100 / 106
95
しおりを挟む
◆
「ええと……お探し物は、いちご大福……で、お間違いないでしょうか?」
『そうです! 今朝まであったんですけど、さっき見たらなくなってて』
「……いちご大福が、でしょうか」
『そうです。あ、レモンパイはあるのでこちらは大丈夫です』
「……かしこまりました」
背の低いパーティションの向こうで、俯いて肩を震わせている阪木を軽く睨む。その頭にベッドセットが装着されているところを見ると、夏樹のこの通話を聞いているのだろう。長引く対応を確認するためにリーダーが聞くことはあるが、この通話はまだ5分と経っていないのに、ひどい。
夏樹が今対応しているユーザーは、自社のデータに危なっかしい名称ばかりつけて管理していた女性だ。受電はランダムなのだが、夏樹は何故か、かなりの確率でこのユーザーに遭遇する。
(最新のデータ名称は確か……『開けると爆発』だったっけ)
通話しながら、着信と共に表示されているユーザー情報を確認する。作業履歴を見てみると、最後に担当したのは北野だった。
(あ、北野さんじゃん。ええと……データ名称について相談有、好物名はどうかと提案。最新のデータ名称は『いちご大福』)
「………」
パーティションの向こうでは、笑いを堪えているのであろう阪木の肩が一層揺れる。この履歴を見たに違いない。
「……今、お近くにサクラ会計の画面はございますか? では、メニューバーにございます、ファイルをクリックしていただき──」
阪木は目に入れないよう、心を無にして案内に徹する夏樹だった。
着信の多い月曜日午前中の業務をこなし、ベッドセットを外して大きく伸びをする。財布とスマートフォンを手に席を立つと、同じくベッドセットを外した阪木と目が合った。
「ごめんごめん。面白そうだったから、つい」
聞いてしまった、と阪木が謝る。
「いいですけど……笑わさないでくださいよぉ」
つられて笑いそうになるのを堪えながら対応していた夏樹は、軽く抗議しておく。
「あのユーザーさん、面白いよね。杉本のこと気に入ってたから、寂しがるだろうなぁ」
「そんなことないですって」
夏樹がへらりと笑って、社員食堂へと向かう。
夏樹の人事異動は、今朝発表になった。
「ええと……お探し物は、いちご大福……で、お間違いないでしょうか?」
『そうです! 今朝まであったんですけど、さっき見たらなくなってて』
「……いちご大福が、でしょうか」
『そうです。あ、レモンパイはあるのでこちらは大丈夫です』
「……かしこまりました」
背の低いパーティションの向こうで、俯いて肩を震わせている阪木を軽く睨む。その頭にベッドセットが装着されているところを見ると、夏樹のこの通話を聞いているのだろう。長引く対応を確認するためにリーダーが聞くことはあるが、この通話はまだ5分と経っていないのに、ひどい。
夏樹が今対応しているユーザーは、自社のデータに危なっかしい名称ばかりつけて管理していた女性だ。受電はランダムなのだが、夏樹は何故か、かなりの確率でこのユーザーに遭遇する。
(最新のデータ名称は確か……『開けると爆発』だったっけ)
通話しながら、着信と共に表示されているユーザー情報を確認する。作業履歴を見てみると、最後に担当したのは北野だった。
(あ、北野さんじゃん。ええと……データ名称について相談有、好物名はどうかと提案。最新のデータ名称は『いちご大福』)
「………」
パーティションの向こうでは、笑いを堪えているのであろう阪木の肩が一層揺れる。この履歴を見たに違いない。
「……今、お近くにサクラ会計の画面はございますか? では、メニューバーにございます、ファイルをクリックしていただき──」
阪木は目に入れないよう、心を無にして案内に徹する夏樹だった。
着信の多い月曜日午前中の業務をこなし、ベッドセットを外して大きく伸びをする。財布とスマートフォンを手に席を立つと、同じくベッドセットを外した阪木と目が合った。
「ごめんごめん。面白そうだったから、つい」
聞いてしまった、と阪木が謝る。
「いいですけど……笑わさないでくださいよぉ」
つられて笑いそうになるのを堪えながら対応していた夏樹は、軽く抗議しておく。
「あのユーザーさん、面白いよね。杉本のこと気に入ってたから、寂しがるだろうなぁ」
「そんなことないですって」
夏樹がへらりと笑って、社員食堂へと向かう。
夏樹の人事異動は、今朝発表になった。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
【R18+BL】ハデな彼に、躾けられた、地味な僕
hosimure
BL
僕、大祇(たいし)永河(えいが)は自分で自覚するほど、地味で平凡だ。
それは容姿にも性格にも表れていた。
なのに…そんな僕を傍に置いているのは、学校で強いカリスマ性を持つ新真(しんま)紗神(さがみ)。
一年前から強制的に同棲までさせて…彼は僕を躾ける。
僕は彼のことが好きだけど、彼のことを本気で思うのならば別れた方が良いんじゃないだろうか?
★BL&R18です。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

お客様と商品
あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる