杉本君について

葉月凛

文字の大きさ
上 下
77 / 106

77

しおりを挟む
          ◇

「お帰りなさいませ、北條様。お荷物が届いております」
「ありがとう。彼は杉本君、俺の客だ」
「承知いたしました」

 常駐しているという年配のコンシェルジュの男性が、にこりと笑う。大きめの紙袋を受け取った北野は、さらりと夏樹を紹介してエレベーターホールへ向かった。

 カードキーをかざして乗り込んだエレベーターには、階数ボタンがついていない。そして何故か、エレベーターの中にソファーが置いてある。

「杉本、ほら」

 北野に先程の紙袋を渡され、夏樹は中を覗いた。

「あ、俺の鞄」

 そこには、川原に連れて行かれたホテルのラウンジに置いてきてしまった夏樹の鞄が入っていた。

 食事のあと、バーカウンターに移動して、お勧めの酒を少し飲んだ。今回は、記憶をなくすような失態はしていない。していないのだが、別の問題が起きた。

『ところで杉本、今日泊まるホテルはどこだ? 送って行こう』
『え?』

 夏樹は、ぱっと腕時計を見る。時刻は、午後9時を回っていた。川原の思惑はさておき、日帰りで戻るつもりだったのでホテルなど取っていない。

 慌ててスマートフォンで帰りの新幹線を調べて指を折り、間に合わないかと近隣のホテルを探し出す夏樹に、北野が『うちで良かったら』と泊めてくれることになったのだ。

 その時に、財布を入れたままの鞄を置き去りにしていると話すと、ホテルに連絡を取ってくれた。そういえばあのホテルは北條ホールディングスの系列だと、川原が言っていた。

 北野の部屋は最上階だった。ちなみに、最上階はこの部屋しか存在しない。

 広々とした玄関を通り抜け幾つかありそうなゲストルームの1つに案内されて荷物を置くと、『疲れただろう』と風呂を勧められ、これまた広いバスタブにゆっくりと体を浸した。

(すごい部屋だな……)

 夏樹は、会社から電車で30分程の1DKに住んでいる。こことは比べ物にならない狭さだが、特に不自由は感じていない。スーパーは近いし大家さんもいい人だ。この前、たい焼きをくれた。

 こんなに広いと掃除が大変そうだな、などと考えていると、扉の外から『着替え置いておくぞ』と声がかかった。

 風呂を出て、用意されていたバスタオルで体を拭い、新品らしい下着とスウェットを身に着ける。サイズが合うところを見ると北野の物ではないのだろう。北野は夏樹より10センチは背が高い。スウェットの袖口にヒョウ柄があしらわれているのは、楓の影響だろうか。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

処理中です...