杉本君について

葉月凛

文字の大きさ
上 下
93 / 106

93

しおりを挟む
「……ごめ、」

 抱きしめる北野の腕の中で、夏樹は久しぶりに泣いた。

 ずっと心の奥底にしまい込んで忘れたつもりの思い出は、取り出した途端に、じくりと心を痛くした。もう平気の筈だからと笑い話にするつもりだった夏樹は、当てが外れた情けなさで一杯だ。

「……ちょっと……酔っ払ってんのかな。はは……ごめん」

 背中をぽんぽんとあやすように叩かれて、夏樹は熱い顔を北野の胸に埋める。こんなことなら、言い訳にできるくらい飲んでおけば良かった。残念ながら、今日はほとんど飲んでいない。

 背中を優しく叩いていた北野の手は、するすると撫でる仕草に変わっていた。その手はやがて、肩を撫で、愛おしそうに髪を撫でる。

「お前は、頑張ってきたんだな」
「………」

 掠れるような北野の甘い声に、涙がほろ、と頬を伝った。

 泣かないままに無意識に頑張っていた子供の頃を、夏樹は辛いと思ったことはない。それでも、気軽に口に出せないくらいには胸に押し込めていたのだろう。

 そんな子供の頃の経験は、本人も気付かないままに心に傷を残してしまう。

 ふぅ、と深く息を吐くと、夏樹は北野の胸から顔を離した。

「……ごめん。もう大丈夫」

 見上げる夏樹の濡れた目元を、北野の温かい指がそっと拭う。自分を見つめる優しそうな目と赤い唇が、ほんのりと滲んで見えた。

 撫でるように髪を梳かれて、おでこに唇が乗せられる。じわりと伝わる熱を受けて、また泣きそうになった。

「………」

 北野の手が夏樹の顎を捉え、今度は唇に、触れるだけのキスをされた。

「──お前が好きだ」
「………」

 ぼそりと囁き、再び唇に触れてすぐ離れてゆく熱に、夏樹は思わず手を伸ばす。

「……俺も。俺も……す、」

 途端、噛み付くようなキスに言葉が飲み込まれた。抱きしめる北野の腕に力がこもると、甘苦しい感覚がどくりと、緩い痛みを伴って体中に広がった。

 頭を掻き抱かれて、夏樹は北野の腕にしがみつく。お互いを求めるような熱を伴う口づけに気が遠くなりかけた頃、北野はそっと唇を離した。

「っ、……」

 目を開けた夏樹は、息を呑む。
 さっきまで優しかった北野の瞳が、深く濃く、明らかな欲情を湛えて揺れていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

ブライダル・ラプソディー

葉月凛
BL
ゲストハウス・メルマリーで披露宴の音響をしている相川奈津は、新人ながらも一生懸命仕事に取り組む25歳。ある日、密かに憧れる会場キャプテン成瀬真一とイケナイ関係を持ってしまう。 しかし彼の左手の薬指には、シルバーのリングが── エブリスタにも投稿しています。

【R18+BL】ハデな彼に、躾けられた、地味な僕

hosimure
BL
僕、大祇(たいし)永河(えいが)は自分で自覚するほど、地味で平凡だ。 それは容姿にも性格にも表れていた。 なのに…そんな僕を傍に置いているのは、学校で強いカリスマ性を持つ新真(しんま)紗神(さがみ)。 一年前から強制的に同棲までさせて…彼は僕を躾ける。 僕は彼のことが好きだけど、彼のことを本気で思うのならば別れた方が良いんじゃないだろうか? ★BL&R18です。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...