杉本君について

葉月凛

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「料理が冷める。ほら、食え」

 北野に勧められ、夏樹が美味しそうな茶碗蒸しに手を伸ばした、その時──

 パン! と背後の襖が乱暴に開けられた。
 夏樹が、びくりと首を竦める。

「あ、楓」

 向かい側の北野が、のんびりと声をかけた。

 夏樹が振り返ると、着流し風の黒っぽい着物を身に着けた楓が、怖い顔をして立っていた。ずかずかと上がり込み、夏樹をじろりと睨む。

「──なぁ、何でゆりちゃんとメシ食うてんの?」
「え? えっと」

 衣装と相まって妙な凄みが増している楓に、夏樹はおどおどと視線を向ける。

「美弥子と見合いやろ? 何やってんの?」
「え、何で、知って……」
「はぁっ? 知ってるに決まってるやろ! 妹やで!」
「えっ」

 夏樹が驚いて目を瞠る。

「ゆりちゃん、何なんや、こいつ!」

 楓は苛々と北野に歩み寄って隣にぺたんと座り、その腕を引いた。

「悪いな、楓。杉本は、俺が連れ出した」
「ゆりちゃん!」

 楓が、泣きそうな顔をした。

「おとんが、美弥子来る前にゆりちゃんが夏樹クン連れてったって、ほんまなん。何でやのん」
「違うんだ、楓。杉本に見合いの意思はなかったんだよ」
「せやかて」

 楓に腕を揺らされながら、北野が説明する。美弥子が楓の妹と聞いた夏樹の頭に、またハテナマークが浮かんだ。

「え、あの……楓さんの、妹さん? でもあの、北野さんの婚約者って……」

 楓が、ぎろっと夏樹を振り返る。

「そうや! 美弥子はゆりちゃんと婚約しとったけど、どこぞの馬の骨好きになったゆうから!」

 あまりの剣幕に、『どこぞの馬の骨』はたじろいだ。そういえば楓が初めに会社に訪れた時、夏樹に会いに来たと言っていた。あの時言いかけた『未来の──』に続く言葉は、『弟』だ。

「あ、あの、いとこ……ですよね? え、婚約?」
「だから、何なん!」

 噛み付く楓の着物の裾をさり気なく直した北野が、訝しそうに首を捻った。

「……杉本? もしかして、いとこは結婚できるって、知らないのか?」
「えぇっ!」

 ……知らなかった。年の近いいとこもいなければ親戚付き合いもほとんどない夏樹は、周りにそういった例もない。恥ずかしながら、初めて聞いた。

 驚く夏樹に、北野も目を丸くする。その顔には、『お前ほんとに日本人か?』と書いてある。楓が、更に苛々した。

「あほや思てたけど、どこまであほなん! ゆりちゃんっ、何でこんなん構うん!」
「ちょっと落ち着け、楓。杉本は被害者なんだよ」

 どう考えても最初は加害者側だった北野が、さらりと夏樹を庇った。

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