杉本君について

葉月凛

文字の大きさ
上 下
74 / 106

74

しおりを挟む
「料理が冷める。ほら、食え」

 北野に勧められ、夏樹が美味しそうな茶碗蒸しに手を伸ばした、その時──

 パン! と背後の襖が乱暴に開けられた。
 夏樹が、びくりと首を竦める。

「あ、楓」

 向かい側の北野が、のんびりと声をかけた。

 夏樹が振り返ると、着流し風の黒っぽい着物を身に着けた楓が、怖い顔をして立っていた。ずかずかと上がり込み、夏樹をじろりと睨む。

「──なぁ、何でゆりちゃんとメシ食うてんの?」
「え? えっと」

 衣装と相まって妙な凄みが増している楓に、夏樹はおどおどと視線を向ける。

「美弥子と見合いやろ? 何やってんの?」
「え、何で、知って……」
「はぁっ? 知ってるに決まってるやろ! 妹やで!」
「えっ」

 夏樹が驚いて目を瞠る。

「ゆりちゃん、何なんや、こいつ!」

 楓は苛々と北野に歩み寄って隣にぺたんと座り、その腕を引いた。

「悪いな、楓。杉本は、俺が連れ出した」
「ゆりちゃん!」

 楓が、泣きそうな顔をした。

「おとんが、美弥子来る前にゆりちゃんが夏樹クン連れてったって、ほんまなん。何でやのん」
「違うんだ、楓。杉本に見合いの意思はなかったんだよ」
「せやかて」

 楓に腕を揺らされながら、北野が説明する。美弥子が楓の妹と聞いた夏樹の頭に、またハテナマークが浮かんだ。

「え、あの……楓さんの、妹さん? でもあの、北野さんの婚約者って……」

 楓が、ぎろっと夏樹を振り返る。

「そうや! 美弥子はゆりちゃんと婚約しとったけど、どこぞの馬の骨好きになったゆうから!」

 あまりの剣幕に、『どこぞの馬の骨』はたじろいだ。そういえば楓が初めに会社に訪れた時、夏樹に会いに来たと言っていた。あの時言いかけた『未来の──』に続く言葉は、『弟』だ。

「あ、あの、いとこ……ですよね? え、婚約?」
「だから、何なん!」

 噛み付く楓の着物の裾をさり気なく直した北野が、訝しそうに首を捻った。

「……杉本? もしかして、いとこは結婚できるって、知らないのか?」
「えぇっ!」

 ……知らなかった。年の近いいとこもいなければ親戚付き合いもほとんどない夏樹は、周りにそういった例もない。恥ずかしながら、初めて聞いた。

 驚く夏樹に、北野も目を丸くする。その顔には、『お前ほんとに日本人か?』と書いてある。楓が、更に苛々した。

「あほや思てたけど、どこまであほなん! ゆりちゃんっ、何でこんなん構うん!」
「ちょっと落ち着け、楓。杉本は被害者なんだよ」

 どう考えても最初は加害者側だった北野が、さらりと夏樹を庇った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

処理中です...