杉本君について

葉月凛

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          ◆

「ええと……お探し物は、いちご大福……で、お間違いないでしょうか?」
『そうです! 今朝まであったんですけど、さっき見たらなくなってて』
「……いちご大福が、でしょうか」
『そうです。あ、レモンパイはあるのでこちらは大丈夫です』
「……かしこまりました」

 背の低いパーティションの向こうで、俯いて肩を震わせている阪木を軽く睨む。その頭にベッドセットが装着されているところを見ると、夏樹のこの通話を聞いているのだろう。長引く対応を確認するためにリーダーが聞くことはあるが、この通話はまだ5分と経っていないのに、ひどい。

 夏樹が今対応しているユーザーは、自社のデータに危なっかしい名称ばかりつけて管理していた女性だ。受電はランダムなのだが、夏樹は何故か、かなりの確率でこのユーザーに遭遇する。

(最新のデータ名称は確か……『開けると爆発』だったっけ)

 通話しながら、着信と共に表示されているユーザー情報を確認する。作業履歴を見てみると、最後に担当したのは北野だった。

(あ、北野さんじゃん。ええと……データ名称について相談有、好物名はどうかと提案。最新のデータ名称は『いちご大福』)

「………」

 パーティションの向こうでは、笑いを堪えているのであろう阪木の肩が一層揺れる。この履歴を見たに違いない。

「……今、お近くにサクラ会計の画面はございますか? では、メニューバーにございます、ファイルをクリックしていただき──」

 阪木は目に入れないよう、心を無にして案内に徹する夏樹だった。

 着信の多い月曜日午前中の業務をこなし、ベッドセットを外して大きく伸びをする。財布とスマートフォンを手に席を立つと、同じくベッドセットを外した阪木と目が合った。

「ごめんごめん。面白そうだったから、つい」

 聞いてしまった、と阪木が謝る。

「いいですけど……笑わさないでくださいよぉ」

 つられて笑いそうになるのを堪えながら対応していた夏樹は、軽く抗議しておく。

「あのユーザーさん、面白いよね。杉本のこと気に入ってたから、寂しがるだろうなぁ」
「そんなことないですって」

 夏樹がへらりと笑って、社員食堂へと向かう。

 夏樹の人事異動は、今朝発表になった。

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