 A定食が売りの社員食堂だが、ちなみにB定食は存在しない。
 以前、ここには料理長の座を争う2人のシェフがいたのだが、ある時、A、B定食それぞれでランチ対決をして見事A定食が勝利した。B定食のシェフは厨房を去ったのだが、当時の努力と栄光を忘れまいと、『A定食』の名のみが残されたという訳だった。

 本日のA定食は、ミモザ風カツレツだ。

「おう、お疲れ!」

 軽く手を上げて声をかける桑原に、夏樹は小さな紙袋を差し出して席に着いた。

「お疲れー。それ、お土産」
「おっ、サンキュー! ……ん? 忍者サブレ? 何、映画村行ったの?」

 紙袋を覗いた桑原が首を傾げる。

「うん。土日、向こうにいたから」
「えー、いいなぁ」

 学生時代の有志2人には今更渡せないので、土産は桑原に渡しておく。桑原は意外と甘いもの好きだ。

「で、出張はどうだったよ? てか、何でハイネック着てんの? 寒い? ……え、えっ?」

 急にぎょっとしたように、桑原が身を乗り出して夏樹を凝視する。

「えっ、何? 何だよ、桑原」
「……嘘だ」
「何が?」

 桑原は、まじまじと夏樹を上から下までぐるりと見た。

「ええぇ、嘘だろ? ……うわぁ、マジかぁ」

 桑原は椅子の背もたれに体を戻すと、額に手を当てて大袈裟に天井を仰ぐ。

「何? どしたの」
「……お前」
「? うん」

 桑原が、じとりと視線を投げた。

「……開けたよな、扉」
「扉? 何の?」
「見えてんだよ、キスマーク」
「えっ!?」

 夏樹は慌てて首元を押さえた。
 土曜日の夜に北野につけられたキスマークは思いのほか色濃く残った。月曜日の今日もまだ消えなくて、仕方なくハイネックを着用したのだ。服装フリーの部署で良かったと、しみじみ思った。

「何でだよう。どこの男だよう。お前、ノーマルだったじゃん」

 桑原が、がくりと肩を落として言う。何故、相手が男だとバレているのだろう?

「そんなの分かるよー。俺、ずっとお前狙ってたんだから」
「ええっ!?」

 思わず声が裏返った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

【R18+BL】ハデな彼に、躾けられた、地味な僕

hosimure
BL
僕、大祇(たいし)永河(えいが)は自分で自覚するほど、地味で平凡だ。 それは容姿にも性格にも表れていた。 なのに…そんな僕を傍に置いているのは、学校で強いカリスマ性を持つ新真(しんま)紗神(さがみ)。 一年前から強制的に同棲までさせて…彼は僕を躾ける。 僕は彼のことが好きだけど、彼のことを本気で思うのならば別れた方が良いんじゃないだろうか? ★BL&R18です。

ブライダル・ラプソディー

葉月凛
BL
ゲストハウス・メルマリーで披露宴の音響をしている相川奈津は、新人ながらも一生懸命仕事に取り組む25歳。ある日、密かに憧れる会場キャプテン成瀬真一とイケナイ関係を持ってしまう。 しかし彼の左手の薬指には、シルバーのリングが── エブリスタにも投稿しています。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

処理中です...